第8話 狐男との出会い

 馬車で城壁都市ウォールの城門を越える。門番はいるものの、余程怪しいものでない限りは止められない。

「わぁー!」

 馬車から降りて、私は感嘆の声を漏らす。

 城壁都市ウォール。私はゲーム内での1カットと、設定資料集のにあった上空から見たカットしかしらなかった。実物は、まるでヨーロッパみたい(行ったことないんだけど)。目の前にはレンガ作りの建物が並ぶ街並みが広がっている。大通りは馬車が行き交っているし、その脇は店と人で溢れている。

「では行きましょう」

 とアイナが言う。

 馬車はそれ専用の駐車場に止め、ブラッドレイン家の御者をそこで待たせる。車の駐車場みたいにシステマチックだ。

 私達は歩きながら話す。

「お店の前まで直接行けないのね」

「特別な理由がなければ、中心部の公道は市内の馬車業者しか走れないことになっています」

 今大通りを走っているのはタクシーみたいなものかと納得する。都市経済、交通網としても合理的だ。

「そう遠くはないので大丈夫です。あの、それでですね、これまではして来なかったことなのですが、利便性・安全性の観点から是非実施したほうがいいことがあるのですが…」

「何? かしこまっちゃって」

「人波ではぐれてしまうのを防ぐため、お手を繋いだ方がよいと思われます」

 それを聞いて私は笑った。手を繋ぐだけなのに妙な理屈付けするところが面白かった。

「うん、手を繋ごっか」

 私はアイナの手を取った。アイナの手は小さく温かかった。アイナとは20cmくらいの身長差があり、傍から見たら保護者と子供ーーは言い過ぎか。姉と妹という感じかも。と、ちょっぴり嬉しくなったけど、冷静になって考えてみると髪色やら顔立ちやらが全然似てないので姉妹には見えない。悲しい。

 大通りには幌の下で営業する饅頭屋や果物屋、焼き鳥屋(残念ながら何らかの小鳥の姿焼き)、ちょっと怪しいアクセサリーを売る露店などがあった。とにかく色々あったので割愛。途中、アイナと買い食いもした。壁まんじゅうというものを食べてみたけど、形が面白かっただけで味はいまいちだった。一番、私の興味を引いたのはその怪しい露店のアクセサリー屋。

「これ、可愛いかも」

 私が何かの模した人形のついた耳飾りに手を伸ばそうとしたところで、

「ロザリア様!」

 と焦ったアイナに手を遮られた。そのアイナの様子を見て、私は彼女に従うことにした。

 少し離れてから、

「あの手のものは呪物の可能性もなきにしもあらずなのです。そんな事件が一年に何度か起きてます。買うのであれば店舗を借りているちゃんとしたお店で買いましょう」

「そうだったんだ、ありがとう。アイナには助けられてばかりね」

 私はアイナの頭を撫でながら言った。アイナもまんざらではなさそうだ。

 ゲームでもあったっけ、呪いのアイテムに取り憑かれて精神がヤバめになっている先輩を助けるクエスト。期限内にダンジョンへ行ってクエストアイテムを取ってきて呪いを解く。クエストなので必須というわけではなく、期限内に達成しなければいつの間にかその先輩は消えて、後続のクエストも発生しなくなる。ゲーム内では語られなかったが、死んだのだろうか……。

「近道なのでここを曲がりましょう」

 大通りを抜けて薄暗い路地に入った。そんなに狭いわけでなく、住人達の生活道という感じなので治安の問題はなさそうだ。明らかに悪そうな奴らがたむろしている、ということはない。何か店があるわけでもない。

「何度も通ったことがあるので大丈夫ですよ」

 不安そうにきょろきょろ見渡していたことがバレたのか、アイナは私を安心させるためにそう言った。

 歩いていると、人影。こんな路地にテーブルと椅子を用意し、座っている。立て看板には『占い』と書いてある。

「おじょーちゃん、おじょーちゃん」

 その人影が立ち上がり、私達に向かって声をかけてくる。金髪、狐耳で目の細い長身の若い男。狐耳? 砂漠の民のような民族衣装をまとっているが、それは確か獣人の国の伝統衣装であることを思い出した。国と言っても、バレス国内の自治領的な扱いだったように記憶しているけれども。

 ゲーム内にも占い師は出てきて、主人公が次にどこへ行くべきかを示してくれる。しかし、獣人ではなく、どの街でも老婆のグラフィックを使い回されていた。

「無視ですよ、無視」

 そう言ってアイナは歩みを早める。

「おチビさんやなくて、そっちの赤髪のべっぴんさんの方や。ちょっと話したいんやけど」

 新手のナンパだろうか。そうだとしたら悪手だろう。愛の囁きもなしに、引き止められるわけがない。

 すごく関西弁に聞こえるけれど、私に入ってくる情報がそうなっているだけで本当は何かしらの方言なのかもしれない。街で見た文字や、さっきの立て看板の『占い』が日本語に見えてるけどそうであるわけがないし。まあ、ゲームの世界だからと言ってしまえば終わりだけど。

 私達がその狐男の隣を通り過ぎようとした時、アイナに引っ張られるようにして歩く私にだけ聞こえるような大きさで呟いた。 

「魂がこじれておかしゅうなっとるで」

 私は立ち止まり、狐男の方を向いて言った。

「あなた、何者?」

 愛の囁きではなかったが、確かにそれは私の足を止めるには十分だった。

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