第2話 始まる平民ライフ

 正直、かなり居心地が悪い。


 ――まずい。


 ボッチだから、ではない。

 平民になったのが、非常にまずい。


 俺が転生したこの世界は中世時代の地球同様、厳しい身分制度が布かれた封建社会だ。


 同じ人間でも、貴族と平民では家畜と飼い主ほども違う。

 法と制度は全て貴族優先。

 裁判官は常に貴族の味方。


 貴族が平民相手に犯罪を犯しても無罪か減刑が当たり前、という現実がわかりやすい。


 他にも、善良な市民が上級貴族に目をつけられ無実の罪で監獄送り、なんてのもある。


 この前も、王都で貴族から娘を差し出すよう命令された平民が逆らい、殺された事件があった。けれど貴族は無罪放免。


 平民の一家は働き手である父親と娘を失い、路頭に迷ったらしい。

 つまり、平民というだけで一生、貴族に命の手綱を握られ続けるのだ。


 冗談じゃない。

 日本でもスクールカースト最下位だったのに、これじゃそれ以下だ。


 この世界で平穏に生きていくには、下級でもいいから貴族でなければならない。


 ――父さんにシュタイン家復帰を認めてもらうには、相応の手柄が必要だ。平民科で首席に、いや、いくら何でも首席は無理だよな……。

それこそ、努力でどうこうなる話じゃない。


 そういうのは、生まれながらの天才がさらに努力をして取るものだ。

 俺のスキルは、ゆるキャラゴーレム一体を自由に操るだけ。これでどうやって首席になれと言うのだ。


 ――優秀な仲間と一緒にチームで首席になら……。


 そこへ、苦悩する俺の思考を遮るようにして先生の言葉が耳朶に触れた。


「では皆さん、高等部初日の授業は校舎裏の森での実技演習です」


 教卓のうしろに立つ教師が眼鏡の位置を直しながら告げると、生徒たちは歓声を上げて喜んだ。


「我が王立学園は魔族、魔獣、紛争や自然災害などあらゆる脅威から国家、ひいては人類を守る人材の育成を目的としております」


 日本が学歴社会なら、この世界は戦闘力社会だ。


 魔獣なんてものが存在して、一個人が山を砕き海を割るような力を発揮できる世界なら、強さ=権力=社会的ステイタスになって当然だろう。


「中等部までは安全の為、座学と訓練のみでした。しかし、高等部からは本物の魔獣との戦闘を行います」


 眼鏡の奥の瞳を光らせ、先生は朗々と説明を続けた。


「ほとんどの人が魔獣と戦うのは初めてでしょう。ですが安心してください。君たちはこの三年間訓練を積み、雑魚魔獣には負けない程度の実力は身に付けています。だけど油断もしないでください。酒に酔った衛兵が背後から通り魔に刺し殺される事件があるように、奇襲は実力差を簡単に埋めてしまいます」


 ようするに、自信と緊張感を持てということだろう。いい言葉だ。


「もっとも、ハズレスキルぞろいの君たちでは魔獣相手に油断をする余裕なんて無いでしょうけどね」


 貴族の先生が鼻で笑うと、生徒たちから表情が消えた。

 俺も自然と、への字口になる。


 ――嫌なことを言うなぁ……。


 とはいえ、先生の言葉もあながち間違ってはいない。


 スキルは血統に影響される。

 シュタイン家の人間がゴーレム系スキルぞろいなのがいい例だ。


 当たりスキルを持つ人は出世して上流階級の人間になる。

 つまり、親が平民ということは、当たりスキルを持っていないということ。

 ならその子供も、当たりスキルを授かる確率は低い。


 ついさっきも、朝の雑談に耳を傾ければ、農民スキルや裁縫スキルなど、非戦闘系スキルを授かった生徒が落胆する会話をしていた。


「では森に移動しますよ」

「あれ? そういえば先生、校舎裏の森って魔獣が住んでいるんですよね? なんで校舎は襲われないんですか?」


 一人の生徒の疑問に、先生は呆れたように答えた。


「あのですねぇ。ここは魔獣よりも強い戦士の巣窟なのですよ? 魔獣にとって、この学園は森の最深部同様危険地帯なのです。当然、最深部の魔獣は生息域が違い過ぎて出てきません」


 それだけ言って、先生は生徒が理解したか確認もせずに踵を返した。

 先生が教室から出ると、他の生徒たちも次々席を立った。


 ――よし、この授業で強い奴を見極めて、仲間にしてもらおう。利用しているみたいで悪いけど、俺も全力で役に立つから許してくれ。


 心の中でまだ見ぬ仲間に謝罪した。

みんなを追いかけようと俺が立ち上がると、男子の一人が声をかけてきた。


「おいお前、元貴族って本当か?」

「え?」


 どうやら、俺のことは噂になっているらしい。


 貴族科から平民科に落ちた生徒がいる。そこへ新顔が登場となれば、当たりをつけられても仕方ないだろう。


 ――こういう時はできるだけ弱味を見せず、穏便かつさらっと流そう。


「ああそうだぞ。生成できるゴーレムが魔獣型だからってな。まったく酷い話だよな」


 堂々と言いながら歩いてその男子とは距離を取った。

 もとから移動教室なのだから長々と話題を長引かせる必要もない。

 けれど背後からは、


「やっぱり」

「元貴族かよ」

「いい気味だ」

という嘲笑が聞こえてきた。


 ――まさか俺、ボッチ確定?


 早くも暗雲が垂れ込める平民科生活に、俺の不安は雪だるま式に増えていった。


   ◆


 貴族風の鎧は悪目立ちするので、稽古用の簡素な軽装鎧に着替えてからしばらく、時計が無いので俺の体感で三〇分後。


 嫌な予感通り、俺は独りで森を歩いていた。

 本来は他の生徒たちとチームを組んで動くのだけれど、当然のようにハブられた。


 理由は、

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