第11話 巡り巡って味方になりそう。

 幼馴染だと判明したさきに連れられて美容室を訪れた俺氏。

 まさかさきの許嫁が俺とは思いも寄らなかった。さきの事が好きではあったが外堀が精神的ではなく物理的に埋められているとは予想外だろう。


「パッと見、暗そうに思えたけど・・・これはまた」

「でしょ? この顔立ちを活かす髪型にしてくれるかな」

「長すぎると清潔感が無いし、ばっさりいった方がいいね。残りはワックスで」

「無造作ヘアだね!」


 ヘアワックスなんて四年くらいつけてないな。

 今の髪型だとどうやってもペターと潰れてしまうから。

 俺は言われるがまま頭を差し出し、伸ばしまくった髪を切られていった。

 すると黙って見ていたさきが、


「ところであき君って近眼なの?」


 俺が外したスマートグラスを手に取って質問してきた。


「いや、裸眼でも見えるぞ」

「え? じゃあ、これって」

「伊達眼鏡ではあるか。それ自体がスマホみたいなものだけど」

「す、スマホ?」

「そういえば、そんなガジェットがあるとか、お客さんから聞いた事があるわね」


 流石は客商売。知らないものはないって感じか。

 現物を見たのは初めてみたいだが。


「そうなんだ・・・え? でも、待って? それなら」

「予想した通り、授業中も株式情報を見ているな」

「ちょ! そこは真面目に授業を受けようよ!?」

「真面目にって言われてもな・・・」


 周囲から不真面目を望まれているから、変化したら何を言われるか分からない。

 さきは俺の苦笑を見て不服のようだ。


「ぶー」

「ま、ゆっくりと変化させていくよ」

「絶対だよ?」

「それはさきにも言える事だけどな」

「あっ。うん、そうだよね」

「ふふっ。仲がいいわね」


 さきが塩対応を止めない事には変化なんて有り得ないからな。俺の歩み寄りが必要なのは理解しているが、周囲が認めるかどうかは未だに不明だ。汚名返上が最終目標だとしても噂の原因となっている発生源を潰さない事には、後手後手に回るのはどうしようもないだろう。


(たちまちは見た目から一新と思って美容室を紹介してもらったが)


 この店長、驚くくらい腕とセンスがいいな。

 俺は思案しつつもさきに願い出た。


「ちょっと、俺のバッグから黒い瓶と透明な瓶を取ってきてくれるか」

「うん、分かった」

「黒い瓶と透明な瓶?」


 さきは訝しみながらも瓶を取ってくる。


「持ってきたよ。これって何なの?」

「染色剤だ。透明な方は精製水な」

「ふぁ?」

「あ!」

「正確に言うと俺の友人達が開発して試供品を横流ししてきたんだよ。日本でも一部の商社でしか取り扱っていない品で、国の認可も今月の頭に取得したそうだ」

「そ、そ、それって、あの?」

「ああ、店長さんは御存知で」

「勿論!」


 妙に耳聡いと思ったらそこらの情報は知っていたんだな。

 それなら説明の必要はないか。


「じゃあ、この髪の長さなら精製水で三倍に薄めて、吹き付けてから三分で」

「分かったわ。整えたらつけてあげる」


 本当なら切る前が良かったが急に思い立ったからな。

 俺はそのうえで担当を紹介する事にした。


「実は商社の担当とコネがあるんですが」

「!」


 使って終わりでは可哀想だと思うから。

 整え終えて目元を隠しながら吹きつけて三分経ったのちに洗い流した。


「噂通り綺麗に洗い流せるのね」

「環境に配慮した品ですからね」

「乾かしたら発色も?」

「良くなりますね」


 洗って貰いながら友人達から聞いた情報を明かしていく。

 この品は環境だけでなく、肌への影響が少ない染色剤だ。

 原料は企業秘密なので言えないが天然色素を用いている。

 とはいえ肌に触れる代物なのでアレルギーの確認は必須だ。


「うわぁ〜。髪色がアッシュブラウンになったぁ」

「随分、垢抜けたわね」

「もう少し時間をかけると明るい茶髪になったけど教師達がうるさいから」

「あー。確かに」


 問題児が不良になったとか騒ぐに決まっている。

 生徒の中には金髪とかプリンも存在するがそれらは無視だ。

 問題児として名高い俺だから使える不本意な称号である。


「これくらいなら普通に居るし、問題はないだろ」

瑠璃るりもプリンであき君以上に明るいしね」

「いっそのこと、さきちゃんも染めてく?」

「どうしようか?」

「いいんじゃないか」

「うん。あき君が言うなら染めてく」

「了解よ。その前にパッチテストね」

「大丈夫とは思うけど?」

「念には念を、よ」

「はーい」


 俺の髪型を整え終えると次はさきが染め始める。

 さきの髪の長さだと五分くらいがベストだろう。

 同じ色合いで三分、そこに長さの分だけ一分追加される。

 染め終えると目を何度も擦りたくなるほどの美人が姿を現した。


「綺麗だ」

「本当に綺麗になったわね」

「えっと、あの、嬉しいです」

「目の下のクマが無ければなお良かったけどね」

「うぐぅ」


 理由を聞けば俺の一言が原因で寝られなかったという。


(これは帰ったら膝枕でもしてやるしかないかな)


 昼寝も時には重要だしな。眠いまま勉強は出来ないだろうから。

 そんな俺達が美容室で精算を済ませて外に出ると、


「あー!?」

「この甲高い声は、まさか」

「う、うん。そのまさか、だね」


 面倒なかしわと遭遇してしまったのだ。

 バイト先に向かう最中なのか知らないが重そうなバッグを持って駆けてきた。


さきが染めてるぅ!?」

「う、うん。染めてみた」

「似合うねぇ。どういう心境の変化なの?」

「どうって」


 相変わらず無駄にテンションが高い。

 超音波と思う声もあるから鬱陶しいしな。


「え? だ、誰? か、格好いいんだけど」


 あ、やっぱり気づいてない。

 格好いいと言われても普通顔だろ、俺?

 するとさきが俺の左腕を引っ張り、かしわに背を向けて問いかけてきた。


「えっと、どうしようか?」

「妙に仲がいいね」

「いや、明日にはどうせバレるからなぁ」

「明日?」

「あ、そうか。一応、クラスメイトだもんね」

「クラスメイト?」

「選択科目が違っていたら言い訳も出来たが」

「言い訳?」

「同じだと言い訳も利かないよね」


 つか、会話の間に入ってきょとんとするなよ。


「これって味方に引き入れる事って可能か?」

「これ?」

「正直、難しいと思う。偏見の塊だしね」

「へ、偏見の塊」


 そこでショックを受けてどうする?


「食いつく餌はなんだと思う?」

「え、餌」

「多分、男かな? イケメンよりの」

「ああ、面食いなのか」

「うん。中身は考慮しない系の」

「それはそれで残念だな」

「残念」


 なんか背後でどんよりしている気がする。

 たちまち今の俺が寄こせる相手は一人しか居なかった。


「確か・・・アレクが来日していたはず」

「アレク?」


 近くの大学に通っているとなると一人だけだった。


「えっと、語学留学生なんだけどな」

「留学生?」


 俺はスマホを取り出してそいつの写真を示す。

 スマホには驚くくらい長身で筋骨隆々な金髪イケメンが満面の笑みで映っていた。

 そいつはかつての俺の親友だった男である。だったではないか、今でも親友だから。


「一応、日本語も話せるから大丈夫だと思う。彼女と別れたばかりだし」

「え、えっと、彼って経験者?」

「経験者っていうのは? バスケじゃないよな」

「ううん。こっちの」


 股間を見るなよ。いや、分かるけど。


「大丈夫だと思うぞ。年は俺の二つ上でバスケのチームメイトだったから」

「ああ、例のチームの繋がりなんだ」

「そういうことだな。奴以外だと大人しかいないから、コレが相手だと一発で御用だぞ」

「確かに」


 かしわの子供かと思う容姿は大人の立場を崩壊させかねないからな。

 俺とさきは振り返りつついじけているかしわに声をかける。


「偏見の塊ってなによ。残念ってなによ。仕方ないじゃない。付き合った男性に染められてしまう・・・」

「これはこれで難儀な性格してそうだな」

「うん。私もそう思う」


 ただな、このままだと時間が無駄になりそうだから声をかける事にした。


「お、おい。かしわ餅さん、元気出せよ」

「私はお餅じゃない! あれ? なんで知って?」


 このかしわ餅のあだ名は一年のクラスメイトしか知らない。

 発した男子は女子から総スカンを喰らって暗い人生を歩んでいるが。


「それは知ってるでしょ。瑠璃るりが根暗って言ってる相手だし」

「ふぁ? え? え? え? う、うそぉ! 化け過ぎでしょ!?」


 やっぱり驚くか。何故か目の色まで変わったし。


「ど、ど、ど、どういう」

「はいはい。落ち着いてね」

「落ち着くって。無理じゃん!」

「まぁそれはいいから。格好いい外国人に会いたくない?」


 おいおい。強引に話をもっていったな。

 格好いいの一言で顔の色も変わったが。


「え? が、外国人?」

「そうそう。バスケの本場から来た外国人」

「!?」

「こいつな。近くの大学に通っている留学生なんだが」

「彼ってあき君の元チームメイトなのよ」

「チーム、メイト?」

「そうだ。まぁ・・・今日見た事を忘れた事にする条件が付くが」

「そうそう。本当なら味方になってくれた方がいいけど瑠璃るりの頭だと、ね?」

「何かバカにしてない?」

「「全然」」


 地頭は悪くないんだよな。自分でも言っていた通り付き合う相手に染められて理性を失う事が多いだけで。

 うじうじと反省出来るって事は自分でもどうにかしたいって事だから。

 そうなるとアレクとの繋がりは良い結果になると思う。


(何事も明るく捉える脳筋だけど)


 そのバカさ加減が良い意味で補完しそうな気がする。

 でもな、


「ま、分かったわ。でも、忘れるのは無理!」


 願った通りに出来ないのが人生だった。


「やっぱりかぁ」

「そうだよね。あき君って格好いいし」


 ここで格好いいは関係あるのか?

 ああ、面食いだから、あるか。

 かしわは俺に対して嫌悪の視線を向ける事が常だが、今だけは違っていた。


「ところで二人ってどういう関係なの?」


 興味本位の気持ちが上回ったか。


「私の婚約者だよ」

「ふぁ? イ、イマジナリー婚約者じゃ?」

「なんでよ!?」

「い、いや、だって。断り文句に使っていたから実在するなんて」

「その気持ち、分かるぞ」

「アンタは当事者でしょうが!」


 盛大にツッコミを入れられたけど本当の気持ちだしな。


「俺も今日知ったから」

「そうなの?」

「そうなのよ。中々言う機会が無かったから」

「学校の空気ではな」

「あ、ああ」



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