第33話 サイラス




「………なるほど、それじゃあサイラス先生はローズが妊娠中にお世話になっていた先生なんだ。マルイーズで勤めてたのに騎士団の軍医になってるなんてねぇ」

「本当に驚いちゃった。すごい偶然ですね?」

「君は変わらず綺麗だったから、すぐ分かったよ」

「先生、お世辞が過ぎます……!」


 私は皆の前なので赤面して顔を隠す。


 サイラス・エルコットはマルイーズで私を診察してくれていた医者だった。プラムの出産後もしばらくは診てもらうことが多く、随分と良くしてもらった。去年の初めに街を離れると聞いた時は涙を流したのが懐かしい。


 まさか、こんな場所で再会するなんて。

 軍医として働いているとは知らなかった。


 私は隣のテーブルに視線を向ける。フィリップやダースの前に座るフランは、メナードと共に久しぶりに会ったラメールの話に耳を傾けている。どうやらラメールは今回に限って討伐に参加する目的で一緒に行動するらしい。



「どう?今日はもう訓練もないし、このまま飲み会に突入しちゃいましょうよ!」

「騎士団の施設でそれは……」

「あ、ワインなら僕の部屋にあるよ」

「先生、ちょっと!」

「良いわねぇ~!私干し肉とかつまみを結構持参したの」


 彼女のやたらと大きかった荷物の中身がなんとなく分かってしまって私は呆れる。膝の上ではすでに夕食を食べ終えたプラムが夢の中を彷徨っていた。私は皆に断って、一旦プラムを部屋に寝かせることにする。


(それにしても……サイラス先生が軍医かぁ)


 マルイーズでは出産の不安から乳幼児期のプラムの成長の相談まで、色々と幅広く支えてもらった。もう二度と会えないと思っていたけど、意外な場所で会えたりするものだと息を吐く。


 ベッドの上によいせっとプラムを横たえる。

 窓の外には光のない真っ黒な山々が見えていた。


 クレアはあの様子だと暫くは飲み続けるだろう。プリオールでのことがあるから、私はもう飲むわけにはいかない。またフランや他の誰かにご迷惑を掛けるのは御免だ。




 食堂に戻ると、大宴会は幕を開けていた。



「せっかくだし、ローズはサイラス先生の隣に座りなよ」

「ええ。ありがとう」

「ラメールが持って来たこの缶詰なに?」

「三十年前に買ったまま忘れてた鹿肉だねぇ」

「熟成され過ぎじゃ無い!?」

「気に入ったら増やすことも出来るよ。小さなものなら複製魔法で増やすことができる」

「………先ずは食べてから考えましょうか」


 わいわいと賑やかな空気が場を満たす。

 私はフランの部屋が何処にあるのか聞いておきたかったけど、メナードの熱心な質問に答えているから今は話せそうにない。憧れの先輩の隣をゲットして彼は嬉しそうだ。


「ローズ、どうして王立騎士団に入ったの?」


 ぼけっとしていると隣のサイラスが質問を投げて来た。


「あ、えっとね……プラムのアカデミー入学のために資金面で潤いがほしくて……」


 言いながらなんとも不真面目な理由なので恥ずかしくなる。現実的にお金がないと生きていけないので仕方がないけど、騎士に夢みるメナードに聞こえないことを祈った。


 有難いことにプリオール遠征では討伐にも貢献したと認められ、多額の報酬を受け取ることが出来た。それらはすべて、プラムのために貯金している。


「なるほど。やっぱり女手一つじゃ大変だよね」

「まぁ、そうだけど…今は以前よりはマシなので、」

「そうなの?君は頑張りすぎるところがあるから心配だ」


 サイラスの手が私の頭を撫でる。

 ドキッとしてつい隣のテーブルに目を走らせたけれど、フランは変わらずこちらを見ておらず、ただ現場を目撃したクレアだけが黄色い声を上げた。


「きゃー!なんか二人の距離近くない?本当にただの医者と患者の関係だったの?勘繰っちゃうんだけど…!」

「ははっ、クレアくんは鋭いねぇ。実はいっときローズのことを好きになりかけた時期はあったよ」

「先生…!酔ってますか!?」

「酔ってないよ。僕はいつも大真面目」

「………っ、」


 膝の上に置いた手をサイラスがぎゅっと握る。


「どうかな?君さえ良ければ、僕のこと真剣に考えてみてほしい。プラムと三人で暮らそうよ」

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