7-4.開業祝い

 ラディアが納得したと判断したザルダーズは、話を終わりへともっていく。


「まあ、いちいちそんな面倒な説明をするよりも、報道陣にはノブレス・オブリージュという一言で片付けてしまうがな」

「ザルダーズらしいね」


 オークションの参加者はというと、高貴な身分の方々になる。

 高貴たるものの義務として、世に貢献する慈善活動を行うべきという風潮があった。


「オレたちの世界では『オークション』は存在しないが、他の世界では『オークション』がある。競りで発生した収益の一部が、慈善団体に寄付されている。富める者の富を気持ちよくぶんどって、必要なところに分配する……って意味もあるのさ。社会的貢献だよ」

「なるほどね……。それで値段を釣り上げる行為を正当化するんだね」

「まあ……そんなところだな。裕福層はコレクション願望が強いからな。人によっては、資産化の一手段であったり、ゲーム感覚になるだろうが、それはそれで面白いだろう?」


 暇をもてあまし、スリルを求める上流階級、裕福層には面白い趣向になるだろう。

 と、元貴族のラディアは思った。


「そうだね。ザルダーズがそれだけ楽しそうにしているんだから、その異世界オークションは成功する……と思うよ。ただし、あまり危険なことはしないでよね」

「わかっているよ。……それにしても、オークションはまだ準備中なのに、よく知っていたな」

「ま、まあね。ホラ、ザルダーズって、たまにトンデモナイことを始めたりするから、ちょっと気になるというか、心配だなっていうかさ」


 ラディアは顔を背けると、しどろもどろに言い訳をする。

 こんな辺鄙な場所で暮らし、カツカツ生活にもかかわらず、ザルダーズの情報が掲載されているゴシップ誌や経済誌を『お取り寄せ』しているなど、恥ずかしくて言えない。


「オレのコト、心配してくれているんだ」

「もちろんだよ! ザルダーズは僕の幼馴染みで……大事な……親友なんだからさ」


 ラディアの言葉に、ザルダーズは嬉しそうな表情を浮かべる。

 笑顔がとても眩しくて、ラディアは思わず目を細めた。


 そろそろ帰ろうかと腰を浮かしかけたザルダーズを、ラディアが慌てて止める。

 ザルダーズは不思議そうにしながら、それでも再び椅子に座りなおす。


「ちょっと待って……ザルダーズ、これを貰ってくれないかな? 早いかもしれないけど、開業祝いだよ」

「開業祝い?」


 ラディアはヴァイオリンケースと一緒に持ってきた収納箱を、驚くザルダーズの前に置く。


 収納箱はなんの飾りも細工もないシンプルな木の箱だった。唯一の装飾は、蓋を閉じるためのロック金具だけだ。


「ん? なに? 開けてみていいのか?」

「だよね。すぐに確認したいだろうと思ったから、包装はしなかったんだ。いや、したくても、包装紙とかリボンとか……用意するのを忘れちゃってさ」


 ラディアは恥ずかしそうに目を伏せる。

 包装紙やリボンを購入する金銭の余裕もなければ、それが売られている場所にまで買い出しに行く手段もないのだろう。


 ザルダーズはそのことにはあえて触れず、黙って収納箱の蓋をあける。


「これは……木槌と打撃板? ガベルとサウンドブロックか?」


 真新しい木槌と打撃板が、ビロードの生地が貼られた収納箱の中に、きちんと収められている。


 つやつやと輝きを放ち、木目が美しい木槌と打撃板に目を奪われるが、「なぜ、このようなものを自分に?」とザルダーズは不思議そうに首を傾げる。


 ガベルとサウンドブロックは、議会や裁判で、司会を務める者が、開始や終了時、あるいは、騒がしくなった場を鎮めるために使用する木槌と打撃板だ。


 議長でも裁判官でもない自分には縁のない物である。


「……そういえば、ラディアは内職をしているって言ってたな?」

「うん。木槌と打撃板を作ることもやっていてね」

「これがそれか?」

「ううん。これは違うよ」

「…………?」


 ザルダーズは不思議そうに首を傾げる。


「木がね、違うんだよ。さっきのヴァイオリンと同じものを使っているんだ。ニスも同じものだよ」


 そう言うと、ラディアは収納箱からガベルとサウンドブロックをとりだした。テーブルの上にサウンドブロックを置き、ガベルを握りしめる。


「みててね……いや、この場合だと、聞いてね、かな」


 ラディアは木槌を振り上げ、打撃板めがけて振り下ろす。


 ダン! ダン! ダン!


 小気味よい、木と木がぶつかり合う音が部屋に響き渡る。

 空気がピリリと引き締まるような感じがした。


 ザルダーズは目をパチクリとさせながら、ガベルとサウンドブロックを交互に見つめる。


「すごい。すごくいい音だ。目が覚めるような音だな」

「だろ? この木はとてもいい音をだすんだよ。シルベノキっていうんだって」

「へ――っ。シルベノキかぁ。聞かない樹木だなぁ」

「うん。すごく珍しい木なんだって。あまり流通していない異世界の木らしいよ」

「そうなのか。やはり、数多の世界は広く深いなぁ」


 ザルダーズが遠い目をする。


「このガベルとサウンドブロックを競りのとき……オークション……の開始と終了に、鐘の代わりに使ってもらったら……と思ってね」


 ラディアはガベルとサウンドブロックを収納箱の中にしまいながら、探るような視線をザルダーズに向ける。


「なるほど! それはいいアイデアだな。開始時と商品の落札価格が決定したとき、あと、場を鎮めるときに使えそうだ。いや、使わせて欲しい。いくら払えばいいのかな?」


 興奮で頬を赤く染めながら、ザルダーズは懐に手を入れて財布を探し始める。


「いや、ちょっと待って!」

「非売品なのか?」

「……ザルダーズ、僕の話をちゃんと聞いていた?」

「聞いているぞ?」


 ラディアは額に手をやり、大仰に溜め息をついてみせる。


「あのね、これは、開業祝いなの! 僕からザルダーズへの贈り物。プレゼントなの! 売り物じゃないの! わかってる?」


 収納箱をザルダーズに押しつけると、ラディアはぷくっと頬をふくらませた。

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