第5話 誘拐

再び、森永探偵事務所……


「さあ~、どっちがコブちゃんでしょう~」


気を取り直して、またいつもの明るさが戻ってきたチャリパイ主催のスキヤキパーティー。今、五人がやっているのは、子豚が持っている服にイベリコが着替え、子豚と二人横に並んで『どっちが子豚か?』を当てるゲームである。もちろん、ハズレたら『ビールイッキ飲み』の罰ゲーム付きだ。


「うわ。どっちがコブちゃんだか、マジでわかんないよ!」

「じゃあ~左のコブちゃん、好きな四文字熟語は?」

「こら、ひろき!それはルール違反だろっ!」

「じゃあ、アタシは右にするわ!」

「じゃあ~あたしも右♪」

「だったら、オイラは左!」


「はい、正解は右でした~。シチロー残念、イッキ飲みね」


先程から、こんな事を三回も繰り返していた。そしてまた、着替えの為に別室へと引っ込む子豚とイベリコ。


「ねぇ、イベリコ。今度は私がイベリコの服を着るわ。裏の裏をかくのよ」


何度やっても、必ず誰かが騙される事に快感をおぼえた子豚が、無邪気にそんな作戦をイベリコの耳元で囁いた。


子豚とイベリコが着替えの為に別室へと行っている間。何気なく窓の外に目をやったシチローが突然、素っ頓狂な声を上げた。


「あれ、何だあの連中は?」

「どうしたの?シチロー」

「ほら、外にいる連中だよ……なんか、こっちの様子をずっとうかがってるみたいだけど」


シチローに言われて窓の外を見ると、なるほど数人の男が事務所の敷地のすぐ外で、じっとこちらを見ている。


「誰だろ?…お客さん?」

「違うわね…何か嫌な予感がするわ……」


てぃーだが眉間にしわを寄せ、呟いたのには理由があった。

数人の男達は、全員が同じ服を着、同じ帽子を被っていた。すなわち、どこかの組織に所属している人間という事である。そして、全員が夜だというのに揃ってサングラスをしていたのだ。グループで夜にサングラスをして活動をする連中に、善良な市民のイメージなど湧くはずが無い。


暫くして着替えを終え戻って来た子豚とイベリコは、すぐにシチロー達の雰囲気の異変に気が付いた。



「あれ…どうしたの、みんな急に神妙な顔して?」

「いや……なんかね、外に変な奴らがいるんだよ……」


そのシチローの言葉を聞いた瞬間、イベリコの顔がわずかに強張った。


「まさか!」


ところが、慌てた様子でいち早くドアに向かって行ったのは、イベリコではなく子豚の方である。


「あれ、どこ行くのコブちゃん…いや、イベリコかな?」


相変わらずそっくりな二人の判別は、シチローにはつかなかったが、次の瞬間それは簡単に分かった。


ガチャッ!


「アンタ達!そんな所にいたって、わよっ!」

「どうやら、あっちがコブちゃんみたいね」


ドアを開けて、外に向かい大声を上げる子豚を眺め、腕組みをしたてぃーだが冷静に呟いた。


一方、子豚の姿を見た外に控えるの間では、こんな会話がなされていた。


「やはり、偵察隊の『イベリコ姫目撃情報』は本当だったようだな」

「よし姿!これから踏み込むぞ!」




♢♢♢





「大変だわっ!外の連中がこっちに向かって来たわよ!」


突然、事務所の方に向かって走り出して来た男達を見て、慌ててドアを閉めて大騒ぎをする子豚。


「一体、奴らは何者なんだ!何の目的で……」


全員サングラスの集団なんて、怪しい事この上ない。そんな連中が、この事務所に向かって来ていると知って、シチロー達の間にも緊迫した空気が張りつめた。


「きっと、のよっ!早くどこかに隠さないとっ!」

「そんな訳がね~だろっ!」


緊迫のベクトルがどこか違う子豚に向かって、すかさずシチロー、てぃーだ、ひろきのツッコミが飛ぶ。


と、その瞬間。


「きっと、ブタフィ将軍の親衛隊だわ!私を連れ去りに来たのよっ!」


今度は、青ざめた表情でイベリコが叫んだ。


「ブタフィ将軍って、さっきの話の……けど、その親衛隊がどうしてイベリコを連れ去りに?」


チャリパイの四人は、イベリコがブタリア王国の姫だという事実をまだ知らない。しかし、イベリコの表情を見れば、今の状況が彼女にとってかなり危機的なものである事は、容易に想像が出来た。まもなく、ブタリア軍のブタフィ親衛隊がチャリパイとイベリコのいるこの事務所へと踏み込んで来る。


「どうする?シチロー!」


窓のカーテンを閉めながら、てぃーだがシチローに指示を仰いだ。


「時間も無い事だし、ここは『フォーメーションA』で行こう!」


シチローが、そう叫んだ瞬間。てぃーだ、子豚、ひろきの三人は、頷いてそれぞれに散っていった。


「あの……フォーメーションAって?」


ひとり、呆気にとられた顔で尋ねるイベリコに、シチローが少し自慢げに答えた。


「今更紹介するのも何だけど、オイラ達四人は探偵事務所をやってるんだよ。だから、こういう危険な状況に際して予め対処法を決めてあるのさ」

「あたし達、チャーリーズエンゼルパイって言うんだよ。略してチャリパイ」


ひろきが、微笑みながら付け加える。


「チャリパイ……」


こんな状況下に笑顔で余裕さえ見せている四人を、イベリコは何とも不思議な気分で見つめていた。


ドカッ!!


親衛隊の先頭の男が、事務所のドアを勢いよく蹴り開けた!


「何で鍵掛けておかないのよっ!シチロー!」


時間稼ぎが出来ずに、最初の“仕掛け”をずいぶん急かされた子豚が、怒って口を尖らせる。


「だって、鍵掛けたらドア壊される。この間直したばかりだからね……」


そんな理由だったのか……


子豚担当の最初の仕掛けは、煙幕。煙幕って言っても、自衛隊や機動隊が使うような特別な物では無い。ゴキブリを退治するのに使う、アレである。あの缶を部屋に幾つも設置し、水を入れて回るのが子豚の担当であった。


「うわっ!何だこの煙は…毒ガスかもしれないぞ!気をつけろっ!」


慌てて袖で鼻と口を塞ぐ親衛隊の男達。確かに殺虫剤なので、あまり吸うと体には悪いかもしれない。部屋中に充満した煙のせいで、彼等には五十センチ先の様子も見えなかった。しかもサングラスなんて掛けているから、尚更である。


(もっと簡単に姫をさらうつもりが、油断した……クソッ!)


親衛隊のリーダー格の男が、悔しそうに舌打ちをする。まさか、イベリコと共にいたあの日本人達が、こんな物を仕掛けていたとは予想だにしなかった。


「早く姫を探せ!まだその辺に隠れている筈だ!」


充満する煙を掌で掻き分ける様にしながら、イベリコを探して事務所の中を歩き回る親衛隊の男達。しかし、チャリパイが仕掛けたトラップは、煙幕だけでは無かった。

床から十五センチの高さには、てぃーだとひろきが仕掛けた何本かの白いロープが張られていた。そのうちの一本に、親衛隊の一人の足が引っかかった!


「ン?」


次の瞬間。


ガラガラガラガラッ!


壁の前に、整然と積み重ねられていた段ボールの蓋が開き、横積みにされていた大量の缶ビールが、雪崩のように親衛隊めがけて押し寄せてきた!


「うわああ~っ!!」


ロープに足を引っ掛けた男は、崩れて山になった缶ビールの下敷きになり、他の者は床に転がった缶ビールにバランスを崩し、背中を派手に床に打ちつけていた。




















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