第38話

 がっくりと肩を落とすエルフの女性。


「帝国の貴族はともかく、同胞にすら騙されていたというのね……」

「まだ、帝国の貴族の方がマシね、ある意味、嘘は言っていないわよ」

「どういう事……?」


 シフを担ぎ上げてエルフの主張を説明する。

 そうする事で、帝国とエルフの和解を示す事にはなる。

 問題は、それで状況が好転するかというのは別の話なわけだ。


「嘘を言っているではないか?」

「収まるだろう、であって、必ずしも収まるとは言っていないわ」

「なによ、それは……」


「帝国の貴族と取引しようとするなら、それぐらいは理解していないと駄目よ」


 それを聞いて、ますます小さくなっていくエルフの女性。


「エルフが生き残る方法が一つだけあるわ」

「そんな事を言って、また騙そうとしているのでしょ?」

「信じる信じないは、勝手にすれば良いわ」


 そう言ってファニスは続ける。


「全てのエルフを連れて世界樹のある聖地に引っ込みなさい。そこで防衛を固めるのよ」

「…………そんなの無理よ、聖地で生まれたエルフばかりではないのよ」

「だからその故郷を捨てて、聖地に逃げ込みなさいと言っているのよ」


 エルフの民は各地の豊穣な森に棲んでいる。

 場所によっては聖地よりも暮らしやすいところもある。

 それを捨てて、聖地に集まれと言ってもどれだけの者が言う事を聞くか。


「分かってないわね、エルフが迫害される理由は何だと思う?」

「エルフに対する復讐心……でないとすれば、この見た目と魔力か」

「男のエルフならともかく、女の見た目が良くてもねえ……魔力だって、いつ裏切るか分からない奴に重要な仕事は任せられないわ」


 じゃあ、なんだと言うのだ、とエルフの女性は問いかける。


「土地よ」


 短くそう答えるファニス。


 古今到来、争いの元凶とは土地の奪い合いである。

 隣の芝生は青く見える、と例えられるように、戦争の発端は青い芝生を自分の物にしたいという欲望から始まる。

 エルフが住む、資源豊かな森など、その筆頭ではないか。


 今まではエルフを恐れていた人々も今後は容赦なく攻めてくる。


「エルフに限らず、力の無い者は力のある者に奪われる、奪われたくないのなら力を付けるしかない」


 帝国とてそれは同じ。

 力が無かったからこそ、エルフによって帝都を滅ぼされた。

 今はまた、力を取り戻りつつあるが、それだって永遠に続く訳ではない。


 もしかしたら、とんでもなく恐ろしい集団がいきなり現れて、一気に帝国を滅ぼす可能性だってある。


 それはアレですかね、どこかの狂信者が集う村が発端になったりするんでしょうかね?

 着々と力をつけているからなあ、この村。

 アール様さえ一言あげれば、ヴィン王国ぐらいは落とせるかもしれない。


 人類は最終的に、エルフの聖地すら奪うかも知れないわよ。とファニスはエルフの女性に忠告する。


「聖地だけでも守りたいなら戦力を集中させなさい」

「なぜ、そのような忠告をくれるのです? あなたはエルフを憎んでいるはずでしょう」

「憎んでないわ、むしろ感謝しているほどね」


 すがすがしい顔でそう答えるファニス。


 もし、あのまま帝都で暮らしていたら。

 もし、あのままリューリンやシフと敵対して生きていたら。

 もし、あのまま皇帝になって恨まれているような女性を正夫に選んでいたなら。


「ぞっとするわ。死ぬまで荒んだ心で、全てを憎んで、愛するという気持ちも知らずに、ろくでもない死に方をしたでしょうね」


 ファニスは胸に拳をそっと当てて「こんな気持ちにだってなれなかった、本当の家族を私はここで見つける事ができた」と周りを見回す。


 オレを見て頬を赤らめる。

 スリフィを見て朗らかに笑いかける。

 リューリンを見て優しく微笑みかける。


 アール様を見て、挑戦するような表情を見せる。


 好きな人、好きな友人、好きな妹、そして……好きな恋敵。

 それを与えてくれたのは、皮肉な事に、あなた達エルフだったのよ。

 と、そう答える。


「失ったモノは多いけれど、それ以上にかけがえのないモノを手に入れる事ができたわ」


 そう言った後に「ありがとう」とつぶやく。

 エルフの女性はそれを聞いて、一筋の涙を流す。

 それはやがて、滝の様に次々と溢れては零れ落ちて行く。


「ああ……本当は、本当は気づいていたのです……おかしいと、思っていたのです」


 なぜ、あの魔方陣は亜竜が居る中央に現れないのだ。

 なぜ、亜竜と違う場所に現れている魔方陣へ岩を次々と転送させるのだ。

 なぜ、逃げ出そうとする人々を閉じ込めておかなければならなかったのか。


 信じたくなかった、まさか同胞が裏切っているだなどと。

 信じたくなかった、自分が大虐殺の手伝いをしているだなどと。

 そう、信じたくなかったからこそ、私は目をつぶってしまったのだと。


「ああ、すみません、申し訳ございません…………ああ、ああ、私はなんと罪深い、存在なのか」

「そんなに嘆く事はないわ、あなた達のやった事はたかが街一つよ、私の母は、数百という街を殲滅してきた」

「ああ、あああ、ファニス様、私は……!!」


「嘆いている暇があるのなら、真実を伝えなさい。そしてあなたが真実を伝える先は人間じゃないわ、まずは他のエルフに伝え、相談することね」


 結局のところ、どれだけのエルフが騙されていたのかは分からない。

 もしかしたら、彼女以外は全員が真実を知っていたかもしれない。

 逆に、ほぼ全てのエルフがたった1名に騙されていた可能性だってある。


「分かりました、まずは長老たちに話をしてみます」

「気を付けないと、そこに辿り着くまでに消されるかもしれないわよ」

「脱出に協力してくれたエルフも居ます、それに……聖地へ向かうエルフも募って行こうと思います」


 一人じゃなく、多数で動けば、隠す事はできない。


「もし、何かあれば私の元へきなさい。聖女と言えども、何の発言も出来ない無能ですが、癒す事だけなら他に負けるつもりはありませんから」


 アール様もそう言って励ます。

 そのエルフの女性は、何度も何度もオレ達の方へお辞儀を繰り返しながら、旅立っていくのであった。

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