アルフォンスのファンタジー戦記

@arsena18

第1話

 馬車の中では、ある一人の青年が毎日のルーティンを始めていた。彼は、人差し指をピンと立てて、その頂点に小さな地球儀を想像する。すると、周囲の空気は、その一点に凝縮され風のエネルギーを生み出した。これがフォル・スフィアという魔法。風の弾丸で敵や遮蔽物を撃ち抜く、風魔法の基礎中の基礎にして習得難易度も最下位のEランクだ。


 反対に、今度は靴紐を解くイメージを描く。風の弾丸はシュルシュルと音を立てながら霧散する。


 子供の頃、これを夜な夜な妹に見せては「流石ですお兄様!」とはしゃいでくれたっけ。そう遠い昔の在りし日を思い出すアルフォンス・ホワイト。アルフォンスが干渉に浸るのも無理はない。魔法の才覚を自覚してから、それを研ぎ澄ますこと十年。研鑽を積み上げたおかげで、彼は今、レムリア王国中の天才という天才が集う魔法を学ぶ学園、聖クロース魔法学園高等学校の門を叩くに足るほどの人間となった。


「あれからもう十年か」


 妹を喜ばせたくて、笑わせたくて、初めはそんな思いで魔法使いになりたかったアルフォンスが、今では家や領民のため立派な君主として皆を率いるために、魔法を学ぶのが、妹と子供の頃の自分をどこか裏切るような気がしてアルフォンスは仕方がなかった。


 少しだけ大人になった一抹の寂しさ、これからの不安や重圧。幼少期から英才教育を施されたとて、アルフォンスはまだ十五歳だ。ため息の一つや二つ出るというもの。アルフォンスは、カーテンを開ければいくぶんか気も紛れるだろう、と思い立って、カラカラとカーテンをスライドさせる。


 外界の景色は、ブルーロードの真っ只中にいた。ブルーロードとは、青いネモフィラという花が校舎に向かってまっすぐ植えられている様を、いつしかブルーロードと呼び、学校名物の一つだそうだ。


 アルフォンスは、ぼんやりしながら、美しく咲き誇る花々を見て、四月に咲く、この青いネモフィラの花言葉を思い出す。確か……。


 清々しい心。


「僕とは、ほど遠いな……」


 数秒間、自分に向けた皮肉の言葉が、ジワジワと効いてくる。これではダメだとアルフォンスは思いたって、運転主に一言「ここで下ろしてくれ」と、言って馬車を飛び出した時。


 アルフォンスは誰かとぶつかってしまう。


「イタタ……」

「レディ。この度は申し訳ございません。大丈夫ですか?」

「もう!ちゃんと前みなさいよ!転んだら、制服汚れちゃうじゃない!」


 勝ち気そうな金色の少女は、自分の心配よりも、身だしなみを気にしていた。


「って、え?あ、あ、貴方、よく見れば……もしかしてッ!」

「以前、どこかでお会いしましたか?」

「違うわよ!って、え?違いますです?ああ……落ち着けー私」


 少女はまるで、いきなり訪れた幸運に翻弄されているみたいだ。


「あの……」

「コホン。自己紹介させていただきます」


 なんか始まった。


「私、レムリア王国アーリア領を統治しております。フランツ公爵の娘、モニカと申します。以後、お見知りおきを


 金色の少女は、スカートの裾を軽く持ち上げ、お辞儀する。


「……よしてよ、


 視線を少女から外すアルフォンス。大王というのは間違ってはいないので、不敬だから不貞腐れてるわけではない。ただただ、その称号が十五の少年では背負いきれない重圧で、やっと家から解放されたと思ったら、この状況だ。アルフォンスからすれば、もう本当に呪いのようでしかなかった。


「いえ、そうは参りません。貴方様がこの聖クロース魔法学園を学び舎として、お選びになったこと、嬉しく思います」

「……気持ちは受け取っておくよ。モニカさん……。どうぞよろしく」


 アルフォンスは勤めて学生の等身大の自分で、モニカに握手を求める。しかし、受け手はそうもいかない。目を見ればアルフォンスは分かった。ああ、この人も僕を見ていないのだと。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る