第2話「特訓」

「テム……うん、大丈夫」

 シュカは自分に言い聞かせるように覚悟を決めた。


 すると付近の木々に群がっていた鳥たちが、一斉に空へと羽ばたく。本能的な恐怖や危機を感じたのか、逃げるように飛び上がった鳥の群れは少し離れた大木に止まり、そこから二人の少年が何をするか見届けようとしているのかじっとしている。


「『風纏う』」


 シュカが声を上げると同時に、右手に持っている剣の周りに風が漂い始めた。


 深呼吸しながらその剣を構えたシュカは、テム目掛けて飛んだ。その勢いは突進するフェルスス(猪に似た獣)よりも速く、狙い定めた目標に向かって直進する。


 碧空の民は風の精霊に愛され、そのおかげで風を操る技術に長けていた。シュカが見せたように、武器に風を纏わせたり、身体補助のために使ったり、人によって様々な使い方をする。


 それぞれの属性を司る精霊の力を扱うその技術は霊術と呼ばれた。人によっては得手不得手があり、できることに多少の違いはあるが、戦闘だけでなく日常においても重宝され、生活から切り離すことができない技術でもある。


 シュカの視線の先、目標であるテムはその手に持っている剣を下げたまま、構えてすらいなかった。それだけテムに余裕があることをシュカもわかっている。

 

 身動きせず突っ立っているテムに構わず、一気に距離を近付けていく。


 それでもまだじっと俯く彼の落ち着き様は、迫り来る相手の存在に気付いていないのではないかと思わせるほどだった。


 あと少し、もう一度翼を羽ばたけば、テムを斬りつけることができそうな距離までシュカが迫った時、ようやくテムが顔を上げる。


 微かにのぞかせたその顔は、少しがっかりしているように見えた。


「『風よ、集え』」


 言葉を紡いだテムの周りに風が集まり始める。


 シュカの剣が帯びていたはずの風も、みるみるうちにテムのもとへ吸い寄せられていく。


 それは相手が発生させた風すらも自身のものにしてしまうテム独自の技だ。理屈を教えてもらったことはあったが、シュカには真似できずに落ち込んだ記憶がある。


 発生させた風を奪われて推進力を失ったシュカの剣は、テムが振り上げた剣によって簡単に動きを止められてしまった。お互いの剣がぶつかっている状況でも、テムにはまだまだ余裕が感じられる。


 単純な力勝負で歯が立たないことはわかりきっていた。

 このまま戦っていても、シュカに勝ち目は無い。


 体力勝負で疲労させることができれば、いつかチャンスが生まれる可能性もあるかもしれないが。


 シュカが考えを巡らせていた時、テムが口を開く。


「お前の力は、そんなもんじゃないだろ?」


 問い掛けるテムの表情は真剣そのもので、その手に力を込めるとシュカの剣はあっさりと弾き返されてしまう。膂力の差をまざまざと見せつけるかのように。


 剣を弾かれたシュカはたまらず後ろに下がり、なんとか態勢を立て直す。


「僕は……」


 一撃目も本気を出して放ったつもりだった。親友のテムが相手であろうと、手加減は一切無い本気の一閃。しかし、いとも容易く防がれてしまったのだ。大きな実力差があることは誰が見ても明らかだった。


 一方のテムは余裕の態度を変えない。さらに、その顔は苛立ち始めているようにも見える。


 剣を持つシュカの右手には弾かれた衝撃による痺れが残った。

 気を抜けば、すぐにでも剣を手放してしまいそうだ。


 それでも、まだ自分の手に剣があることを確かめると、もう一度テムに立ち向かって行く。


「まだ、戦える! テムとの特訓を思い出すんだっ!」


 シュカには長年の悩みがあり、自分の力に自信を持つことができなかった。だからこそ、テムとの特訓を続けてきたのだ。


 力があることをテムに指摘されたことはあったが、シュカにはその引き出し方がわからなかった。上手く自分の力を発揮できないことに歯痒さを感じ、さらに自信を喪失する。


 学び舎に通っていた頃、テムが優等生として選ばれ続けた。


 その座は卒業する時まで変わることはなく、ずば抜けた戦闘センスを持ちながら、努力の鬼でもあったテムが頂点を守り続けた。


 一方のシュカは、その座を争うことすらできなかった。


 むしろ、落ちこぼれだと評価され、実力を発揮できずに普段は温厚なテムを怒らせてしまうこともあった。


 でも、シュカは決して諦めなかった。

 ここで諦めてしまっては、いつかゲオルキアに行くこともできなくなってしまう。

 それだけは譲れなかった。

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