第8話 作戦会議!

「まず、ゲーム配信の他に、雑談枠とか、歌枠を増やすのが効果的だと思う。実際、この前の雑談配信は、ギアテニ配信の十倍くらいは伸びてたし」


 十倍。そう聞くととんでもない違いに思えるけど、普段のアーカイブの再生回数が七回とかなので、実際にはそこまででもない。


 前回の雑談枠は再生回数が七十回。それでも、私の動画の中では二番目の数字を更新しているのも確かだった。ちなみに、一番再生数が多いのは一年ほど前のギアテニ動画。特に変わったことはしていないはずなのに、その動画だけは何故か三百回も再生もされている。


 というか、みかんさん、さすがは私のリスナーというべきか。普段の再生回数も把握してるんだ。なんか、恥ずかしい……。


「で、でも、私、雑談とか、苦手だし、すぐ、喋るのなくなると思う」

「そんなことないよ! 雨……佐凪さなぎさんの話ってどこか独特で、急展開もあったりするから、オチはどうなるんだろうって、思わず聞き入っちゃうことも多いし、それに、ゆっくり喋ってくれるから、雑談枠を聞くこっちからしたらちょうどいいんだ」

「そういうものなの?」

「うん。雑談枠ってね、もちろん推しの配信全部追う! って人は見るだろうけど、それ以外だと、作業用とか、睡眠用に聞く人が多いんだよ。話し方が好きな人とか、声が落ち着く人とかを探して、枕元で垂れ流したりするの。だからまくしたてられるように喋ると、その需要に答えられないこともあって」


 なるほど。雑談枠って、その人のファンが観るようなものだと思ってたけど、BGM代わりに観る人も多いんだ。


「っていうのも、あたしの経験則だけどね。雑談枠で伸びてる人とか、再生数に対して高評価多い人とかを観てたら、そういう人たちには特徴があるって気付いたんだ。それには佐凪さんも、当てはまってると思う」


 私はたぶん、普通の人と比べて応答がかなり遅い。なんて返そう、なんて喋ろうって考えているといつのまにか時間切れになって、話題は別のものに映ってる。そのたびに私ってダメだなって自己嫌悪に陥って、そうしている間に反応も鈍くなっちゃって、結局、会話から取り残される。


 でも、まさかそれが、役に立っているだなんて。


「あとはそうだね、流行ってるゲームの配信もいいかも。ゲーム配信って上手な人や面白い人の配信が目立ちがちだけど、初見の反応っていうのも、意外と人気なんだ」

「初見っていうと、なんの情報もなしにやるってこと?」

「そうそう! あとは、ミリしらって言って、ちょっとしか知りませーん! っていう状態で始めるのも、今は結構見るかな。ゲームによっては一定の再生回数も稼げるから、認知度を広げるには、正直、今のところこれが一番いいかなってあたしは思ってる」


 みかんさんの話は、リスナー視点ということもあって、とても説得力があって、私もつい「なるほど」と頷いてしまう。


「ホルスタっていうゲームなんか今すっごく人気だよ。スマホのアプリなんだけどね。ほら、これこれ」


 みかんさんがスマホの画面を見せてくる。タイトル画面は、制服を着た女性キャラが、青空に向かって手を伸ばすというものだった。見たところ、ファンタジー系ではなさそうだ。 


「いわゆるリズムゲームだね。リリース当初からずっと売り上げ上位をキープしてて、アクティブ数も多いんだ。初見配信なんかはほとんど数千再生いってるくらいだから」

「す、すうせん」


 ってことは、それだけの人が私を見るってことで。


 ひょえ……考えただけで身体が分裂しそうだった。


「ストーリーはかなり評判だし、あたしも泣いちゃったくらいだから、佐凪さんには相性のいいゲームだと思う。佐凪さん、考察とか、キャラの感情への考え方がすごいし、感受性も豊かだから」


 さっきから思ってたけど、私、褒められすぎでは?


 自分では長所だなんて思ってもなかったところを、一つ一つ、みかんさんに包み込まれている気分だった。


 触れている肩から、みかんさんの温かい熱が伝わってきて、目が回りそうになった。


「どうかな、佐凪さん」

「う、うん。じゃあ、やってみようかな」


 私がそう答えると、みかんさんは「本当!?」と目をまんまるに開いて、私の手を握りしめてきた。


「実を言うと雨白さんのホルスタ配信、ずーっと見たかったんだ! 他のライバーさんのホルスタ配信観てるときも、ここ、雨白さんならこういう反応するかなぁとか、考えてたくらいで!」

「あ、あの、雨白さんっていうのは」


 学校では内緒にって、約束したのに。


 私の咎めに気付いたのか、みかんさんはすぐに縮こまって、椅子を引いた。


「だ、ダメだねあたし」

「え、えっと」


 なんだか責めてるみたいになっちゃったけど、別に、雨白と呼ばれることが嫌なわけじゃない。ただ、配信をしてると周りにバレることが、恥ずかしいだけなのだ。


「ごめん、佐凪さん……ほんと、自分でも、バカみたいって思うけど、いまだにさ、こうして話せることが嬉しくって……」


 顔を両手で覆うみかんさんは、のぼせそうなくらい真っ赤になっていた。


 なんだか私まで照れてしまって、互いに沈黙するという謎の時間が生まれる。


 五時を知らせるチャイムが、やけに響いて聞こえた。みかんさんも同じだったのか、肩をピクッと震わせて立ち上がる。


「校門閉まっちゃうね。帰りながら話そっか」

「う、うん」


 みかんさんが私の近くで身体を動かすと、シトラス系の香りが鼻をくすぐる。鍵を返しに理科準備室に入ると、舘中たてなか先生が顕微鏡のメンテナンスを行っているところだった。


 声をかけると、舘中先生が顔をあげた。入り口で待ってくれているみかんさんに視線をやったが、すぐに私の方を見て「気をつけて帰りなさい」とだけ言ってくれた。


 理科室を後にして、校門へ向かう。


「でさ、佐凪さんって機材とか持ってる? スマホを画面に出力するやつとか」


 夕陽の差し込む玄関で、靴箱に手を伸ばしながら、クラスメイトと談笑する。


 あ、あれ……? これってもしかして、すっごいことしてるのでは?


 いつも外側から見るだけだった物語の世界に、自分がいるようなそんな感覚。胸がドキドキして、足元が浮つく。


胡桃くるみ……妹に聞いてみないとわからない。たぶん、持ってるとは思うんだけど」

「そっかそっか。佐凪さんがVtuberを始めたのって、妹ちゃんが勧めてくれたからなんだっけ? 機材とかも妹ちゃんから貰ったって聞いたけど、元々配信活動をしてた人だったりするの?」

「ううん、私のために買ってくれたの」

「ええー!? すごいね、やっぱ姉妹の絆ってやつなのかな。妹ちゃん、きっと佐凪さんのことが大好きなんだね」


 校門を抜けると、みかんさんが右をチラッと見る。私の帰り道は、左だ。


 まだ喋りたいことはあった。みかんさんって、家はどこにあるの? とか。そのメイクってどれくらい時間かけてるの? とか。


 私は、みかんさんの色々なことを知りたい。きっとこの人の中には、私の知らないものばかりあって、そのどれもが眩しいはずだから。


 でも、もう分かれ道。前みたいに、途中まで一緒に歩きたい。けれど、それはもしかしたらみかんさんの負担になるかもしれなくて。


「佐凪さん」

「は、はい!」


 考えを巡らせているときに声をかけられると、つい驚いてしまう。伺うようにみかんさんを見上げる。


「配信、楽しみにしてるね! 佐凪さんなら、きっと大丈夫だよ、目指せチャンネル登録者数百万人!」

「十万人ね!?」


 いやだからそれでも多いって!


 私のツッコミに、みかんさんは白い歯を見せて笑った。


「それじゃあまた明日、佐凪さん!」


 みかんさんが手を振って、私も遅れて振り返す。


 そっか、明日があるんだ。聞きたいこと、言いたいことは、また明日言えばいっか。


 それよりも……は、配信かぁ。


 今日みかんさんに教えてもらった『ホルスタ』というゲームをスマホで調べながら、帰路に就く。


 今日も、夕陽は眩しい。

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