第2話

小山 愛


コヤマ アイ



なんてことない平凡な名前だ。名前だけじゃない。全てが平凡な女子高生だと思う。


喧嘩がめっぽう強いヤンキーなんて呼ばれること以外は。



アイは真夜中に月詠池(つくよみのいけ)に呼び出された。


近所の立ち入り禁止区域にある森の中に月詠池はひっそりと佇んでいる。



この池は異常に深い、らしい。


溺死したとか、落ちて行方不明になったとか、危険だという評判が絶えず、管理している市が立ち入り禁止区域に指定した。



昼間でも人がほとんど立ち入らない池の周辺は真夜中になると恐ろしいくらいの暗闇と静寂に包まれる。


街灯もない真っ暗な森だ。


不思議と動物や虫の音もしない空間に足を踏み入れたアイの草を踏む足音だけが響く。



ちょうど満月だ。



鬱蒼と茂る森を抜けて池に辿り着くと驚くほど空が明るかった。


真っ白な満月が池にくっきりと映る。


(こんな風に月が水面に映るなんて)


ここに来た目的も忘れてアイはその非現実的な美しい光景に思わず見惚れた。



その時、カッと強い懐中電灯の光が彼女を照らした。


「来たな!小山!今日こそあんたを殺してやるよ!」


そう叫んだのはこの辺りでイキッてるレディースの暴走族の親玉だ。しかも、同じ高校の上級生という不運な巡り合わせがあった。


その背後には四~五人のガタイのいい男たちがついている。



(一対一の女の決闘だ、なんて言っておいて。あ~あ、ホントくだらねー・・・)



アイは自分がヤンキーだとは思わない。毎日真面目にバイト三昧だし、悪いことなんてしたことがない。基本、誰ともつるまない一匹狼だ。



このうるさい女の彼氏がアイのことを可愛いとかなんとか言ったっていう・・・。


ただそれだけのこと。


実にくだらない理由で因縁をつけられ、アイは何度も喧嘩を売られた。


その度にアイが勝ち、相手の女はますますアイへの敵意を増幅させていったらしい。



その挙句、真夜中にこんなところに呼び出されてボコボコにされるのか。


(さすがに敵の人数が多すぎる・・・逃げるにしても追いつかれてしまう)


このままだと本当に殺されるかもしれないとアイの背中にツーっと冷や汗が伝った。



「はっ!怖くて声も出せねーってか?あたしを舐める奴がどういう目に遭うか覚えておけよっ!くそビッチ!」



アイは戦う覚悟を決めた。



しかし、多勢に無勢。相手になるはずもない。散々に痛めつけられた。



(このままだと本当に死ぬ・・・かも)


意識が朦朧としかけた時、ピーッピーッと鳴らす警笛の音が聞こえた。


「何をやってるんだ!!!」


警察が来たらしい。


「ヤバい!逃げるよ!」


焦ったような女の声がして、アイの胸倉を掴んでいた男がパッと手を離した。


その瞬間に弾みでよろめいたアイの身体が池の中に落ちて、ドボンッという大きな水音がした。


「まずい!」

「おい!どうする?!」

「早く逃げろ!」


奴らが混乱している間に笛の音がどんどん近くなる。


***


彼らは全員傷害罪で逮捕された。



被害者の小山愛は警察官に池から助け出され、救急車で病院に運ばれた。


何とか一命は取り留めたものの、意識不明の状態が続いている。

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