第12話

 012



「ねぇ、キータ」



 意外なことに、アカネが俺に声をかけてきた。何か考えがあるらしい。俺は、静かに彼女の方を見ると敵意の無さをアピールするために葡萄酒の瓶を傾ける。



 彼女は、グラスを傾け応じてくれた。



「あのね……っ」



 彼女は、本当に優し過ぎる。しかし、クロウのことも俺たちのことも傷付けたくないという優しさが、行きつくところまで行っているから最悪の弱さになってしまっているのも確かだ。



 アカネ。



 俺は、君のそういう弱さに親近感を持っていたんだ。迷って答えを出せない性格、決して嫌いじゃなかった。今も昔もイカれたメンバーだらけの勇者パーティで一緒に迷ってくれる、実はそれだけが俺の救いだったこともあったんだよ。



 ……だから。



「別に、俺だってあいつが全面的に悪いとは思ってない。悔しい気持ちだって理解出来る」

「そ、そうなんだ」

「ただ、迷惑で邪魔だと思ってるだけ。力を持ったクソガキが暴れてるのを見れば、誰だって呆れるでしょ」



 さよなら。



「……そっか」



 君は、クロウの為に生きてくれ。



「待って下さい、あなたは一体なんなんですか? 前の時も、特に喋らず後ろで偉そうにしてるだけでしたが」



 噛み付かれた。別に、だからといってどうということもないけど。何かしらの答えを出さなければ、後輩たちに示しがつかないだろう。



「勇者パーティの狙撃手だよ、それ以上でも以下でもない」

「……にしては、雰囲気が異質な気がします」

「逆だよ、ヒナ」



 名前を呼ぶと、彼女は驚いたように肩を震わせ俯いた。そうか、恐らく奴隷だった彼女は名前を呼ばれ慣れていないのだ。



「なんですか、逆って」

「俺以外の全員が天才、或いは鬼才だから普通の俺を見間違えるんだ。もう一週間も街中を散歩してみれば、きみの世界も広がって認識を改めると思う」

「それは、ヒナが世間知らずだって言いたいんですか?」

「旅に出る前の境遇によるよ」



 すると、ヒナは黙って俺のことを上目遣いで、どこか羨望にも似た感情を込め睨みつける。



 無知は、本当に罪だと思った。



「あなたのこと、嫌いです」

「そうかい」

「どうして、言い返さないんですか?」

「きみに嫌われることが、俺の人生に影響ないからかな」



 瞬間、ヒナは逆上して殴りかけて来たが、俺は彼女を右手で抑え付けて優しく元の席へ戻るように抑えた。アオヤとモモコは、大袈裟に俺を守ろうと席を立っている。やはり、孤独を感じていた人はデレた後の仲間意識が高いのだろう。



「いいから。シロウさんに、面倒事は避けてくれって頼まれてる」



 けれど、彼女のことは才能の無い俺でも押さえ付けられた。グラスを持った手を机に伏せさせ動きを止められた。つまり、スキルの力はさておき、戦士としてのヒナの実力はその程度ということだ。きっと、セシリアも。



 ……そりゃ、お前だって『俺』だなんて表現になるよな。



 クロウ。



「本当に、ムカつきますね。ここでじゃなければ、絶対にブッ殺してましたよ」

「運が良かった」

「だから! そういうところがムカつくって言ってんですよ!」



 この時、俺は思った。



 多分、ヒナは世界を恨んでいる。彼女の過去に何が起きたのかは分からないけど、自分の力じゃどうしようもない状況に陥って絶望を味わったことがあるのだろう、と。



「きみは、何に怒ってるんだ?」

「……怒ってるのは、あなたがムカつくからです」

「質問を変えよう。きみは、クロウ以外に信じられるモノがあるの?」



 ヒナがなにも言わなかったから、今度はセシリアに向き直った。



「きみも、クロウ以外を信じられないってクチか?」

「……えぇ。だから、クロウ様を傷付けるあなたたちが許せない」

「自分たちが、理不尽なことをしてるって自覚は?」

「無い。それに、もしも理不尽だったとしても構わないのよ。もう既に散々、わたくしは理不尽を押し付けられて生きてきたもの」



 ……そうか。



「あれだけ酷い目にあったのだから、わたくしも誰かに理不尽を押し付けなければバランスが取れない。神の前では、みな平等なの。ならば、みんなもわたくしと同じように苦しまなければ神の教えに背くことになる」



 この子も、イカれてしまってるのか。



「クロウは、きみの神か」

「その通りよ。クロウ様だけか特別なの。聖女のわたくしにとって特別なのは神様だけなのだから、当たり前の話でしょう?」



 説得は、無理そうだ。



「例えば、クロウ以外の誰かがあんたを救ったとしても、あんたは今と同じようにそいつを神扱いしたんじゃねーっすか?」

「なんですって?」

「あんたにとってのクロウって、その程度のモンなんじゃねーっすか? だったら、そんな男のために大して興味の無い相手に理不尽なことして、他の色んな奴に嫌われんのは得じゃねーと思うっすけどね」



 アオヤは、セシリアの品位を貶めるような言葉を使わなかった。彼なりに、なにか思うことがあったのかもしれない。



「わたくしを救うことが出来たのはクロウ様だけよ! そして、これから先だってずっとそう! ならば、わたくしはクロウ様のことだけを考えていればいいの!! それに、わたくしはわたくしを売女扱いしたあなたを許さない!! 絶対にブチ殺してやるわよ!!」

「ふぅん。まぁ、別に僕は僕の考えを言っただけだから。あんたたちの過去のことはどうだっていいし、殺しに来るなら相手してやっても構わないっすけど――」

「あなたは、どこまで……っ」



 そして、アオヤは酒場の喧騒に掻き消されてしまうくらい小さな、本当に小さな声で呟いた。



「なにを言ったの!?」

「なにも。キータさん、部屋に持ち帰って食いましょう。僕ら、ここにいない方がいいと思うっす」

「逃げるな! まだ話は終わってない!!」

「話しても分からない女に構ってられるほど、僕は優しくねーんすよ」



 そういって立ち上がったアオヤに続き、マントを手に持つとヒナと睨み合っているモモコの肩を叩く。店の店員に明日まで食器を借りたいと頼んで、俺たちはシチューと肉を持つと二つ隣の宿に戻った。



「そういえば、モモコは何も言わなかったね」

「……シロウさんに『面倒を起こすな』ど頼まれたから我慢しただけです。本当は、あの亜人女を引き裂いてやりたいところです」

「やっぱ、女の方が執念深いっすねぇ」

「うるさい、アオヤ。この件で私を茶化したら、本気でブチギレるよ」

「もうキレてんじゃん」



 その後、俺たちは夜更けまで愚痴を漏らすモモコに付き合っていたが、彼女は酔っ払ったせいで俺とアオヤの部屋で眠ってしまった。ここまでの道中に溜め込んだストレスを吐き出せたのなら、歳上として役目を果たせてよかったと思う。



「……僕らのこと、信用し過ぎじゃないすか?」

「いいことだよ、二人で部屋に運ぼう」



 俺は、アオヤのあの言葉を思い出して笑った。

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