4-2.メインホールシャンデリア中佐
〔ちぇっ。つまらないの――〕
特等貴賓室シャンデリア少佐の実況拒否に、メインホールシャンデリア中佐はブツブツと文句を言う。
いつもなら中佐の設置場所からだと、貴賓席の様子を見ることができるので実況など必要がなかった。
しかしながら、本日のオークションでは、元帥閣下の指示によって、結界のフィルターを二百パーセント増加したので、中の様子が全く見えない。
とても残念だ。
中佐はメインホール会場に飾られている、巨大シャンデリアだ。
とても豪奢で、荘厳なシャンデリア。
ザルダーズのオークションハウスには十四のシャンデリアがあるが、その中で一番大きなシャンデリアが、このメインホール会場を飾る巨大シャンデリアだ。
中佐は元某国立劇場の巨大シャンデリアで、人型化したときも見上げるような巨体の男となる。元帥閣下よりも筋骨隆々とした大男だ。
解体処分されるところを初代オーナーが購入した。
とにかくでかいし、重量がある。
チェーンが切れて落下でもしようものなら、複数人を巻き込む阿鼻叫喚な圧死事件となる。
実際に、某国立劇場ではそうなって、解体処分されそうになったのだ。
……まあ、犯人の気持ちはわからなくもないが、復讐のために、無関係なシャンデリアを凶器として巻き込まないで欲しいと思う。迷惑極まりない。
某国立劇場のシャンデリアを凶器に選んだ犯人は、休演日の誰もいない日にターゲットを呼び出してチェーンを切ることで犯行を実行した。
休演日だったため、巻き添えで死亡したニンゲンはいなかった。
とはいえ、吹き抜けとなっている高い天上から落下すれば、修繕費はとてつもなく高くなる。
シャンデリア本体だけでなく、天上、チェーンを固定していた梁や柱、床に絨毯など……とにかく、ひとひとりを殺すにしては、被害額がとてつもなかった。
しかも、特注品のシャンデリアともなれば、飾り玉のひとつ、ひとつも特注品なので、復活するまでに時間がかかる。
そもそも被害者も被害者だ。
休演日にノコノコと劇場に行こうと、なぜ考えたのか。差出人不明のいかにも怪しい手紙の封をなぜ、ためらいなく開けるのか?
文面を読んで怪しいと思わなかったのか?
これは、危機管理能力が欠如しているとしか思えない。
被害者(元々は加害者に被害を与えた加害者)はダメダメニンゲンだ!
マヌケすぎる!
ニンゲンたちは『殺人の凶器に使用された血塗られたシャンデリア』を修繕して使用するよりも、新たなシャンデリアを購入したくなるだろう。
もうちょっとで処分されてしまうところを救ってくれたのが、ザルダーズの初代オーナーだ。
なので、中佐はそのご恩にはちゃんと報いるつもりでいる。
初めてこの会場に足を踏み入れたオークション参加者は、豪華なシャンデリアの姿に、ただただ圧倒される。
中佐も参加者に向かって、必要以上に威圧しまくっている。
仮面をつけたニンゲンがぽかんと口を開け、シャンデリアを見上げる様はとても愉快で滑稽だった。
メイン会場は三階までの吹き抜けになっている。そこそこの高さから地上のニンゲンを見下ろすのはなかなかに楽しい。
楽しいけど、ちょっと物足りない。
〔天誅も不発だったしな――〕
オークション会場に詰めかけた参加者たちを、中佐は冷めた目で眺め下ろす。
ザルダーズの異世界オークション好きな常連参加者に混じって、女好きで有名な貴人たちが目に入った。
常連たちは、不機嫌そうな顔で不埒な参加者たちを睨んでいる。
まあ、どこで女神様の情報を聞きつけたのか、ニンゲンたちのネットワークは恐ろしいなと中佐は思った。
女神様目当ての参加者たちがなにか騒ぎを起こそうものなら、自分が許さない……と息巻いていたのだが、騒ぎのほとんどを中堅オークショニアが未然に片付けてしまった。
セキュリティ魔導具たちの出番と活躍の場を、チュウケンさんはあっさりと奪ってしまったのである。
チュウケンさんが本気になった『ツヨキコトバ』は威力がある。
今回もちゃんと手加減した、とベテランオークショニアに言い訳をしていたが……。
アレで手加減したのなら、本気はどんな地獄絵図になるのか……考えたくもないし、かかわりたくもない。
なんで、あんなに物騒なニンゲンが、オークショニアをやっているのか、ものすごく謎である。
ザルダーズオークションハウス七不思議よりも、不思議すぎる……。
そして、もうひとつ、不思議なことがあった。
(ねぇねぇ、サウンドブロック)
(なんだ? ガベル)
(オークション、なかなか始まらないね)
(そうだな――)
演台の上に置かれている備品たちの会話が、ずっと聞こえるのだ。
結界を強化しているからか、いつもよりも鮮明に彼らの会話が聞こえる。
いや、前回あたりから、一部の備品たちの会話が、ノイズもなくはっきりと聞き取れるようになっていた。
そのなかでも、ダントツで、ガベルとサウンドブロックの会話が明瞭に聞こえるようになっていたのである。
セキュリティ魔導具たちの念話と変わらないレベルであった。
今までも鮮明に聞こえていたが、黄金のおふたりが特等貴賓室に入室してから、その声が一段と大きくなったような気がする。
しかも……会話の内容が、ちょっとヘンというか、笑える。任務中なのだが、笑いを堪えるのが大変だ。
ガベルはどうやら、女神様の大ファンらしい。ファンというよりは、シンジャだ。
かなりの熱狂ぶりだ。
相棒のサウンドブロックはその会話についていけないようで、ガベルから怒られてばかりいた。
本人たちはすごく真剣な会話をしているようだが、意思をもちはじめた備品らしい、ちょっと間抜けた会話に、巨大シャンデリアはほっこりしてしまう。
女神様と美青年様のイチャイチャを見ることができないのなら、木槌と打撃板のボケとツッコミを眺めるのも悪くない……と思う中佐であった。
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