第13話 憎悪しかない深淵を覗いた。

 俺とさきはアレク達と昼食を摂ったあと店の前で別れた。

 二人と別れたあとはさきと手を繋いでマンションまで帰った。

 そんな道すがら、


「ファミレスの料理も意外と美味かったな」

「そう? お気に召して貰えて良かったよ」


 話題となったのは昼食の事と二人の事だった。

 ちなみに、アレクはかしわの事が大層気に入ったようでバイト時間まで一緒に過ごすそうだ。それこそ運命の相手に出会えたと大いに喜ばれ昼食代を全て奢ると豪語したほどだ。

 俺もお言葉に甘えて支払って貰ったがさきだけは申し訳なさげだった。


「良かったのかな? 私が支払うって言っても受け取ってくれなかったよね?」

「あれは男としての見栄だからな。気にしないでやってくれ」

「そ、そう? それならいいけど」


 奢りは新しく出来た彼女、かしわに対する見栄だった。


「実はさき達がドリンクバーに行っている間、感想を聞いたんだが」

「感想?」

「ああ、かしわに会ってどう思ったか、とな?」

「その感想か。それでどうだったの?」

「出会った瞬間に惚れたらしい。一目惚れだってよ」

「そうなんだ」


 最初、名前を聞いた時は仕方ないなぁって感じだったが、いざ会ってみるとコロッと落ちた。俺からすれば声のデカい小動物にしか見えないが、価値観は人それぞれだと思わされたな。


「それに今回の奢りは礼でもあるからな」

「礼? お礼ってこと?」

「そうだ。実はな・・・アレクは来日する前日、地元の空港で盛大に振られていてな」

「ふ、振られてって?」

「本当は元カノも留学する予定だったんだが、他の男から行くなと説得されて」

「え? そ、それって? 浮気じゃ」

「浮気だな。当日になってドタキャンして他の男に抱きついてサヨナラされたらしいぞ」

「そ、それはまた酷な話だね」


 酷な話だよな。俺も別の意味でキツかったが。


「この話を知ったのは学年末考査の最中だった」

「ふぁ?」

「スマートグラス越しに連投のメッセージが数百件」

「・・・」

「最後は試験問題が見えない状態にまでなった」


 あまりの事にさきも絶句。

 進級するかしないかの瀬戸際にそんな猛攻があったとは思えないだろう。

 俺はそのうえでアレクの過去も教えておく事にした。


「数年前までのアレクは恋多き男だったんだが、今回は結婚まで考えていた本気の相手だったんだ」

「ほ、本気の相手・・・結婚?」

「両親との顔合わせ。帰国したら結婚する段取りまで行っていたらしい」

「あ、だから本気と?」

「そうだ。あとは繋ぎ止めるために我が儘を聞いていた事もあるか。出来ない事は出来ないと突っぱねる事もあったが、本気の相手だったから色々買っていたらしいぞ? ブランド品とか高級車とか」

「ま、まさか、貢ぐタイプなの?」

「どちらかと言えばそうかもな。まぁ、金には困っていない起業家の子息だから出来た事でもあるけど」

「それじゃあ、奢ったのは?」

「多分、以前の恋を引き摺っているからだろう。繋ぎ止める方法はそれしかないと思って」

「・・・」


 可能であればかしわ色に染められて貰えれば助かるよな。


かしわはそこらの安い女とは違うだろ」

「そうだね。異性の顔に目移りはするけど金銭面だけはしっかりしているし。バイトを複数掛け持ちするのも母親を助けるためだったりするし。あの子の家って母子家庭で来年高校受験する妹も居るから」

「人は見かけによらないな」

「よらないよね。私立も奨学金で入学していたし」

「は? 頭は派手なプリンなのに頭も良いのかよ」

「良い方だよ。あんなのでも学年三位だし」

「マジか」


 ま、まぁ、そんな訳で今回の紹介は渡りに船だった。

 咄嗟の思いつきで紹介したがカッチリ嵌まって助かったともとれるな。


「ま、失恋の傷を癒やすなら新しい恋がいいだろ」

「そうだね」


 それは昔、アレクから言われた言葉だった。結局、未練が拭えなくて最短三日で別れた。最長は半年ほど続いたが、こちらも未練が影響して本気になれなかった。


(今じゃ未練が残っていて良かったともとれるか。好意が再燃して悲しませなくて済んだから)


 ホント、俺には勿体ない彼女だよな、さきは。

 互いに好き合っていると知って飲兵衛の見ている目の前で交際する事になった。

 飲兵衛が繋げなおしてくれた縁でもあるから感謝だけは忘れないようにしないと。俺は信号待ちする間、さきの横顔をジッと見つめた。


「どうかした?」

「いや、可愛いなって思って」

「そ、そう? ありがと」


 俺の素直な感想を聞いて頬を赤く染めながら俯いたさき


(俺、この子にずっと惚れられていたんだな・・・だから)


 クズと発した時、本気で怒っていた。

 それは飲兵衛の言葉。あれがさきの思いだったと。

 不意に抱き締めたくなる衝動に駆られたが、


「あっ」

「・・・」


 周囲の目があるので自制した俺である。

 それでも右手で抱き寄せるだけにした。


「あ、あき君?」

「帰ったら時間いっぱい勉強しような」

「う、うん」


 物心が付いた時から好きだった女の子。それはさきも同じだった。

 婚約していた事には驚かされたが・・・二人の時間は有限で共に居られる間はずっと隣に居ようと思った。

 だって、


「明日から辛い日々に逆戻りだしな」

「うっ」


 明日からは辛い日々に時間を取られ、休日くらいしか一緒に居られないから。


「本当なら遠恋期間以上に一緒に居たいんだぞ」

「それは私も同じだよ。でも、周囲が許してくれないもんね」

「悲しい事にな。かしわからも見て見ぬ振りをする確約を得たから良かったが」

「他の子はそうはいかないもんね。この状況、打開したいよぉ」


 本当にそう思うわ。

 これも結局は俺のやらかしが原因だからな。


「全ては俺のミス・・・自業自得、か」

「違う違う。原因は醜い男の嫉妬だから」


 そう言ってくれるのはさきくらいだよ。

 飲兵衛や母さん達も言ってくれてはいるが、打開だけは策が無くて揃って途方に暮れているのが現状だ。


「あの件が出せればいいが・・・守秘義務契約違反になるし」

「それって?」

「飲兵衛から聞いているだろ?」

「あ、あれか」


 何処まで教えているか知らないが将来俺と結婚する女性でもあるので伝えているはずだ。


「でも、タイミングが不味くない?」

「そこ、なんだよな。払拭してからじゃないと湧くよな」

「アンチがね。それも大量に」

「何処から動員した的な量がな」


 それこそ決定的なターニングポイントでも起きない限り、変化を与えるのは難しいだろう。


「野郎もこうなる事を予測して動いていたら相当な悪党だな」

「そうでもないと思うよ。穴自体はあるみたいだから」

「穴?」


 そんなもんがあったのか? 一体何処に? 俺が気づけない穴か?


「徹底しているように見えて、当人が犯罪自慢していることとか。何処かしらに痕跡を残したりね」

「あ、そういう? それは穴だわ」


 もし、ネットへの書き込みがあるなら探し出せる可能性はあるな。

 傍目には消えているように見えても、ネット上には無数の情報が埋まっているからな。画像一つネットにあげたら各所に拡散されて取り返しのつかない事になるのと同じだ。


「帰ったら抽出プログラムでも組んでみるか」

「ふぁ?」


 結果が出るまで相当な時間がかかりそうだが、光明が差してきたと思えるぞ。



 §



 マンションに戻るとさきは自宅へと帰った。

 それは教科書と予習用のノートを取ってくるためだ。

 一方の俺はリビングにてノートパソコンを立ち上げ、


「検索条件は俺に関する情報だな。あとはクラウドサービスに登録して」


 問題となっている噂。その情報がネットで拡散されていないか検索する事にした。現状、判明している事は俺の噂が街中や保護者に伝わっていない事だった。

 そういう噂があるなら先ず保護者が動くはずなのに一切動いていないからな。


「そうなると教育委員会が握りつぶしたか、教師の知らない場所でのみ拡散したか」


 生徒同士で拡がった噂。それを鵜呑みにした担任教師。

 そこから他の教師まで連鎖的に信じていき高校まで拡がった。

 なのに教師止まりで保護者には伝わっていないのだ。


「イメージ戦略か。そんな生徒が居ると知られたくない的な?」


 もし伝わっているなら俺の両親が黙っていないだろう。

 無理矢理帰国してでも発端となった人物を探し出して追い詰める。

 飲兵衛なんか嬉々として関わりそうだしな。

 俺は簡単に組んだプログラムを走らせて記録した情報を閲覧する。


「例の件がいくつかヒットしてるじゃねーか。あとで報告しておこう」


 するとその情報の中に不審な名称のウェブサイトが入っていた。


「学校裏サイト?」


 おいおい、そんな物まであるのかよ。日本の学生は憎悪が深すぎるぞ。

 そのページをパソコンで開いてみると端末制限があった。


「今度はスマホオンリーか」


 こうなるとエミュレータを使うしかないよな。

 使ったうえでページを開くと出るわ出るわだった。


「ひでぇ。学校の暗部じゃねーか」


 あの中学・・・流石にボロボロじゃね?

 だが、これのお陰で糸口が掴めたので早速利用する事にした。


「そうなると、ここから抽出する方が早いか。条件に加える時期は在学中として」


 該当IPアドレスを記録しつつ最初に打ち込んだ者の情報を抜き出す事にした。

 そんな作業をしていると戻ってきたさきが声をかけてきた。


「お待ちどおさま」


 直前で許可を与えていたから自室の鍵で入ってきたみたいだな。

 ちなみに、このマンションの鍵はカードキーだ。それも翳して解錠するタイプのな。主に企業などで使われる鍵で飲兵衛が管理を引き継いでから導入したものだそうな。さきは俺の隣に座ったのち教科書とノートを取り出した。


「じゃあ、教えて」


 と、言いつつパソコン画面を覗き見て固まった。

 大量のテキストが高速で流れていたから。


「これは?」

「学校裏サイトなる憎悪の塊を抽出中だな。中学は終えたから今は高校の」

「あ! それか!?」


 さきもこの名称には覚えがあるようだ。若干食い気味に叫んだからな。

 直後、抽出が完了したので最初に記録された噂を開く。


「中学はカンニングから始まって根拠のない内容が書かれているな」

「ひ、酷い。ここまでする?」


 見ていて気分の良いものではないな。



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