第6話 初陣の達人

そんな事を考えながら、分厚い隔壁に取り付けられた通路を抜け、B1フロアに入った。そこは大小様々なコンテナが乱雑に散らばった薄暗い倉庫のような場所だった。床は黒く平らで凹凸も斜面もほとんどない。天井は10メートルくらいの高さだけど、広さは相当に大きく、フロアの一番遠い壁がはるか先にかろうじて見えている。あそこまで数百メートルはありそうだ。


あと結構遠くに何か動く気配も感じる。僕やアイトさんの姿はもう把握されたようだけど、こっちには寄ってこない。アイトさんを見ると、軽く頷いた。


「このフロアから敵が出てきます。サノさんもお気づきだと思いますが、もうすでに私達は敵に発見されています。数は今のところ6体ですね。ただこのフロアの敵、通称ネズミなんですが、向こうから近づいてくる事はなく、こちらがある程度近づいた時に襲いかかってきます。この距離であれば、とりあえず安全です。どうしますか?ネズミに近づいて見ますか?」


「そうだね……、接敵する前に、ちょっとフロアを調べてみたいんだけどいいかな?」


「はい、いいですよ。何かお手伝いする事はありますか?」


「えーと、調べるのは僕一人で十分。ただ調べている間は戦えないから、索敵をお願いできるかな?」


「はい、それこそ私の本職です。安心して調べ物をして下さい」


ああ、優しいアイトさん。ホント癒やされるなぁ……よし、さっきから気になっていた事を調べるとしますかね……


コンテナはほとんどが破壊され中身が持ち出されてるな。そしてコンテナは表面も内部も、破壊された面もすべてサビのような腐食で覆われている。結構長い年月が経っていそうだ。


あと一部のコンテナ表面に新しめの傷が何箇所かある。これは敵……ネズミだっけ?そいつと誰かが闘った時に出来た傷かな。傷の表面に腐食が見えない。ふむふむ。


「アイトさん、このコンテナの状態って、アイトさんが初めて見たときからずっとこんな状態なの?」


「そうですね。私が初めてこのフロアに入った時、すでにコンテナはこんな状態で置かれていて、中身も一切無かったと思います。」


次に近くにあった小さめのコンテナに触れる。コンテナはこの体と同じくらいの高さで中身はないし、多分この鬼人ボディなら簡単に動かせそうだ。試しに力を入れてコンテナを押す。金属同士が擦れ合ったような耳障りの悪い音を立てながら、予想通りコンテナは簡単に動いた。


「えっと、力試しですか?」


「うん、そんな所。やっぱりこのエーテルボディ、結構パワーあるね。インドゾウにも押し勝てそうだ。」


「なんでインドゾウなんですか……」


「インド料理店のカレーとナンが好きだから」


我ながら適当な事を言ってるなと思いながら、コンテナを動かした後の床面をかがんで観察する。引き摺った時にあれだけ大きな音がしたのに、床には傷が付いていない。あとコンテナが置いてあった所とそうでなかった所を比べてみる。床にはホコリやゴミは全然溜まっていないけど、床面を見るとコンテナが接触していた面とそうでない面の色が明らかに違っている。ふむ。


アイトさんは僕が何をしているかわかっていないようだけど、こちらの行動をじっと見守ってくれている。あとアイトさんの頭部をよく見ると、狐の耳がピンと立って髪の毛も少し広がっていた。きっとあれで周囲を索敵しているんだろう。助かる。インドゾウを含め、僕の言動はアイトさんには奇行に見えてしまうかもしれないけど、もう少し調べさせてもらおう。



僕はその後も、4つほどコンテナを動かしては、同じようにコンテナで隠れていた面とそうでない面を調べた。結果、どれもまったく同じような色の違いを確認できた。


「おまたせ、アイトさん。ごめんね、変な事してて。それと見守ってくれてありがとう。」


「いえ、サノさん真剣でしたから、きっと何か意味があると思ってました。何かわかりましたか?」


「うん。だいたいわかったかな。ただちょっと説明しにくいんだよね…… しかしこのフロア暗いね。他のフロアも同じように暗いのかな?この建物……というかダンジョン、窓がないから下にいくほど真っ暗になりそう」


「それがですね、これ以降の階層だと照明が付いていて明るい階層の方が多いんです。中には真っ暗な階層もあるので油断はできませんが……」


そっか、明るい階層の方が多いのか、なら調べ物も終わったし、こんな薄暗い場所はさっさと抜けてしまおう。


「じゃあアイトさん、次のフロアに進んでもいいかな?あとネズミだっけ。僕が相手してみても大丈夫かな? 一応ポータルにあったデータで、敵の情報は確認してあるけど」


「はい、ネズミは数が多くてもそれほど脅威ではありませんので、エーテルボディの戦闘試験に向いていると思います。危なくなったら私も参加しますので、まずはサノさんお一人で力を試してみて下さい」


「了解、アイト教官。初陣で緊張してますが、頑張ってきます」


「教官はやめて下さい。というか余裕たっぷりに見えますよ」


「いえ、もう緊張で緊張で震えてます。だめかも知れない」


そう言いながら、背負ってきたバックパックを床に置き、中から大太刀と2本の柄を取り出す。入口フロアでころんだ時、バックパックも床にぶつけた気がしたので少し不安だったけど、中身は問題なさそうだ。柄と柄をまず繋ぎ、それを大太刀の鍔元に差し込み、楔を入れると長さ3メートルの長巻大太刀が出来上がる。最後に補強テープを柄全体にぐるぐる巻いてメインウェポン完成。格好いい!


次にサブウェポンの小柄と鎖鎌もボディの腰周りにあるラックに取り付けていく。ちなみに鎖鎌は分銅の代わりにワイヤーがついている。これも格好いい!


支度は40秒では終わらなかったが、3分はかからなかったのでネズミも待たされる事はなかろう。さて、では初陣と行きますか。


長い武器を取り出した事でかなりぺたんこになったバックパックを背負い直し、固定ベルトで背中に無駄なく密着させる。右手で長巻を掴み鍔元あたりを軽く右肩に当て、ネズミが待ち構えている場所に歩いて行く。見た目はリラックス状態だけど、ツノのセンサはもうビンビンだ。


さて、そろそろネズミの攻撃エリアだろうか。わざと足音を立てる。それをきっかけにネズミが2匹、飛び込んでくる。ちなみにネズミという名称だが、地球にいるげっ歯類ではなく、姿かたちはネズミの顔をしたクマだ。


データによるとネズミは体長1.3メートル、体重120キログラム、走る速度は時速90キロメートルと、ツキノワグマなみの体格で馬なみの速さで動く。お前のようなネズミがいるかっ! ……いっぱいいるなここ、北海道の動物園みたいだ。あと地球と同じようにチューチュー鳴くんだね。そりゃネズミって名前になるな。


そんなクマサイズのネズミが何匹もいる時点で怖い。けど鬼人ボディは多分それ以上のスペックだし、さらに武器を持っている時点で負ける要素はほぼ無い。


しかしネズミもせっかく2匹一緒に襲いかかってくるのなら、時間差攻撃とか支援分担とかすればいいのに、単調な同時攻撃しかしてこない。


僕は体を半身に構えた。こうすることでネズミから見た僕の面積は半分になり、敵の行動がより絞られる。そして長巻の射程を空間に描く。雑音が消え、研ぎ澄まされた感覚が鬼人の体に収束されていく。大丈夫だ、恐怖はない。


ネズミの武器は爪と牙で体躯とスピードを活かして攻撃してくるとデータにあったが、2匹ともまったく同じ動作でこちらに向かって飛び掛かってきた。まず一匹が射程に入り、すぐにもう一匹が同様に射程内に入る。フェイントとか最初の一匹を囮にする訳でもなかった。


冷静に狙い通りに長巻を斜めに振り下ろすと、2匹とも肩から腰にかけて、まるで豆腐を切るように抵抗なく刃が通る。長巻を振り終えた瞬間に自分は大きくバックステップし、ネズミから離れる。3匹目はまだ襲ってこない。


袈裟斬りにした2匹は床に落下してそのまま動かなくなったが、念のために首を長巻で横に切り裂く。頭部だと硬い頭蓋骨に当たって刃が傷む恐れがあるので、骨が少ない首を狙った。反応が無いので最初の攻撃ですでに死んでいたようだけど、さらに念のため千切れかけたネズミの頭部をサッカーボールキックで前に飛ばす。


2匹目の頭部は隠れているネズミに向かって蹴飛ばす。お、もう一匹が釣られて飛び出してきた。けど相変わらずまっすぐこちらに突っ込んでくるだけだ。


ネズミの攻撃方法はもう見切ったので、今度は体術を確かめてみる。まず飛び掛かってきたネズミをしゃがんで躱す。飛んできたネズミと床との間は50センチメートル位しかなかったが、このボディは思った以上に柔軟で、ほぼ床に接するくらいに体勢を低くすることでネズミの下をなんなく抜けた。そしてくぐり抜けざまに、頭の毛を伸ばしてネズミの腹部を幾重にも突き刺す。針が肉を突き破る音がした。


体液を浴びたくないので髪の毛を戻しつつ、その場から地面を滑るように低い体勢のまま横っ飛び。この間、わずか2秒。このボディ、バネ性も非常に高くて良い。


上をすり抜けていったネズミの方を向きつつ、再び長巻を構え直す。刺毛を喰らったネズミはそのまま絶命したようで、飛び掛かってきた姿勢のまま床に伸びていた。どうも地球のクマと違って、ここのネズミはそれほど頑丈ではないようだ。それともこの鬼人ボディの攻撃力が思っている以上に高いのだろうか?


ネズミのだいたいの耐久力がわかったので、今度は鬼人ボディの素の能力を試そうかな。長巻を背中に掛け、ブラスナックルを右手に付ける。日本だとメリケンサックとも言われる殴り武器だ。さあ、次は拳闘のテストだ。


戦ってわかったけど、ネズミは攻撃してくる範囲が決まっているので、慣れると一匹ずつおびき寄せられる。近くに居たネズミの範囲に入った瞬間、そいつはこちらに跳躍走行してくるが、僕も同時に近付く。そしてネズミがこちらに飛び掛かる直前の、両方の前足を沈めた瞬間を狙う。左足を前に目一杯伸ばしてステップインしながら、野球のピッチャーが投げるように腰から肩までねじり込み、右の打ち下ろしストレートをネズミの顔面に叩き込んだ。


当たったブラスナックルから、ターゲットを粉砕した確かな感触が伝わってくる。ネズミの頭部は胴体にめり込みながらぺしゃんこになり、そのまま床に叩きつけられて潰れた。ネコとネズミのカートゥーンで、走っていたネコがフライパンで殴られて顔が凹むシーンがあったが、眼の前の光景はその実写版だった。ちなみに僕はネコ派だったので、今回はネズミがやられ役でちょっと嬉しかった。あとやはりこの鬼人ボディ、攻撃力がやたら高い。


次の一匹とは膂力を確認するために相撲を取った。相手の突進に対して、腰を落とし両手を前に軽く構えて待つ。相変わらず突進してくる敵に対して、さっきと同じタイミングで今度は殴るのではなく、ネズミの肩を抑え込んだ。120キログラムの重量が突っ込んでくるのを真っ向から受け止めた瞬間、腕や腰に一気に負担が掛かる。体ごと後ろに押されるが、ほんの数十センチメートル動いたところで、完全にネズミの突進を抑え込んだ。


腕を使えなくなったネズミは顔をひねって僕の腕にかじりつこうとするが、それより早くその頭を両手でつかみ、床にたたき落とす。相撲の素首落としという技だ。床にぶつかったネズミから、ぐしゃりと顎が砕けた音がするが、さらに膝を落として頭部を潰すと、ネズミは完全に動かなくなった。しまった、相撲に膝落としはなかった。反則負けか……負けか? まぁいいや。あとここのネズミにとって、鬼人ボディのスペックは何をやってもオーバーキルになってしまうようだ。


残りのネズミは、飛び掛かってくる直前に小柄を眉間めがけて投げてみた。最後に、このボディの投擲能力を確認したかったのだ。右手は長巻を掴んでいたので、左手のスナップだけで小柄を投げた。僕としては牽制程度のつもりだったのだが、小柄がネズミの眉間に突き刺さると、頭部の上半分が甲高い音を立てて吹き飛んでしまった。カウンターだったとは言え恐ろしい威力だ。


一通り確かめたが、このボディは本体も高性能な上に、武器のコントロールも異常に良い。無意識レベルで僕の望む動作を再現するだけでなく、初めて使う小柄なんかも完璧に使いこなしている。多分、ボディに僕以外の経験が何人分も組み込まれているんだろうな。それも達人クラスの経験が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る