第9話 若葉の部屋にて


「おはようございます。若葉さん」


 命を狙われ、監視もある中、寝られるはずもなく──ということもなく、若葉は熟睡の末、朝日と肉の焼かれた匂い共に目覚めた。


「んあ?おはようございます」


「本日は若葉さんのお好きな、牛丼大盛りに致しました」

「へえぇ、いい匂いですね。いただきます〜」


 両手を合わせ、一口目を食べようとしたところで「待てぇえええいっ!」と元気よく箸を牛丼の上に突き刺した。


「若葉さん。行儀が悪いですよ」

「朝からこんな油っこいもの食べれるわけないでしょうが!いや、そうじゃなくて!」

「やはり、定番の味噌汁と鯖の塩焼きが良かったでしょうか?」

「うん。やっぱり豆腐とわかめの味噌汁が──って、朝食の内容じゃありません」


 若葉はびしっ!と、とぼけた顔を浮かべる女を指差して叫ぶ。


「な、ななななんですか、あなたは!?」

「兵頭です」

「名前を聞いてるんじゃありません!まさか不審者ですか!?」

「いやいや若葉さん、昨日のこと忘れたんですか?」

「昨日……?護衛がつくとかなんとかの」

「説明したじゃないですか。私たちネクサクオンタム救出課は二十四時間体制で、あなたの護衛を行うと」

「すると、あなたはその中の──」

「えぇ、兵頭とお呼びください」

「でも、どうやって中に入ったんですか?昨日、戸締りはやったはずなのに」


 緊張のあまり、昨日はアリ一匹入れないほど丁重に行ったはずなのに。そもそも出入り口はオートロックつきのマンションだというのに。


「戸締り?そんなものはありませんでしたよ」

「へ?嘘です。しっかりと何度も鍵がかかっているか確認しましたもん」

「鍵?まさか、あんなもので戸締りのつもりですか?」


 兵頭は指先からハリガネを取り出してみせる。

 そのハリガネは、ぐにゃぐにゃに曲がっていた。

 はじめは意味が分からなかったが、若葉は「まさか」と目を剥き、


「ピ、ピッキング!?」

「若葉さん。防犯意識が弱すぎますよ。こんなことでは、神龍の奴らに瞬殺されますよ」

「は、犯罪ですっ!ふほーしんにゅーです!」


 半ばパニックを起こす若葉に「落ち着いてください」と諭す。


「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょう。むしろ、ご安心いただきたいくらいです」


 唯一の救いは、兵頭が女性だったことだろう。もしこれが、小汚いおっさんだったら狂乱して家中のブレーカーを落とし、マンション中の警報を鳴らしているところだった。


「私が来たことで、若葉さんの安全は保証されたも同然」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ、私はネクサクオンタムの救出課で最も優秀ですから」


 胸元に手を添え、誇り高そうに鼻を鳴らす。


「は、はあ」


 ちらりとテーブルを見る。まだ仄かに湯気の立つ牛丼。朝からこんなものを出してくる女が、果たして優秀なのだろうか。


「若葉さん、朝こそガッツリ食べないと、元気が出ませんよ!はい、あーん」


 箸で一口分の牛丼をつまみ上げると、若葉の眼前に突き出した。先が思いやられる気持ちになりながら、おずおずと口を開いた。

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