2-5.メインホールシャンデリア中佐

(こちらメインホールシャンデリア中佐より報告!)


 ぼ――っとしていた(ウトウトしていたわけではない)元帥閣下の脳裏に、上ずった男性の声が飛び込んできた。


 メインホールはオークション会場として使用されている。

 ホールの要となるのは、巨大シャンデリアだ。


(メインホールシャンデリア中佐どうした?)


 あくまでものんびりとした口調で応答する元帥閣下。

 少しのことでは動じないというのも、『鉄壁のハウス』でありつづける条件だ。


(元帥閣下! 只今、オークション参加者たちが座席をめぐって争いをはじめております。争いは一箇所にとどまらず、同時多発しております。指示をお願いいたします!)


 オークション会場の巨大シャンデリアから、元帥閣下に報告があがる。


〔え? 座席をめぐって争い? なんで?〕


 元帥閣下は奇妙な報告に首を傾げる。

 会場は椅子を並べただけの自由席なのだが、座る席を巡っての争いなど、そうそう起こるものではない。


(は? どういうこと? もうちょっと詳しく説明してくれるかな?)

(それが、前回、 『黄金に輝く麗しの女神』様が座られた場所の周辺に座ろうと、男性参加者が一斉に押しかけ、場所の取り合いが発生しております)

(……女神ちゃまはいないのに?)


 元帥閣下の首は傾いたままだ。

 ニンゲンはときたま不可解な行動をとるので、判断と扱いに困る。


(はい。参加者たちの怒声から推測するに、女神様用の席を各自が勝手に想定し、その隣に座ろうとしているようです。会場内のあちこちに、女神様用の空席が点在し、その両隣を巡って、複数の参加者が言い争いをはじめています。現時点で八箇所の争いを確認しております)

(なんだってぇ……)


 中佐の報告に、開場前からの行列はその場所取りのためのものだったのか、と元帥閣下は納得する。

 ただし、謎が解けても騒ぎが収束するわけではない。


〔それにしても……大人げない非常に迷惑な行為だなぁ〕


 貴人の行いとは思えない。

 迷惑行為として、吊るし上げて晒し者にするのも可能だろう。


(元帥閣下。諍いは十二箇所に拡大しました)

(じゅ、じゅうにかしょっ!)


 その数字に元帥閣下は驚きの声をあげる。


(また、席に座れなかった参加者が、女神様用に妄想設定された空席に座ろうとして、両隣、前後の男たちとの争いも発生しはじめました)

(……………………)

(天誅発動許可を願います!)


 中佐の嬉々とした声が脳裏に響く。


(…………………オークションスタッフはなにをしているのかな?)

(えっ……)

(メインホールシャンデリア中佐、オークションスタッフはなにをしているのかな?)


 質問を繰り返す。

 しばしの沈黙が両者の間に流れた。


(メインホールシャンデリア中佐?)

(…………会場責任者、ベテランオークショニア、中堅オークショニア、アンダービッター・リーダーが対応にあたっています)


 しぶしぶといった中佐の報告に、元帥閣下は盛大な溜め息を吐きだした。


 中堅オークショニアは、セキュリティ魔導具たちの間で、今代におけるザルダーズのニンゲンスタッフ内で『最凶災厄の存在に最も近いニンゲン』と畏れられている。

 その『最凶災厄の存在に最も近いニンゲン』が正面から対応しているのだ。


 別の意味で参加者たちが心配だが、『最凶災厄の存在に最も近いニンゲン』は手早くトラブルを解決してくれるだろう。


(チュウケンさんが対応しているのなら、あえて天誅を下す必要はない)

(えっ…………)


 すごく残念そうな気配が伝わってきた。

 天誅を下したくてウズウズしていたのが筒抜けだ。

 チュウケンさんが対応しなければならない状態に少しばかり興味を持った元帥閣下は、己の意識をメインホールへと向けた。




 元帥閣下は、メインホールシャンデリア中佐の視点に標準を合わせると、中佐が見ている光景を己の目で視て確認する。


 シャンデリアが設置されている天井から会場を見下ろす。

 天井から視る景色は、毎度のことながらなかなかに壮観だ。

 綺羅びやかな衣装に身を包み、仮面をつけた大勢のオークション参加者たちが集まっている。


 ガーゴイル(兄)大佐の報告どおり、満員御礼のようだ。

 会場内には多くのニンゲンがいたが、まだ着席していない者もちらほらと見える。

 そして、参加者席にはところどころ空席があった。その空席を取り囲むようにして争っている男たち。


 彼らは興奮し、大声で言い合っているが、まだ口論ですんでいる。

 殴り合いになって、他の参加者にまで危害が及ぶ状況であるなら、天誅も必要だろう。


 だが、その言い争いも、中堅オークショニアの『独特な仲裁』によって、ひとつ、ひとつ解決していた。


 中堅オークショニアことチュウケンさんが対応した参加者たちは、ひとこと、ふたこと会話をした後、顔面蒼白の状態で、崩れ落ちるように椅子に座ってく。

 チュウケンさんと対峙した全員が全員、ガクガクと痙攣するかのように震えていた。泡を吹いて、白目をむいている者もいる。


 あいかわらず、気に入らないコトに対しては情け容赦のないニンゲンだな……と、元帥閣下はその様子を見て、呆れ果てる。


 チュウケンさんに心を折られた参加者たちはピクピクと動いているので、心肺停止とはならなかったようだ。辛うじて生きている。

 生きいてはいるが、生きる希望を根こそぎもぎ取られていなければよいのだが……。と元帥閣下は思わず心配してしまった。


 チュウケンさんが不届き者に対してどういったことを囁いているのか……ザルダーズのセキュリティトップとして、とても気になる。


 なぜ、ポソポソと囁くだけで、ああも簡単にニンゲンの心がポッキリと折れてしまうのか……謎すぎる。


 だが、下手にチュウケンさんの声を聞いてしまうと、こちらもダメージを負ってしまいそうで恐ろしい。それくらい禍々しい気配がチュウケンさんからは漂っている。

 かかわりたくない相手だ。


 実際に現場を視るまでは、追い打ち天誅もありかな、と思っていたが、さすがに泡を吹いて、白目をむいているニンゲンに追い打ち天誅はやりすぎだ。


 自分たちはセキュリティ魔道具であって、鬼ではない。

 それに、メインホールシャンデリア中佐は好戦的だから、追い打ちなどさせたら、対象が確実に病院送りとなってしまう。

 いや、今の時点でも病院に行った方がよさそうな状態ではある。


 オークション参加者たちが体調不良を訴えて緊急搬送される……となれば、ザルダーズの口コミ評価にも影響することだ。


(ここはチュウケンさんに任せて、メインホールセキュリティは待機だ)

(イエッサー……)


 最後に「ちぇっ」とかいう舌打ちが聞こえたような気もしたが、元帥閣下は気づかなかったふりをする。


(元帥閣下! アンティークランプ大佐より報告)


〔おいおい! またか! 今度はなんだ!〕


 ……と思いながら、賓客用玄関ホールに飾られているアンティークランプ副将に返事をする。


 オークションは……まだ始まってもいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る