第二章 ウロボリア王立騎士団

第13話 車中にて




「プラムは?」

「眠ってるわ。もう夜だし疲れたみたい」


 私は膝の上で横になる娘を見つめる。


 あの後、結局フランの手も借りながらなんとか荷造りを終えて、住み慣れた街を出発したのは夕方のことだった。夕食代わりのサンドイッチを食べるとプラムは眠ってしまったので、車内は静かだ。


「どうしてあんな嘘を吐いたの?」


 フランは返事を返さない。

 ルームミラー越しに見えた双眼はただ前を向いていた。


「プラムはまだ子供よ。私が以前、父親は蒸発したと話したことを信じているの。遠くへ行った父がいつか帰って来るなんて思って…だから……」

「それを言うならあんたの方が嘘吐きだ」

「いいえ。私は…!」


 否定したいのに言葉が続かなかった。


 プラムが成長すると、きっと本当のことを知る時が来る。今は人の姿をしている彼女が、もしもいつか魔物に変化してしまったらどうしよう。何の保証もないのに、私は安全だと信じ込んで変わらない日々に縋り付いている。


 三年前、プラムが産まれた日に誓ったのだ。

 何があっても、この小さな命を守ると。



「………同じ嘘でも、それで笑顔になるなら良い」

「貴方を巻き込みたくないわ」

「一緒に住むことになるんだ。父親の設定の方が何かとやりやすいだろう。心配しなくても、離れる時には離縁することになったとでも言えば良い」

「そんな簡単に……!」

「ローズ、お前が提案を受け入れたんだ。ゴアの話を承諾して、一緒に住むなんて言い出した」


 ハンドルを握る手に力が入っているのが分かった。


「お前はいつだって簡単に受け入れる。考えたことがあるか?自分が示した情けが、どれだけ人を狂わせるか。何の気なしに与えた優しさが、相手によっては毒になる」


 何のことを言っているのか。

 私は、私の笑顔を嫌いだと言ったフランの言葉を思い出す。彼が私に何らかの嫌悪感を抱いていることは分かっている。苛々するとも言っていたし、あまり良くは思われていないのだと知っている。


「………まるで私を理解しているみたいな物言いね」


 想定以上に冷たい声が出た。

 フランの顔は見ずに私は窓の外を眺める。


 住み慣れたマルイーズの街を抜けて、景色はどんどん都市のそれに近付いていた。緑が少しだけ減って、建物の数が増える。新しい街にはどれぐらいで慣れることが出来るだろう。



「貴方には話していない過去があるわ。誰だってそうだと思うけど、私にだって歴史がある。人並みの辛さや苦しさは経験しているつもりよ」

「……………」

「知った気で語らないで。今日手伝ってくれたことも、今回の討伐で命を助けてくれたことも感謝している。だけど、貴方は私を知らない……私が貴方のことを知らないのと同じように」

「知ってるよ」

「え


 驚いて前へ乗り出すと、膝の上に載ったプラムが唸った。ぐずるように泣き出しそうになるので、私は慌ててトントンと柔らかなお腹を撫でる。


「……ローズ・アストリッドは、愛想笑いが上手くて酒に弱い女だ。あと、男を幻滅させる服を選ぶのが得意」

「なんですって……!?」


 思わず自分の着た服を見下ろす。

 動きやすいようにパンツスタイルが多いことを指摘しているのだろうか。べつに私はフランによく思われたくて着飾るつもりはないんだけど。


 ムッとした私の顔を見て運転手は少し口角を上げる。

 今度はどんな悪口が飛び出すのかと身構えた。



「聖女としてのあんたの腕は認めてるよ」

「………、」

「これからどんなことを知れるのか、楽しみだ」


 軽く笑ったフランの本音が私には分からなかった。


 すべて本当なのかもしれないし、或いはすべてが嘘なのかもしれない。だけど、思っていたほど悪い人ではなさそうで、私は温かなプラムの体温を感じながらいつの間にか眠りに落ちていた。


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