第15話 『位置について』
午前の部を終えたところで点差はほぼ同点だ。
午後からはリレーや五十メートル走、組体操と運動会的目玉種目がめじろ押しである。
そんな後半を前にやってきたのはお昼の時間だ。今日は応援に来ている家族と一緒に食べることになっているので、俺は自分の親を探す。
きょろきょろと見渡していると、少し離れたところから「はやとー」と俺の名前を呼ぶ母さんの声がした。
振り返り確認すると父さんと母さんがこちらに手を振っていた。両親揃ってそんなことしないでくれ恥ずかしい。
そんなことを思いながら二人のところへ行く。
「あら、結花ちゃんは?」
「さあ。お母さんのところに行ったんじゃないの?」
俺が言うと、母さんはむうと難しい顔をした。どうしたんだろうと思っていると、母さんがスマホをこちらに見せてくる。
「愛花ちゃん、お昼までにはって言ってたけどもうちょっと遅れるそうなのよ。だから、結花ちゃんも一緒にご飯食べようとしてたんだけど」
「そうなんだ。でも、どこにいるんだろ」
「探してこい、颯斗」
父さんに言われる。
言われなくてもそうするつもりだったので、俺は「わかった」と返して、心当たりを探すことにした。
とりあえずはぐるりとグラウンドを回ってみたけれど、結花の姿は見当たらなかった。
そりゃそうなんだけど。
ここでは家族と一緒に食べている生徒しかいないんだから。
もちろん、結花のように家族が必ずかけつけてくれるわけじゃない。なので、そういう生徒のために、確か教室が開放されていたはず。
もしかしたらそっちの方にいるかも、と思い向かうと案の定、結花はそこにいた。
どうやら弁当は持たされていたらしく、一人で広げてこれから食べようというところだった。
「結花」
俺が呼ぶと、結花は驚いたようにこちらを振り返った。その表情から「なんでここに?」という疑問が伺える。
「なんでこんなとこでお昼食べてんだよ」
「お母さんはお仕事があるからもしかしたら来れないかもって言ってたの。探してみたけどやっぱりいなかったから」
「だったら、うちで一緒に食べたらいいだろ。いつもそうしてるじゃん」
「……なんか、悪いかなって」
そう言って結花は顔を曇らせる。
変なところで遠慮するやつだ。今回も結花なりにいろいろと考えて、こういう結論に至ったのだろう。
だから、多分それは否定しちゃダメだ。
「お前を連れてかないと、俺が昼飯食わせてもらえないんだよ。だから一緒に来てくれ」
そう言うと、結花はうつむきながらもじもじと手をいじる。
そして、ちらとこっちを見た。
「いいの、かな?」
俺の様子を伺うようだった。
いつも一緒に帰って晩飯食ってるのに、なんでそんなに遠慮してるんだろ。
運動会だから、なんだろうけど。
「こっちがお願いしてるんだよ。ほら、早く行こうぜ。もう腹ぺこぺこだ」
「……うんっ」
笑顔を浮かべた結花と二人で両親のところへ戻る。
ちらと彼女を見る。
髪留めはない。その代わり、というわけではないだろうけど、今日は髪をポニーテールに纏めていた。
「結花ー!」
父さんと母さんのところへ戻ると、そこには愛花の姿もあった。
今日は昼までに仕事を終わらせて、それからここに来る予定だったらしいけど、仕事が長引いて間に合いそうにないとメッセージにあったけど。
「お母さんっ」
結花が走って行ってしまう。
俺もそれを追いかける。
「どうして?」
「あはは、お母さん頑張っちゃった」
良かった、と安心しながら俺は弁当を広げて食べ始めていた両親を睨む。
「こういうときって普通待たない?」
すると二人はおかしそうに笑った。
なにわろとんねん。
*
そして。
ついにそのときは訪れた。
午後の部、三つ目の競技は五十メートル走。俺と白鳥が直接ぶつかり合う種目だ。
参加選手はゲート前に集まることになっていて、そこへ行くと白鳥がいた。
「いよいよだね」
「ああ」
これから戦うというのに、彼の纏う空気は随分と穏やかというか、柔らかいものだった。
五十メートル走の走る順番は事前に決められている。その時点である程度の自由は許されるので、俺と白鳥は一緒に走ることになっていた。
最後の最後。
大トリである。
愉快な入場曲が流れ始め、先頭が歩き始める。トラックをぐるりと回りながらスタート位置へ向かうのは、親に自分の姿を見せるためだろうか。
「はやとー!」
「頑張れよー!」
「頑張ってね、颯斗くーん!」
母さん、父さん、そして愛花の三人が俺を見つけて手を振ってくる。そういうの恥ずかしいタイプだからあんまりやらないでほしい。
ていうか、盛り上がってんなあ。
などと思いながら歩いていると、クラスメイトの前を通過する。ちらと見ると、結花が心配そうな顔をこちらに向けていた。
ぎゅっと、胸の前に持ってきた手を握っている。俺の勝利を願ってくれているのだろうか。
そのとき、彼女と目が合った。
結花は周囲を確認してから、『が』『ん』『ば』『れ』と口パクで伝えてきた。俺はそれに軽く手を挙げて応える。
「ん? あー、そういうこと」
俺の動きに違和感を抱いた白鳥がなにやら勝手に納得していた。なんか言ってくれ。そしてそれを否定させてくれ。
かくして。
五十メートル走が幕を開ける。
教師がスタートのピストルを放つと、並んでいる六人の選手が走り出す。
五十メートル走は四年生から組み込まれる競技で、紅白三人づつの参加となっている。
一組目が終わり二組目、三組目とスタートしていき、ついに俺たちの番がやってくる。
隣には白鳥がいる。
それ以外のメンバーについてはあまり意識していなかったけど、それぞれか体育で好成績を収めている手練れだった。
コースは直線。
五十メートルだからそこまで長くはない。しかし、だからといってペースを誤るとスタミナが切れる。その辺をどうしていくかが大事だな。
「位置について」
教師がピストルを持つ手を天に掲げ、もう片方の手で耳を抑える。
「よーい」
そのタイミングで俺たちは手を構えて足にぐっと力を入れる。スタートダッシュに成功するかどうかは勝敗に大きく関わってくるからな。
「どんっ!」
その声と同時にピストルが放たれ、バンっという音と同時に六人がスタートダッシュを決める。
皆が最高のスタートを切った。
ここでは差がほとんどなく、ここからは純粋な実力勝負となる。
「……ッ」
絶対に勝ってやる。
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