第6話 フラットアース

『みんなさまさまマ。こんちには。ちは。私は。。、。、、、。神でス。、』


 辛うじて聞こえるその声は、男性なのか女性なのか判断が付かない、なんなら同じ人類かどうかさえ怪しい異質なものだった。合成音声のような、あるいは人間を真似たオウムの声のような、そのどちらでもないような……。

 群衆は、先程まで各々好きに動き回ったり喋ったりしていたのに、今はじっとその声に耳を傾けていた。まるで不思議な引力があるみたいに、全員漏れなく耳を澄ませている。


『あナたたたタたちの世界は、。、、われれわれが創造した“平面地球フラットアース”に召喚されサレました、』


 覚束ない日本語に不快感を覚えながらも、宰吾はその言葉の意味を考えた。

 フラットアース? 地球平面説の話か?


『“平面地球フラットアース”はわれわれレが創造しタ異空間でっす。。、広さおおおよソ四〇万平方メートル? くらい? だす』


 不意に現れた数字の規模に、宰吾の頭は咄嗟に働かなかった。血が足りない。生首だけの宰吾の頭は、小難しいことを考えるには機能不足であった。


『そソの“平面地球フラットアース”の中に。、、あなたたたちの世界の他に四つつつの異世界もぶち込みました』


 徐々に日本語が上手くなっている気がする。いや待て、今何と言った? 他の四つの異世界?

 フルフェイスヘルメット越しの辛うじて見えるモニターは相変わらず不規則な記号の羅列である。


『オルトレアド。エド。ティラ。ムーン。……どれもあなた方の世界から見れバ、ユメ物語のような現象や存在があり得る異世界』


 異世界? 映画とかアニメとか、マンガとかラノベとか、そういう世界の話か?


『それラ四つの世界モ、“平面地球(フラットアース)”に、今存在しています。そして、ここからが我々神からの試練』


 試練……?


『戦争が見たい』


 場が、しんと静まり返った。

 嫌な空気が、乾いた風と共に流れる。


『私は、あなた方の世界を含め、五つの異世界同士の戦争が見たいのです。どうぞ、殺し合ってください。どこか一つの世界が生き残るまで。他四つの世界が滅亡するまで。最後に残ったひとつの世界のみ、この“平面地球フラットアース”から元の世界へ戻してあげましょう』


 宰吾に、その言葉を咀嚼する力は残っていなかった。ただただ、自分たちが理解の及ばない、とんでもないことに巻き込まれているという事実が、心臓に突き刺さって離れない。いや、その心臓は今の宰吾の頭から離れてしまっているのだけれど。


『異世界戦争のはじまりです』


 神を名乗る声は、楽しそうなその声を最後に聞こえなくなった。群衆は茫然と立ち尽くし、宰吾は頭一つで転がることしかできなかった。

 何分経っただろうか。ようやく騒ぎ始めた群衆をよそに、宰吾だけが冷静だった。この混乱の中、どうやって自分の体たちと合流しようか。そればかり考えていた。正直、理解の及ばない異世界戦争の話よりも、今の自分の状況の方が、よっぽど深刻である。

 こんな状態で、誰も手を差し伸べてくれないとは、シブヤ民は非情だなと宰吾は本気で思った。そのときだった。


「やっと見つけた」


 視界の外から、声が聞こえた。それは、若い女性の声のようだった。ごろりと頭が転がされ、抱え上げられる。後頭部に、柔らかい何かを感じた。


「おッ……」


 間抜けな声が出てしまい、宰吾は顔を赤らめる。


「お?」


 その声は宰吾の情けない悲鳴を反芻した。


「お、おい! だッ誰だ!?」


 抵抗できない宰吾は、必死になって声を張り上げた。どこにあるのか分からない体も、どうにかじたばたさせてみる。が、手ごたえがない。体の方は感覚が死んでしまったか。


「まあまあ、女の子に初めて抱えられたからって興奮しないの。さ、一緒に来てもらうよ、ヒーローネーム・イモータル。体の方はどこ?」


 イモータル? 誰それ?

 と聞きたかったが、多分自分のことを指している気がしたので、宰吾は一旦無視した。それよりも、今の状況を聞きたい。が、後頭部の幸福な感覚に、宰吾は考えることをやめた。

 もういいや、どうにでもなってしまえ。

 疲れ果てた宰吾は、眠るように気を失ったのだった。


「あったあった、体。うわぁグロ。これ持って帰るのぉ……?」


 女は、宰吾の前身を黒いビニール袋に詰め込み、フルスモークガラスのハイエースに運び込んだ。


「あ、お願いしまーす」


 その合図でハイエースは、シブヤの一方通行の道を、逆方向に走り去るのだった。

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