第21話 一.五メートルの殺意
俺は武装制御AIをオートモードに切り替え、超巨大ビーム砲アイゼンハーケン発射準備を指示した。
メインスクリーンに武装制御AIが描き出したエネルギー流路が表示される。
戦艦ジャガーノートが牽引する輸送船から、大量のエネルギーが超巨大ビーム砲アイゼンハーケンに流入する。
「アイゼンハーケンの偽装開きます!」
「開け!」
副長が呼唱し、俺が命令する。
副長がコンソールパネルを操作すると、戦艦ジャガーノートの甲板に設置された金属のドームがゆっくりと開いた。
戦艦ジャガーノートの甲板に設置された超巨大ビーム砲アイゼンハーケンが姿を現す。
耐熱コーティングを施され鈍く光る長大な砲身。
ウネウネと邪悪な蛇が絡みつくように繋がれたエネルギーチューブ。
「「「「おお……」」」」
艦橋にどよめきが起る。
「アイゼンハーケン! エネルギー充填五十パーセント!」
「甲板付近の船員は退避。甲板付近の居住ブロックは閉鎖。退避急げ!」
副長がアイゼンハーケンの状態に目を光らせ、俺は艦内各所に指示を飛ばす。
観測員が敵の状況を知らせる。
「敵は戦艦エルドネスを先頭に紡錘陣形で突っ込んできます! 三十秒でアイゼンハーケンの射程に入ります!」
「エネルギー充填八十パーセント!」
俺は艦長席のコンソールパネルを操作する。
「武装制御AIと姿勢制御AIを連動! アイゼンハーケンの目標! 敵戦艦エルドネス!」
武装制御AIから指示を受けた姿勢制御AIがスラスターを調整して、敵戦艦エルドネスに照準をつける。
メインスクリーンに『照準OK! ロックを解除せよ!』と武装AIからのメッセージが表示された。
俺はコンソールパネルを操作する。
「アイゼンハーケン! ロック解除!」
「エネルギー充填九十五パーセント。間もなく発射可能。ぼっちゃん……大丈夫ですかね?」
副長が心配してコソッと聞いてきた。
本当にこのアイゼンハーケンが撃てるのか?
「大丈夫……だと思う……」
アイゼンハーケンの試射は、時間がなくて出来なかった。
だが、クルップ工廠のクルップの親父さんは、腕が良かった。
戦艦ジャガーノートやエネルギー供給役の輸送船の整備を見たが、仕事はしっかりやっていた。
もし、アイゼンハーケンが撃てなければ、戦艦ジャガーノートは百隻の敵艦の的になる。
俺たちは蜂の巣にされて、あの世へゴーだ。
俺はジッとメインスクリーンを見た。
あと少しでアイゼンハーケンのエネルギーが満タンになる。
アイゼンハーケンを撃てば……殺戮だ。
(人を殺す理由って何だろう?)
俺はメインスクリーンに映る敵戦艦エルドネスを見ながら、そんなことを考えていた。
ローエングリン侯爵の大義――名門貴族の支配を打ち破る。
ああ、わかる。
ジャガー男爵領補給船団のため――船と船員を守る。
ああ、わかる。
自分の身を守るため――戦争だから。殺さなければ、殺される。
ああ、わかる。
だが、アイゼンハーケンの引き金を引くには、理由が足りない。
別に正当な理由があるかなんて、どうでもいい。
ただ、怖いのだ。
俺がコンソールを操作するだけで、アイゼンハーケンは撃てる。
戦艦エルドネスと周囲の百隻は、船員もろとも消し飛ぶ。
大量の人を殺すための強い意志が欲しい。
憎いから殺す。
愛しているから殺す。
邪魔だから殺す。
人が持つ殺意は、非常にパーソナルなモノだ。
自分の周囲一.五メートル。
両手が届く範囲が殺意だろう。
頭では、『戦争だから』、『ローエングリン侯爵の大義を達成するためだから』、『ジャガー男爵領補給船団を守るためだから』とわかっていても手が震える。
一.五メートルの殺意が欲しい。
敵を憎みたい。
「バター・ピーナッツだな……」
俺はボソリとつぶやく。
うん、そうだ。
俺がアイゼンハーケンを撃つ理由は、バター・ピーナッツだ。
バター・ピーナッツは、士官学校時代からネチネチと俺をいじめた。
常に上から目線で、俺を見下し続けた。
そして、バター・ピーナッツは死ぬ。
見下していた俺に撃たれて、大銀河のお星様になるのだ。
殺す理由としては十分だ。
なんだか晴れやかな気持ちになってきたぞ!
副長と観測員が叫ぶ。
「アイゼンハーケン! エネルギー充填百パーセント! 発射可能です!」
「敵船団がアイゼンハーケンの射程距離に入りました!」
俺は静かにうなずくとコンソールパネルに手を伸ばした。
「アイゼンハーケン! 発射!」
◆―― 作者より ――◆
ここは悩みました。
お気に召さなかったら、ごめんなさい。
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