第38話 予定していた仕事が消えた。

 朝の体育祭の練習は正直参った。

 寝惚けた振りしてお風呂上がりの勢いで、素肌越しにシャツを着てスパッツを穿いて、エントランスで待つあき君の元に向かったのだけど、まさかあおいちゃんからガッシリ揉まれてしまうなんて。

 その所為でスイッチが入ってしまいコンビニに立ち寄って下着を穿く段になって恥ずかしくなった。


(まさか、間に合わなかったなんて)


 その時の判断では大丈夫って思ったのだけど油断したよ。

 一応、拭ったうえで穿き直したのだけど、


(そうは問屋が卸さないよね・・・)


 二人三脚の練習であき君の身体に密着した瞬間にドキドキが止まらなかった。

 流石に止まったら死んでしまうので落ち着いてって思ったよ。

 私の揺れる胸に当たるガッシリとした胸筋。安定性のある体幹と腰周り。

 細身なのに鍛え抜かれた肩と腕。隣から発する好みの匂い。

 そのどれもが私の肌と脳髄にとんでもない刺激を与えたのだ。

 お陰で帰宅後にお風呂に入ろうとすると切ない気持ちが再燃した。

 買って貰った下着も酷い有様だったけど。


(あんなのどうやって耐えたらいいの?)


 一応、あき君達に気づかれないよう猫の皮を何重にも被って表情を取り繕ったけど、ドキドキと下半身の興奮で正直キツかった。それもあって朝食に遅れない程度にお風呂で慰めた。シクシク。

 多少なりにあき君とのスキンシップはしているが、あくまで制服越しだ。私服でもそれなりに分厚い生地越しに触れ合っているので、今日のような薄い生地越しは大冒険したようなものだった。

 それもあって次はキッチリ着込んで行くと決意した。


(とはいえこのままというのもヘタレているよね)


 いつかは次のステップに進まねばならず、恐ろしい反面さらに上の段階に進みたいのは確かだった。

 遠恋で離れていた期間が長く、その年数を埋めるためにはスキンシップも必要で、


あおいちゃんも経験者だよね。会長と瑠璃るりもそうだけど相談し易いのは彼女かな?)


 ムッツリだから何の相談だと怒られるかもしれないけど、明け透け勢に聞くよりも私の気持ちを理解してくれるような気がした。あおいちゃんも遠恋の末に大好きな彼と結ばれたのだ・・・私よりも早く。


あき君は入学時点で多数の謀略に嵌められていた後だから私との関係を一時喪失していたしね)


 今の関係を取り戻すのに一年を要したのは正直辛かった。

 そういう意味では管理人さんにグッジョブと言いたくなる。

 引き合わせてくれて関係を明かして問題解決に尽力してくれて。

 暗躍していた吐き気のする変態の行動を明るみにしてくれたから。

 お陰で私の気持ちが本物であるとあき君に伝わった。


あき君もビデオレターの件が勘違いであると認識してくれた)


 その一件を除外すると私とあおいちゃんの関係性は似ている気がする。


(相談するならあおいちゃん一択かな? 瑠璃るりは攻めろと言うだけだし)


 会長もあまり語りたがらないし。経験こそあるのだけど大っぴらにしないでと言いそうだ。

 私がそう似ていると思った矢先、


「私、とっても嬉しいです!」


 嬉しい結果があおいちゃんの元に届いたらしい。


「それは良かった」

「これで私達の仲間入りだね」

「はい!」


 あおいちゃんの彼氏こと尼河にかわあかり君。

 理系クラスのE組に所属するバスケ部員。あき君の親友でもある。

 友達と思ったけど距離感がバグっているから親友が正しいだろう。

 それこそ瑠璃るりの彼氏と同じような距離感を持つ。

 学校では極力距離を置いているが普段から冗談を言い合う仲らしい。

 本日は生徒会役員の恒例行事があるので私達は揃って学校に登校した。

 その道中はあおいちゃんとあかり君の関係をどうするか話し合った。


「表立って言うと玉の輿とか言うバカが現れるから交際だけでいいだろ」

「そうだね。あき君とは根底からして違うしね」

「根底っていうか俺も最近知ったけどな」


 あおいちゃんの家はあき君の家と同じく一般庶民だ。

 あき君は裏に優木ゆうき家が存在するから一般庶民とは少々言い難いが、あおいちゃんの家は正真正銘の一般庶民だった。どうも、以前住んでいた家の隣が尼河にかわ家で両者の御両親が大学時代のサークル仲間だったそうだ。その繋がりが二人の婚約に至った背景にあるという。

 私の両親とあき君の両親は高校時代からの大親友なのでその点も似ているだろう。

 そんな背景は当人同士しか知らず横恋慕ならぬ間男間女が必ず存在しているのだ。


「それでも騒ぐ子は居るからね」

「居ますね。E組の委員長とか」


 いや、良く知っている人物が騒ぐと聞いて頭痛がしたよ。


「あの子かぁ」

さきは知ってるのか?」

「委員会で何度も喧嘩したかな?」


 何度も何度も喧嘩した。あれはあちらから嚙みついてきただけなんだけどね。

 売り言葉に買い言葉。腹が立った私は名前から連想出来た渾名を口走った。


「そうかぁ。雨乞あまごいが騒ぐのかぁ」

「「あ、雨乞あまごい?」」


 正式名称というより本名は雨音あまねこい

 酷い渾名を勢いで付けてしまったと後悔したが、遅かった。


「誰が雨乞あまごいよ! 誰が!!」


 発した瞬間に沸騰した薬缶の如く背後から駆けてきた。

 駆けてから私達の真横を素通りして校門に入っていった。

 耳だけが無駄にいいから迂闊に言えないんだよね。


「あー、あれが雨乞あまごいか」

雨音あまねさんの事でしたか?」

「私の天敵で勘違いしている頭の可哀想な女子ね」

「「勘違い?」」


 勘違いだね。あおいちゃんとあき君には悪いけど、勘違いされているのだ。


「試験前だったかな? あかり君があき君を探しに来た事があってさ」

「試験前? ああ、市河いちかわさんと会長に呼ばれた時の話か?」

「多分、その時の話だと思う。私も何処に居るのか知らなかったから一緒に探したのね」

「確か、会長から事務局に来るよう言われた時ですね。請求書の件で緊急でしたから」

「俺も伝え忘れていたんだよな。さきも友達と教室外に出ていたし」

「校内で迂闊にスマホも取り出せないしね。場所によっては没収だったし」


 それもあって彼と一緒に探し回ったのだ、校内の各所を巡って。


「その時にね。委員会の会議から天敵になった雨乞あまごいが絡んできてさ。学食で」

「あ、あー。それは災難だったな? 職員棟に行けば会えたのに」

「本当にそう思うよ。一緒になって探しているだけなのに、逢い引きしているって言われて」

「なんていうか、頭が可哀想ですね?」

「男子と一緒に居るからってそうなる認識がおかしいよ」


 これもあき君との関係が表沙汰になっていなかった事が要因なんだけど。


「クラスの男子と仲が良いのに今度は他の男子と密会なのって言ってきたんだよ?」

「「イラッ」」


 私を間女か何かと勘違いしてね。


「それを聞いたあかり君は頬が引き攣っていたよね。滅多に女の子に毒を吐く事がない彼でも、その時ばかりは毒を吐いたよね。雨乞あまごいに向かって小声で『死ね』って」

「言いそうだわ。めっちゃ言いそう」

「私でも言ってしまいますね」


 毒舌同士の口喧嘩は少々恐い事になりそうだけど。


「ま、雨乞あまごいには聞かれていなかったけどね。学食の喧噪の方が酷いから」

「なるほど。隣に居たから聞こえた毒舌か」

「小声だったのは部員達を思っての事でしょうね。辞められると困るから」

「だと思うよ。あんなのでもバスケ部のマネージャーだからね」

「ああ、それで朝早くから通学していたと」

「部員が登校する前から準備しているようですね」

「甲斐甲斐しい性格でもあるから、その点は好ましいけどね」

「彼女は少々、融通が利きませんもんね」

「少々っていうか、かなり?」


 一度決めた事は何としてもやり遂げる的な柔軟性の欠ける人物だ。


「成績的には応用が利かず、少し順位を落としているよね」

「そうですね。学年末では五位に居たのに」

「中間では三十位。落ちるところまで落ちたよね」


 このまま下がり続けたらマネージャーどころではないよね。


「ん? 所属はE組だったか?」

「「そうだ(です)よ?」」

「理系クラスで応用が下手って、地獄じゃねーか?」

「多分、今後下がっていくと思うよ。百八十四位にまで落ちたら」

「他の科目で挽回しないといけませんね」


 そうなるとマネージャー職も辞めざるを得ないだろう。

 赤点を一つでも取ると部活動が制限されてしまうから。


「最悪、単位を落として留年か」

「それもありましたね」 

「ま、他人の事はここまでとして、生徒会のお仕事頑張りますか」

「そうだな」

「ですね」


 会話の中心が雨乞あまごいの件になってしまったが、私達はこれから生徒会の仕事をしないといけないのだ。それは挨拶運動という名のお仕事だった。私は振り返りつつ校門を通り抜けようとした。

 すると、


「うげっ」


 雨合羽を着た複数の男性達が校門脇に座って眠っていた事に気がついた。


「出た、隠れ報道陣」

「まだ居たんですか」

「徹夜で張り込み、ご苦労様だな」

「早朝の生徒に突撃取材を敢行かぁ」

「迷惑極まりないですね。そのまま朽ちればいいのに」


 それはそれで事件性が高くなるから勘弁だけど。


「これってやっぱり」

「ああ、昨晩判明した件の取材だろうな」

「これが居るとなると中止ですかね?」

「邪魔してくる可能性はある。大人として見本に出来ない行動と言動を繰り出してな」

「こういうの迷惑防止条例で潰せないかな?」

「無理だな。報道の自由、言論の自由を平然と笠に着て野次馬根性で蠢くから」

「この人達に効く薬とかないの?」

「スポンサー契約の打ち切りだろうな。制作費を提供する企業が逃げると途端に静かになるし。ただ」

「「ただ?」」

「企業もダメージを負うから諸刃の剣なんだよな。イメージ戦略で広告を出すだろ?」

「あ、そうか。持ちつ持たれつだから」


 企業は広告を出さないと商品を周知出来ない。

 広告を周知させるには報道記者の存在が必要不可欠だ。

 打ち切りすると周知が叶わず首を絞める事になるしね。

 ただね、それだけで終わる話でもない。


「テレビや雑誌は広告を拡散させる事に長けてはいるが、取材する記者の行動次第で企業イメージを損なわせる事もあるから、結局のところ首絞めなのは変わらないけどな。こいつらには先ず、道徳観と一般常識を学んでから取材して欲しいと常々思うよ」

「「ですね(だね)」」



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