第31話

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 翌日。



 ギルドホールには、ヒマリのパーティが到着していた。彼女たちが持ち込んだ虫かごには、占めて十匹の月光蝶が入っている。流石、月の光を食べて生きる蝶。長旅でも一体も命を落とさずに羽ばたいている。



「どうぞ、シロウさん」

「ありがとうよ、ヒマリ。金は受け取ってくれたか? 三ヶ月の拘束に見合った額だとは思うが、どうだろう」

「はい、頑張った甲斐のある報酬で嬉しいです。しかし、その蝶々はどうやって使うんですか?」

「踊り食いするんだよ。そうすりゃ、たちまち月の力を手に入れる事が出来る」

「ちょ、蝶々を食べるんですか。いやはや、あたしには考えつかないことです」



 ドン引きだった。



 まぁ、蝶々の踊り食いなんて普通は考えつかない。効果を知っていてもそう思うんだから、最初に食べて効果を発見した人のイカレっぷりには驚く他ないな。



「それじゃ、キータ。俺たちは先に飯行ってるから、ここでヒマリを労ってやってくれ」

「あ、私たちもご一緒していいですか? 旅の話、勇者様に聞いてもらえたら光栄です」

「分かった、それじゃミレイと……。確か、ナエにカタリだったな。感謝の印にご馳走させてくれ」

「シロウさん? 女の子ばっかりですけど、私は浮気なんて許しませんからね?」



 すっかり成り切っているモモコの言葉にアオヤが笑い、その後ろ姿を見送ってソファに座る。ヒマリは、少したくましくなった顔付きで笑い俺の隣についた。



「女の四人旅。これなら、変な間違いも起きないでしょ?」

「そうだな、サークルクラッシャーのヒマリにはちょうどいい」

「な……っ! いや、ワザとじゃなかったんだって! 信じてよ!」

「はは、分かってる。ちょっとしたジョークだよ」

「んもぅ! バカ!」



 俺の肩を引っ叩き、しかし何かに気が付いたのかハッとして瞳を覗いてくる彼女。



「な、なんだよ」

「前と雰囲気が違う。もしかして、何かあった?」



 鋭い。女の勘ってのは、案外バカにならないモノだ。



「例の赤ちゃん、ジュネの件は知ってるか?」

「うん。悪魔の血が流れていても、戦争に参加しないのであれば人間が保護するって法律が出来たんでしょ? その証拠として、ジュネちゃんを王様が養子に引き取ったんだって新聞で見たよ」

「あの一件の裏に、色々あったのさ。ヒマリ、実はきみのお陰でジュネが救われたと言っても過言じゃないんだよ」

「ど、どういうこと?」



 俺は、ダンジョンでの会話を説明した。王様とシロウさんの会話は、国家機密になるので詳しく話せないのが口惜しいところだ。



「つまり、あたしがキータに迷いを植え付けたから説得しようと思ったし、ジュネちゃんを殺さない判断になったってこと?」

「その通り。本当に助かった、感謝してるよ」



 すると、ヒマリはモジモジとして顔を赤くしながら照れた。



「……たはは。あたしとしては、ちょっとジェラシーを燃やしただけのつもりだったんだけど。まさか、こんな大事のきっかけになったちゃったなんて驚きだよ」

「世界的な大事件も、大抵のキッカケは些細なモノだったりするってことだよ。きみは、本当の意味で俺とジュネを助けてくれた」

「まぁ、キータの力になれたのならよかったかな」



 ギルドホールには、多くの冒険者が闊歩している。その中の何人かは、俺の顔にも気付くようになった。軽く手を振って挨拶をする者から、大袈裟に頭を下げる反応まで様々だ。



 勇者の旅が佳境であることを人々も知っている。最初は誰にも不可能だと言われていた魔王討伐が迫り、期待してくれているのがよく分かった。



「そんなキータたちに比べたらショボいけどさ、あたしたちもゴールド冒険者なりの苦難があったんだよ」

「だろうね。ナベル・ロックまでの道のりは、決して楽なモノじゃなかったハズだよ」

「……ふふっ。そう、そうなの! あたしたち、ドラゴンと出会ったんだよ! こーんなにおっきいの! 絶対に死んだって思った!」

「へぇ、狂ってないドラゴンに会うのは珍しいね」

「優しかったし、メチャクチャ強かったよ! ヒエルマ山脈を越えるのも、"ビシュカ"が居てくれなかったら無理だったかも!」



 ビシュカは、しなやかな体躯と水色に輝く美しい鱗を持ったメスのドラゴンだ。ヒエルマ山脈の天候をコントロールして豊作に貢献しているため、地域の農民には神様と崇められている気高い存在である。



「消えない流れ星は見られた?」

「うん、見たよ。ちゃんと、キータが無事に旅を終えられるようにお願いしてきた」

「もったいない。おまじないとはいえ、信憑性のある話だって聞くのに」

「でも、いいんだよ。キータが帰ってきてからのことは、あたしの力でどうにでもなるもん」



 ……これは、チョロいと思われているって解釈でいいのだろうか。もちろん、言葉の確認も出来ないような意気地なしの俺が、そのチョロさを証明していることは言うまでもないのだが。



 彼女の根拠のない自信にも、きっとすぐに根拠が生まれることだろうさ。



「そろそろ、あたしたちもシロウさんのところに行こっか。シナトラは、お料理がすっごく美味しいって聞いてるし」

「そうしよう」



 というワケで、俺たちもみんなに合流すべくシナトラの街を歩く。ヒマリの色々な苦労話に頷いていると、ふと、何かが物足りないと言った様子で俺を見上げる。



 ……俺は、彼女が何を欲しがっているのかを知っていた。



「えへへ」



 やはり、俺はシロウさんのように自然に人の頭を撫でてあげることは出来ない。ぎこち無い手つきが恥ずかしかったから、次には別の褒め方が出来るように考えていこうと思った。

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