第一話 トリステ村のアルム

 しばらくして、僕は海辺の村人に発見される。

 温厚そうな中年男性は、優しく声をかけてくれた。


「おい、大丈夫か? 君は船で遭難したのか?」


 僕は弱々しく頷くと、彼に抱き起こされる。

 事情を説明した。

 ちゃんと説明できていたかはわからない。

 男性はこのトリステ村の村長エドガーと名乗り、僕を背負って自宅に招き入れてくれた。


「まぁ、可哀想に……。今はゆっくり休みなさい」


 エドガーさんの妻マーサさんは、僕を見るなり涙を浮かべた。小さい頃に母さんが亡くなり、唯一の肉親である父さんともはぐれてしまって心細かった。

 エドガーとマーサの優しさに触れ、思わず涙がこぼれる。

 ――同時に、堰を切ったように嗚咽が漏れた。



 僕は村の生活に少しずつ溶け込んでいった。今日もエドガーさんに誘われ、村の仕事を手伝うことに。


「アルム、これから畑に行くんだが、一緒に来るかい?」

「あっ、はい!連れていって下さい」

 

 父さんに手伝えって言われたときは嫌がってたのにな。

 人様の厄介になるとちゃんと働かなきゃって気持ちになる。

 降り注ぐ日差しの下で、畑仕事に精を出した。種をまき、水をやり、時に雑草を抜く。

 ――土って気持ちいいな。あったかくって、つめたくって。


「アルム、お前はすごいな。そんなに小さい体で重たい鍬をよく軽々とまぁ」


 エドガーさんは感心したように言う。

 村の人たちもみんないい人だ。


「アルム君、昨日君がくれた魚は美味しかったよ。釣りが上手いんだね」

「爺ちゃんの代から漁師だったからね!」


 * * *


 村での生活にも慣れてきた頃。


「アルム、お前は体力もあるし、剣を習ってみるか? この村にはな、昔、ケハイデス教団の剣士院にいた爺さんがいてね。彼なら、きっと良い指導をしてくれるはずだ」


 ちょうど、強くなりたかった。いつか、父さんを探しに行くのには強くなければないから。

 剣術か。たしか父さんも剣術が凄かったってゼルガーさんが言ってたな。


 次の日、僕はエドガーさんに連れられ、村はずれの小屋を訪ねた。

 そこで出会ったのは、額から左目を通り胸まで達する古い刀傷のある厳つい老人。

 老人か?深い皺の顔さえ隠せばゴリゴリの現役じゃないか。


「ほう、お前さんか。剣を学びたいというのは」


 老人は、潰れていない右の目でアルムを見つめる。いや、睨む。

 まるで憎まれているかのように……すごい殺気だ。

 

「はい、お願いします。僕、強くなりたいんです」

「うむ。死なないように頑張ってみな。さっそく修行を始めるとしよう」


 ほれっ!と真剣を僕に向かって投げつけた。

 ――っ!避けなかったら刺さってた。


「ほう。反射神経はよさそうじゃな。さぁ、その剣で儂を殺してみなさい」


 僕は判断を間違えたみたいだ。強くなる前に死んでしまうかもしれない。

 この日修行を終え帰る。僕が傷だらけでボロ雑巾のような姿で帰ってきたのを見たマーサさんは卒倒した。


 師匠、師匠と呼んでいるから名前を聞いてなかったな。まぁいいか『師匠』で。

 それにしてもだ。僕は真剣で真剣に戦っている。言いつけ通りに、勿論殺す気で。

 それなのに、師匠といったら細い木の枝で僕の攻撃を防ぐんだ。

 達人だから?

 僕の剣は実はナマクラなのか?ちがう。しっかりと切れる。


 走り込みもツライ……。

 山道を全力ダッシュしていると、喉から血の匂いがする。

 飯も山ほど強制的に食べさせられる。吐きそうだ。

 

 こんな修行生活をかれこれ二ヶ月続けてると、自分の体の変化に嫌でも気付く。

 ミシミシと聞こえるこの音は、筋肉が付いていく音だと師匠は言う。


 今日も死ぬ直前まで修行したな。

 あ!最近エドガーさんの手伝いしてないや。こんなにお世話になっているのに

 もうし……わけな……


 考え事なんてする間もなく、眠りに向かって溶けて蕩け落ちた。


 ***

 

『カンカンカンカンカンカン』

 村に非常事態の鐘が鳴り響いている。


「盗賊だ! 村に盗賊が!」


 騒々しい声で目を覚ます。飛び起きて外に出ると、盗賊たちは村の入口まで迫っていた。

 家に戻り、ベッドの横に立て掛けてある剣を握ると。


「なにをしてる!アルム!お前も逃げなさい」

 

 慌てるエドガーさんが僕の腕を引っ張った。その手を振り払い外へと駆け出す。

 十五人ほどいる盗賊は、まさに盗賊感丸出しの悪人顔で所々に傷があり、体躯もがっしりとしている。手に持つ大きなサーベルは村の松明の灯りをギラギラと反射させていた。後ろに控える二台の馬車には、村から奪う金品を丸ごと持って帰る気概を感じる。


 逃げ惑う村人たちが騒然となる中、僕は剣を握りしめ盗賊たちの前に立ちはだかった。


「みんな、逃げて! コイツらは僕が食い止めます!」

「おい、なんだこいつ、ガキじゃねぇか!」

「へっ、こんなガキ、一撃で片付けてやる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る