10.二発の銃声で変貌する世界

 ほどなくして、通りかかった橋のところで、ケンジは疲れて歩き始めた。近くのカフェはオープンテラスで、黒い服を着た青年が新聞を読んでいた。ひょっとして、ここは、銃撃場所なんじゃないのか?

 ケンジと青年の方を見ると、青年はゆっくりと新聞を下におろした。そこで、ケンジと青年の目があった。青年は、皇太子夫妻を暗殺したガブリオ・プリンツィプそのものであったのだ。

 相手はこれから皇位継承者に向かって銃撃する暗殺者。武器を所持しているはず。一方でケンジは丸腰だ。リラックスしてコーヒーを飲むガブリオに対して、ケンジの額には汗が流れ、足は硬直し、動けない。

 そのときであった。一つ向こうの橋の上で二発の銃声がした。ガブリオは銃声を確認すると急いでコーヒーを飲み切り、一目散にどこかへ走り去っていった。

 橋の上は騒ぎとなっていて、警官が集まっていた。ケンジがその様子を眺めていると、警察の何人かがこちらに向かってきた。皇太子夫妻の暗殺事件近くを徘徊するアジア人など明らかに不審者である。

 警官が何かを叫んでいる。言葉の中身はわからないが、何かの警告だ。ケンジが何歩か下がると、警察の一人が威嚇の発砲を行った。ケンジは、全力でその場から逃げ出した。

 事件を防ぐどころではなかっただけでなく、セルビア警察に追われることとなった。考えが浅はかだった。丸腰では何も起こせなかったのだ。まずは元いた列車のところに戻ろう。列車の乗務員、乗客、そして、ベータがケンジの身元を説明してくれるだろう。しかし、列車までの道がわからない。

 周囲が赤褐色の空気でこもりはじめた。これが、毒ガスなのか?苦しい。息ができない。列車に戻らなければ、しかし、列車の場所もわからない。

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