第8話 ラッカー・エアライン①

ブタリア王国行きの便を持つ航空会社は、それほど多くは無い。その中でもシチローは、航空運賃が最も安いと言う理由で、『ラッカー・エアライン』という航空会社の飛行機をチョイスした。


「『落下エアライン』って、なんか縁起悪くない?」

「ほら、そこ!日本語読みしない!落下じゃなくてラッカーだからっ!」


何しろ、一番安い航空会社である。誰がなんと言おうとも、シチローがこれ以外の飛行機に変更する事は考えられなかった。


初の海外での仕事に期待で胸を膨らませながら、空港の出国手続きの順番待ちをするチャリパイ(子豚はいないが)とイベリコ。


「あ~海外楽しみ。ビールこんなに持って来ちゃった」


巨大なバッグのファスナーを開いて、ギッシリと詰まった缶ビールを満面の笑みで見つめるひろきだったが、それを見たてぃーだが、ひと言。


「あら、ひろき。『液体』は飛行機の中持ち込み禁止って知らなかったの?」

「ええええ~~っ!!ティダそれホント~!!」

「本当よ。同時多発テロをきっかけに、飛行機のセキュリティーが厳しくなって……当時、結構話題になったから知ってると思ってたけど」


事務所から、何キロもある重いビールをわざわざ運んで持って来たひろきは、泣きそうな顔でガックリと肩を落としていた。


「いや~ひろき残念」


ちっとも残念そうには見えないシチローが、ひろきをからかうようにほくそ笑んだ。


「なんでよ~!シチローがこんな安い飛行機予約するからだよっ!」

「飛行機のせいにするなよ!どこの飛行機でもダメなもんはダメだっ!」

「いいもん!もったいないから、ここで飲んじゃうもん!」


そう言って、ひろきは持って来た缶ビールのプルタブを次々と開けていった。


プシュッ!プシュッ!

プシュッ!プシュッ!

プシュッ!プシュッ!


「はい!みんなも飲んで!これノルマね!」


ひろきは全員に缶ビールを5本ずつ渡すと、残り20本以上はありそうなビールを次々と飲み干していった。


「カンパ~イ」

「ぷはぁ~~ビールおかわりぃ~」


最初はひろきに言われて仕方なく飲んでいた他の三人も、次第酔いが回り上機嫌になっていく。


「ぷはぁ~~!」

「ぷはぁ~~!」

「ぷはぁ~~!」

「つまみとか無いの?」

「シチロー、イッキ~!」

「ニッポンのビールおいしいデス」

「ビールおかわりぃ~」



「こらぁお前らあ~~!こんな所で宴会なんてやってんじゃね~~よっ!!」


空港の係員がえらい剣幕ですっ飛んで来るのも、当然の事である……


あれから一時間程が経過し、無事出国手続きを済ませたシチロー達は、ブタリア王国行きの飛行機へと乗り込んでいた。


イベリコは、子豚のパスポートを使い、日本国籍の子豚としての搭乗。


これは、シチロー達が現地で子豚を救出し日本へ帰る時の辻褄を合わせる為の対策である。


「それにしても……この飛行機、ホントにボロいな……こんなのでちゃんと飛べるのか?」


席に付くなり、シチローは眉間にしわを寄せながら呟く。よく見れば、内装には当て継ぎが施されていて、壁には一部ベニア板を使っている所もある。客席に目を移せば、肘掛けが壊れているらしい席もいくつか見受けられた……いくら運賃が安いと言っても、これは酷過ぎる。


「シチロー!自分でこの飛行機選んだくせに、縁起でもない事言わないでよ!」

「そうだよ!乗務員さんが聞いてたら怒られるよ!」


シチローのデリカシーに欠ける言動を、てぃーだとひろきの二人が牽制する。これから飛行機で飛ぼうという時に、不安を煽る発言は厳禁である。


さて、話は変わるが…チャリパイの三人とイベリコが乗るこの『ラッカーエアライン』の飛行機には、CA(キャビン・アテンダント)として、チャリパイシリーズの読者諸君には懐かしいある女性が乗り込んでいた。


朝霧麗子あさぎりれいこ


この名前を覚えている読者諸君も、多いのではないかと思う。チャリパイスピンオフ作品~テロリスト羽毛田尊南~において、やぶ製薬の社長秘書として登場した彼女が、何故CAなどをやっているのか不思議に感じている読者も多いかもしれない。

【チャリパイスピンオフ~テロリスト羽毛田尊南~】

https://kakuyomu.jp/works/16818093074479496628


実は彼女、転職したのである。藪製薬に籍を置きながら、もう一方で密かに中途採用の試験を受けていたJALから内定の告知を貰った朝霧は


『社長秘書も良いけれど、華やかな国際線のCAなんていうのも、私の感性にぴったりの天職なんじゃないかしらん』


と、したためた辞表を藪製薬の社長に手渡すと、藪製薬をあっさりと退職。しかし、そのJALは経営不振の為あっけなく内定取り消しとなり……現在はかなり格下の零細航空会社『ラッカー・エアライン』のCAとして、この飛行機に搭乗しているのである。


「………そのうち堕ちるわね……このボロ飛行機……」


大手の航空会社JALの内定を取り消され、不本意ながらもこの会社での勤務になってしまった朝霧は、当然あまりやる気が無い。接客ぶりもおざなりで、その態度もかなり横柄であった。


「ほらっ、そこ!シートベルトして!だよ!」


相手が日本語の解らない外国人となれば、こんな具合である。


「アンタ、んだから、ちゃんとベルトしろって~の!」


藪製薬の社長秘書時代、社が手掛けていた“毛生え薬”の開発に失敗した時に、多くの薄毛の消費者達から猛烈な抗議の電話を受けた恨みもあって、特に“ハゲ”には容赦が無い。



♢♢♢



「は~い。CAさん、質問!」


まるで中学校のホームルームのようなノリで、手を挙げて質問するシチローに、朝霧が怪訝な表情で近づく。


「何です、質問って?」

「いや、大した事じゃないんですけど……この飛行機、どうして内装がこんな継ぎ剥ぎだらけなんです?」


シチローは、先ほどから気になっていた事柄を朝霧に訊いてみた。


「ああ~これ?別に大した事じゃ無いのよ。

前回のフライトで、ちょっとがいましてね」

「エアジャック・・・」

「大した事じゃないのか……それは……?」

「大丈夫、見たところ今日は居ないわよ…たぶん……」

「たぶん……?」


これから飛ぼうという飛行機の機内では、CAは不安を煽る言動は厳禁である……と、思うのだが……


格安航空会社『ラッカー・エアライン』のオンボロ飛行機は、乗る者に不安な気持ちを抱かせながらも、とりあえず離陸を始めた。


特に問題も無く飛び立ち機体が安定すると、CAの朝霧がにこやかな笑顔でマイクを握る。


『本日は、数ある航空会社の中よりこのラッカーエアライン羽田~ブタリア便にご搭乗戴き 誠に有難う御座います。まもなく機長より挨拶が御座います…』


「やれやれ、最初はどうなる事かと心配したけど、なんとか普通の旅客機っぽくなってきたな……」

「それはそうでしょ。これだって一応は旅客機なんだから」


少し安堵の表情を見せながら、苦笑いして顔を見合わせるシチローとてぃーだ。そこに、機長の挨拶のアナウンスが入る。


『ご搭乗の皆様、この度はラッカー・エアラインをご利用いただき誠に有り難う御座います。私がこの機の操縦を受け持ちます機長の『落田峰雄おちたみねお』で御座います!この先、機体は………………あっ!……………………」


「え……?」


「なんなんだっ!今の『あっ!!』ってのはあぁぁ~~~っ!」



















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