ACT 2

「ねぇ、とうさん」


 岩場に座って海を見ていたリューの声に、セイは思考を中断した。


「ねぇ、とうさん」


 再びリューが声を発した。


 だがそれはいつもの独り言だと、セイは知っていた。


「とうさん。波が寄せては返し、寄せては返し、飽きることなく続けてるの」


 夢の中で呟くような声だった。それはモノローグのような響きを持っていた。


「そろそろ満潮になる。そんなところにいたら、幽霊セレステに引きずり込まれるよ」


 けれどセイの言葉は完全に無視され、潮騒の中に消えてしまった。


「寄せては返し、寄せては返す。ねぇ、とうさん。海はこの営みをいつから始めたんだろう? そして、いつまで続くんだろう? 一度として休むことなくずっと繰り返してるのよね。何億回? 何兆回? 数えきれないほどの数の波を、飽きることなく海岸へと打ちつけてるのよね」


 リューは頬杖をついて、再び呟いた。


「これからもずっと寄せては返し、くことなく続けるんだわ」


「ああ、そうだな」


 セイはここから早々と引き上げようと、リューを促すように呟いた。


「でも、とうさん。最後の波は、必ず来るのよね」


 リューは、沖のほうに生まれた小さな波を指さした。


「あの波が最後かもしれない。そう思って目で追ってると、その波はだんだんと大きくうねりながら浜辺に近づいてくるわ。でもその波のすぐ後ろには、もう新しい、次の波が生まれてるの。その波も浜に向かって寄せてきて、白い泡を立てて砂浜へと消えてくのよ。その繰り返し……」


 リューは大きく肩で息を吸うと、吐き出すため息と一緒に再び呟いた。


「いつまで待っても、最後の波は来ないのよ」 


 リューはすべての息を吐きだしたまま頬杖をついて、そのままぼんやりと海を眺めていた。


(なぜだろう?)


 セイは何度となくいた疑問を、再びいだきながら、リューを見つめた。


(なぜだろう? この子は何度注意しても、海から離れない。俺たちには触れることもできない海だというのに。けれどこの子を、我々と同じだと考えてはいけないのかもしれない。俺がリューを拾ったのは『ここ』だったんだから……)


 セイはリューに背を向け歩き出した。


 彼女を海から引き離す方法は、これが一番だった。


「リュー。本当にもう帰るよ」


「はぁい」


 リューは岩の上で勢いよく立ち上がると、舞うように飛び降りてセイの後を追ってきた。

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