第2話 『わたしとも仲良くなってよね?』


 柊木愛花。

 それが俺の、初恋の相手の名前だ。

 高校生で出会った女の子で、気づけば特別に思っていた。もちろんそこまで接点はなかった。陰キャ特有の挨拶してもらった時点で好きになるやつだ。


 それにしても柊木は話しかけてくれた方だと思う。

 別に俺が特別だったわけではなくて、彼女はみんなにそれをしていた。

 柊木愛花は誰に対しても平等だった。


 告白しても上手くいくはずなんてない、というのは分かっていた。それでも一縷の希望を信じていた。告白しようと思ったことがないわけではない。なので単純に告白する勇気がなかっただけだ。


 結局。


 なにもできないまま。

 なにもしないまま。


 ただただ時間だけが経過して、俺の初恋は思い出となり、記憶の中に綴じられた。


「それじゃあみなさん、さようなら」

 

 ホームルームが終わるとその日は帰宅で、明日から本格的に授業が始まるようだ。


 ぞろぞろとクラスメイトが動き出し、後ろにいる親と合流する。その中から柊木結花を探した。


 ……いた。


 彼女は後ろにいる親と合流したところで、俺は結花からゆっくりと、バクバクと激しくなる鼓動を抑えながら視線を上げる。


「……柊木」


 俺が死んでから七年の月日が経過している。二十二のときに死んでるはずだから、同じ世界線であるならば柊木愛花は二十九ってことだよな。


 最後に彼女を見たのは高校生のときだから、十年くらい振りにその姿を目にしたことになるけれど、分かるもんだな。


 結花が話している相手が、その母親が柊木愛花だと俺は確信を持って判断できた。


「なに見てるの?」


 ぼうっと柊木の方を見ていると、母さんが不思議そうな声を漏らしながら俺の視線を追っていた。


 その先にいるのが柊木親子であることに気付いた母さんが、ニターっと笑う。


「なになに、初日から可愛い女の子を探してるの? そして、あの子がお気に入りだと?」


「べ、べつにそういうんじゃないよ」


 俺は慌てて否定する。

 そういうのではあるんだけど、変にからかわれたくない。恋愛的な意味のいじりは相変わらず苦手なのだ。どうリアクションしていいか分からない。


「またまたぁ。あ、でも言っとくけどね、ガールフレンドを作ったとしても友達カウントは一人分にしかならないからね? ちゃんと一〇〇人作らなきゃダメだよ?」


「……わかってるよ」


 そんな独自ルール作っちゃいないわ。

 あとそもそも、何度も言うけど別に俺は友達一〇〇人作ることを目標にしてないんだってば。


「どうする? お話しに行く?」


「いや、いいよ。ほんとにただ見てただけだから」


 変に怪しまれたままだと、母さんの性格上絶対に何度も訊いてくる。ここは興味ない感じを出しておくのが得策だろう。

 

「美女好きなのはお父さん譲りなのかしら」


 いや、多分前世の俺譲りだと思うけど、どうなんだろうか。女好きって遺伝するものなのか?



 *



 小学生は集団登校がある。

 登下校中に起こる誘拐や事故を防いだりする理由があるのだと勝手に思っているんだけど、実際にどうかは知らない。


 家が近くの生徒が集まるので、生徒は一年生から六年生まで幅広い。まだ幼い一年生は上級生に挟まれ真ん中を歩かされる。


 そんな中、俺はこれからの自分の行動について考えていた。


 前世では友達のいないぼっちをやらせてもらっていたので、人と仲良くなる方法が分からない。


 俺がこの先やろうとしていることを考えると、致命的な問題だな。まして、相手は小学生だ。どういう話題で近づけばいいのか皆目見当がつかない。


「志波くんってかっこいいね」

「ほんとね。わたしけっこータイプかも」


 道中、同じ班の三年生と四年生らしい姉妹に話しかけられる。二人とも可愛らしい容姿をしていた。精神年齢だけで見たらロリもロリだが、不思議とバブみを感じる。


 恐ろしいな。

 精神年齢が実年齢に侵されているのかもしれない。


 肉食系女子におののいていると、学校に到着した。班のメンバーは昇降口で分かれてそれぞれの教室に向かっていく。


「ランドセルって背負いやすいな」


 当時はなにも思わなかったし、デザイン的にも好きになれなかったけれど、こいつは中々やるぞ。

 頑丈だし、背中にくっついてるから重さもあまり感じないし、それに意外とものが入る。


 これから六年間よろしく頼むぜ、と相棒に語りかけていると。


「おはよう。颯斗くん」


 ぽん、と肩を叩かれた。

 振り返るとそこには保坂彼方がいた。

 

 小学校は制服がないので、みんなそれぞれ好きな服を着てきている。俺が小学生のときは制服があったから困らなかったけど毎日私服って大変じゃないか?


 ひまわり色の綺麗なワンピースがよく似合っていた。それに加えて頭のベレー帽が印象的だ。


「おはよう、彼方ちゃん」


 相手は小学生なのは分かってるけど、やっぱり女の子を名前で呼ぶのはむずむずする。

 大人が子どもを呼んでいるようなものだけど、不思議なもので同学年という意識はあるのだ。だから妙に照れくさい。


「今日から授業が始まるわね。どきどきするわ」


 彼方は楽しそうに笑っている。

 周りの生徒に比べると落ち着いた雰囲気があって、どこか大人びた印象があったけれど、こういうところを見ると普通に年相応だ。


「ぼくは不安でいっぱいだよ」


 自然と二人並んで教室まで向かう。

 彼方はあっちから来てくれるので、こちらとしては随分と楽だ。しかもこの歳でコミュニケーション能力が高めなので会話もスムーズだし。

 参考にさせていただこう。


 世の中の女子、みんなこんな感じならいいのに。


「ねえ、彼方ちゃん」


 せっかく異性の知り合いという俺が抱える問題に対するアドバイザーがいるのだから使わない手はない。


「なにかしら?」


「えっと」


 なんて訊こうか……。

 

 ダメだな、人生やり直し系の最大のメリットといえば一回目で得たスキルを持ち越せることなのに、ほとんど何も持ち越せてない。


 何もやってこなかったからなぁ。

 言い訳ばかり口にして、頑張ることもせず、周りのせいにしていろんなことを諦めてきた。


 けど。


 今回は同じ轍を踏むようなことはしない。


 そのために今できることをやるんだ。


「人と仲良くなるために心がけてることってある?」


 我ながらアバウトな質問だ。

 しかも朝の一幕でするような話ではないな。彼女もそう思っているのか、一瞬だけ呆気に取られたような顔をした。


 が、すぐにもとの表情に戻る。


「そうね。いろいろあるけれど、とりあえずは話しかけるということかしら」


「話しかける、か」


 尤もな答えだ。

 そして、当たり前のことでもある。

 いや、まあ、その当たり前のことをしてこなかったから、前世の俺はぼっちだったんだけど。


「あと、相手に嫌われないように愛想をよくすることね」


 至極当然のことだ。まあ、俺はそれができていなかったから以下同文。

 俺なんにもできなかったんだな。


 できれば話題とかのヒントが欲しかったんだけど、考えてみれば話題なんて人それぞれか。


 女の子でも戦隊モノが好きな子がいれば、男の子でもサンリオが好きな子もいる。


 結局、話してみないと分からないってことだな。


「ありがとう。参考になったよ」


「どういたしまして。誰か気になる子でもいるの?」


 顔を覗き込まれる。

 子どもながらに整った顔立ちに、どきっとしてしまう。


「ま、まあ、そんなとこかな」


 そんな言葉で誤魔化せるような相手ではないと思ったけど、彼方は「そっか。仲良くなれるといいわね」とだけ言って、この話題を終わらせた。


 誤魔化せた、というよりは誤魔化されてくれたって感じだけど。


「ねえ、颯斗くん」


「うん?」


 彼方はてててと数歩前に行き、そしてくるりと回ってこちらを向いた。大人びた笑みではなく、純粋な子どもの笑顔を浮かべて。


「その子と仲良くなるのもいいけれど、わたしともちゃんと仲良くなってよね?」

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