第29話

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 ボルカ村付近のダンジョンを制覇した俺たちは、次の目的地であるシナトラへやってきた。



 この街は、温かみのある木製と瓦屋根に赤を貴重としたカラーリング建物が立ち並び、道にも赤い提灯が続く独特の作りとなっている。更に、至る所へ繫がる運河とそれを渡るための橋が折り重なり、どこかノスタルジーな雰囲気のある美しい街並みが特徴だ。



「月光蝶の納品はまだみてぇだな」



 冒険者ギルドでステータス鑑定を終わらせ、俺たちは近所の酒場へやってきた。どうやら、ヒマリたちの到着が遅れているようだ。もしも死亡したのだとすれば、"タグ"と呼ばれるアイテムによってギルドへ通知されるため、依頼者であるシロウさんに連絡が入るハズなのだが。



「ナベル・ロックからシナトラへ到達するには、ヒエルマ山脈を越えなきゃいけませんからね。恐らく、そこで時間を食っているのでしょう」



 ギルドの受付嬢が言うには、そういうことらしい。微かに頬を染めてシロウさんに答える彼女を、モモコはムッとした表情で見ていた。



 すっかりカノジョ気取りである。



「なら、少し待ってみるか。このシナトラ付近のダンジョンを突破すれば、次はようやく魔界入りだ。じっくり体力を回復する意味でも、時間を多目にかけておこう」

「分かりました」



 というワケで、俺たちはシナトラへ滞在することとなった。長い旅もそろそろ終盤、ここらで現状を見返す時間があってもいいだろうってことで、俺はぼんやりと船着き場の階段に座り空を見上げていた。



「……キータか」



 驚いた。



 振り返ると、そこにはボロボロになって立ち尽くすクロウの姿。無限のSPを持つハズのこいつが傷を負ったままなのもそうだが、何より他のメンバーを連れず一人で、しかも俺に話しかけてきたのだ。



 恐らく、ダンジョンに行ってきたのだろう。俺は、クロウにハイポーションの瓶を投げ渡して再び運河の上の商業船を眺めた。



「なんだ、これは」

「痛いんだろ、飲めば少しは楽になる」

「……お前から施しを受ける気はない」

「なら、そこに置いておけ。薬だってタダじゃない」



 実を言えば、それは情報料だった。



 クロウですらこんなにもボコボコにやられる悪魔となれば、チャコルルさんとムラサメさんがやられた悪魔に匹敵する強さを持っている可能性が高い。



 だから、どんな敵だったのかを聞き出すためにハイポーションをくれてやった。決して、こいつの身を案じて治してやろうと思ったワケではない。



「目のこと、言わないのか」

「自分のせいだ、お前を恨んじゃいない」

「……シロウはどこだ?」



 言いながら、手摺に寄りかかりハイポーションを飲むクロウ。どうやら、強がる余裕も無いくらい消耗しているようだ。



「王様への報告も兼ねて領主の邸宅に行ったよ。今は、探したって見つからないぞ」

「王への、報告?」

「俺たちの活動は、その街々の領主から"ラインクリスタル"を使って報告しているんだ。何があったのか知らなければ、王都で勇者の帰りを待つ人たちも不安に思うだろ。俺たちの旅は国策なんだぞ」



 すると、クロウは項垂れて俺の隣に座った。これは本格的に参っているらしい。頭を抱え、悪態もつかず、静かに唾を呑んで考えを巡らせている。



 前にこいつがリーブルで脱出したと言っていた悪魔もそうだったが、気を引き締めなければいけなさそうだ。



「もしかして、シロウは俺を追放することも王と相談してたのか?」

「当たり前だ。勇者パーティのメンバーを、言ってみれば一現場監督程度の権力しか無いシロウさんが独断で決められるワケないだろ」

「どうして、シロウはそれを俺に教えてくれなかったんだ?」

「……お前、上司が一々部下に対して『こんな会議があった』とか『こんな報告をしてみた』とか言うワケないだろ」

「な、なら! お前が知ってる理由は!?」

「勇者のシステムが気になって、自分から疑問点をシロウさんに聞きまくった。俺はお前みたいに強くないから、知識を蓄えて効率を求めるしかないんだ」



 すると、クロウはハイポーションの瓶を握りしめ、何かを我慢するように歯軋りをしてから静かに口を開いた。



「……セシリアが、辛いって言うんだ」

「へぇ」

「自分には何も出来ないし、俺に何も返せていないって。俺は、彼女がそんなことを考えなくて済むようにしたつもりだったのに。もう、意味が分からない」

「そうか」



 アオヤの言葉、届いてたんだな。



「ヒナは、フランポーの一件以来悲しい顔で笑うようになった。アカネなんて、俺がどこかへ行く時には『待ってるね』とだけ言って見送るようになった」

「ヒナはさておき、アカネはアカネらしいな」

「……俺は、三人のスキルを一回も見たことが無いような気がするんだ。いつも一緒に旅をしているハズなのに、どうしてだろうな」



 俺が知ってるワケないだろ。あの三人は、間違いなくお前の前でスキルを発動したハズだぞ。



「なぜ、それを俺に話すんだ?」

「……以前に、お前は俺がダンジョンに一人で潜った理由を言い当てた。だから、もしかしたら少しだけ。本当にほんの少しだけだが、お前には俺の悩みが分かるんじゃないかと思ったんだ」

「いよいよトチ狂ったらしいな。第一、俺みたいなザコよりシロウさんの方がよっぽどお前を理解してる」



 返事は無く、しかし離れていく様子もない。川を往く船が、果たして幾つ通り過ぎただろう。そろそろ互いを意識しなくなった頃、ふとクロウが呟いた。



「なら、どうしてシロウは俺を認めてくれないんだ。あいつだけは、俺を理解してくれたと思っていたのに」



 ……哀れな奴だ。



「逆に聞くが、どうしてお前はそこまでシロウさんに拘るんだ」

「……あいつは、俺の頭を撫でやがった」

「あの人が俺たちを褒めるときは、いつだってそうする」

「あんな温かいモノを心に植え付けておいて、俺を追放したんだぞ。どうして、それで恨まないでいられるんだよ」



 いい加減に気が付け。その『あんなモノ』に焦がれてしまうくらい、お前は寂しくて仕方ないんだ。そのクセして、誰のことも信じようとしないからそうなってるんだよ。



 力って、そんなに不便なモノじゃないハズだろうに。



「それに、あいつは最強の俺でなく、言いなりになるって理由だけでお前を選んだ。その非合理がどうしても理解出来ない」

「なんでだろうな」

「復讐に来たって、腑抜けたツラで『調子はどうだ?』なんて言いやがる。味方どころか、敵としてすら認めてくれない。それが、俺にとってどれだけ屈辱なことか分かるか?」

「分かるワケないだろ。大体、俺にとってあの人は世界で一番敵に回したくない男だ。国策を抜きにしたって、そんな人間に危害をくれようとしてる時点でお前はイカれてる」



 すると、クロウはニヒルに笑った。



「そうやって、お前みたいに媚びへつらえたら楽だったのに」

「媚びてなんていない、ただ信頼し合ってるんだ。その証拠に、世界は例の赤ちゃんの存在を認めたじゃないか」

「……なら、お前はそうなのかもしれない。だが、他の二人は違うだろ。どうせ、シロウに媚びてクビを免れてるだけだ。特にあのモモコとかいう女は――」

「そう思わないとやってられないなら、いっそ一人きりになれよ」



 頭を振り、ため息をつく。



「みんなそれぞれの役割をこなして、目的を達成しようとしている。チームってのは、そういうモノだ」



 ……おい、そんなに悲しい顔をするなよ。



 お前にだって、ちゃんと仲間がいるじゃないか。どうして、彼女たちのことを見てあげないんだ。

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