第13話 砂時計
朝、鎧戸の隙間からわずかに光が差し込んできて目が覚めた。
体を起こして部屋を見渡すとアリアはもちろん居なかったが、気分はずいぶんと良くなった。そして――確かにこの部屋は殺風景かもしれない――と昨日のアリアの言葉を思い出し、少しだけそう思った。
「午後はシーツを買いに行きましょ!」
食堂でアリアと合流すると早速そう提案された。朝早くから人も多い中、若い男女が寝具の話なんてしてると聞き耳を立てる連中もいるかもしれない。アリアは恥ずかしくないんだろうかな。
「ほんとに行くんだ……」
俺は塩漬け肉のスープとパン、薄めた葡萄酒の入ったマグを持って席に着いた。最近、同じ塩漬け肉でもバラの軟骨のあたりがおいしいことに気が付いた。厨房で働く女性がよそってくれたスープにそれが入っているとちょっとだけ得した気分になる。
「もちろん。せめてシーツくらい綺麗にしてゆっくり休みたいでしょ?」
アリアが俺のことを考えてそう言ってくれてるのは素直に嬉しかった。
俺が微笑むと彼女も笑ってくれた。
◇◇◇◇◇
ギルドに立ち寄ってから孤児院へ行き、三人と合流してから昨日のゴブリンの巣穴へと向かう。鑑定によると入り口付近のゴブリンの足跡は増えていないが、動物の足跡を見つけた。足跡を追跡すると、入り口傍の脇道の奥でアナグマを見つけたのでアリアが仕留めた。足を縛っているので持って帰るらしい。
「アナグマって食べられるの?」
「普通の動物は、だいたいは食べられるって言うわね」――とキリカ。
「普通……普通じゃない動物って……」
「
「梟熊?? 一角獣ってユニコーンみたいな?」
アリアから梟熊と聞いて小さい熊か何かと考える。
そして一角獣というとユニコーンが思い浮かんだ。
「ユニコーンは……見たことは無いけど女の子をその……襲うって聞いたことがある……」
何故か言い淀むアリア。
そんな生き物だったっけって思ったけれど、いずれにせよ元の世界でも居たような生き物とは区別されているのが幻獣と呼ばれている生き物なのはわかった。
「――とにかく、狩猟でもアナグマは獲物になってるから大丈夫だよ。調理方法はわからないけど」
アリアがそう言うので早速、鑑定様を頼ると調理方法を教えてくれた。
その後、念のため注意しながら洞窟を回るも、ゴブリンの影は無く、討伐完了となりギルドへ報告した。
◇◇◇◇◇
アナグマは持ち帰り、孤児院で捌いて香草や薬草を詰めてオーブンで焼いて振舞った。
捌き方も調理方法も鑑定様が全て指示してくれたので楽なもんだった。孤児院の下の子たちにも俺ではなく
「鑑定様すごーい」
――と、下の子たち。いや、自慢じゃなくてタレントが凄いんだよ。俺は大したことなくて――そんな話をすると大人も子供も意外な顔をして笑う。
食後、大人たちには座ってもらっておいて、お茶を淹れてまわるとアリアが――
「この前もそうだったけどユーキはお茶淹れるの上手だよね。いつもギルドで淹れてるお茶って苦くって」
――それきっと話し込んで時間を忘れてるんじゃないの……。
何となくそう思ったが、何故かみんな納得していたものだから――なぁに、鑑定様に淹れてもらってるのさ。俺は大したことなくてな!――そうお道化るとまた笑われた。
◇◇◇◇◇
ティータイムを終えたあと、一度アリアとギルドに寄ってから買い物へ出ることにした。俺としては大賢者様からの手紙の返事が届いていないか気になってるのもあった。ギルド内には意外にも多くの冒険者たちが居た。
冒険者たちは見た目若い男が多く、女もそこそこ居る。今の時間、そのほとんどはひと仕事終えて休憩している様子だった。彼らは俺たちがギルドへ入ると、目を向けてくる輩、そうでない輩も、それぞれにこちらを気にしている様子が見て取れた。会話が一瞬、途絶えたのもあった。
見ない顔――つまり俺への警戒心かと最初は思ったものの、どうもそうではない様子。これだけ目立つ容姿のアリアへ誰も絡んでこない。挨拶のひとつよこさず、近寄ってさえ来なかった。
昼を過ぎると、朝から増えた依頼がいくつか掲示してあった。ゴブリンの巣穴の掃討の他にはアリアの話にあった梟熊の討伐もあったが、意外と多いのが護衛や用心棒だった。国内を行き来するのに護衛が必要なほど治安が悪いのかとも思う。
その後、手の空いた受付で手紙の有無を尋ねたが、まだ届いてない様子。
受付嬢は赤茶の髪の子。少し不愛想な子。俺だけじゃなくアリアにも。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドを後にして、シーツを買いに出かける。
この街で買い物をする場合、いくつか手段がある。ひとつは商業ギルドに所属する店舗持ちの商人から買う事。彼らは市民権を得ている定住者であり、税やらギルド内での役割やらといった街で住むための責任を果たしている。その分、商売や流通面では優遇されていて、安定した買い物ができる。ただし、付き合いが長くないと足元を見られることもあるそうだ。
ふたつ目は
最後は南に二つある大橋。かつての王都の玄関口だった大橋には昔から行商人が勝手に棲みついて闇市場とでもいうようなものを開いていた。もっとも、現在は新市街に取り込まれてしまったため、
「リネンがやっぱりいいと思うよ。この辺かな」
アリアが利用するのは商業ギルドの店。当然のようにアリアがついてきていたが、俺がちゃんと買うのか見張りとしてついてきたような気もする。
「シーツに銀貨7枚って……」
シーツ結構高いじゃん。普通のリネンのシーツでも銀貨4枚。アリアが薦めてきたのはそれ以上。ひと財産になっちゃう――などと貧乏性を発揮していた。鑑定した限りでは特にぼったくられているわけでも無いし、むしろ店の者はアリアに愛想よく接していた。
「古いの売ってる店もあるけどシーツのお古は嫌でしょ? ほら、この辺なら質が良いし手触りも違うよ?」
「こっちのが安くていいんじゃない? 銀貨2枚しないし」
「そっちは質の悪い
アリアが差したのは銀貨10枚以上する綿織物だった。
結局、リネンのシーツを2枚買って帰った。
◇◇◇◇◇
さて、他にも先日の閉じられる照明を買いに行ったり、欲しいものは無いが珍しいものばかりなのでアリアに教わりながら売り物を眺めたりしてあちこち立ち寄った。その後は特に予定もないので茶菓子を買って再びギルドへ。
「はい、これあげる」
受付でお茶を買ってテーブルに戻った俺は、お茶のセットの横に紐で縛った包みを置く。
「あたしに?」
頷く俺に、アリアは首をかしげながら包みを解くと、中からは小さな砂時計。
「ポットにお湯を注いで――はい、ひっくり返して。――ここのお茶の葉にちょうどいい時間のを見かけたから。付き合ってくれたお礼」
「……ありがと」
突然のプレゼントを貰って反応に困る彼女を眺めるのは楽しい。いや、このちょうどいい砂時計を見つけた時からこの時を期待してニヤニヤが止まらなかった。
「――ずっと変な顔してると思った」
そういうが、アリアもニヤニヤが止まらなく嬉しそうだ。
砂が落ちるのを今かと待ち構え、砂が落ち切ると彼女は
「どう?」
俺は少しだけ味をみたあと、アリアがカップから口を離すのを待ちきれずに聞く。
「うん、おいしい」
満足げに頷く彼女。俺も満足。
◇◇◇◇◇
さて、アリアとのんびり過ごす時間は楽しい。楽しいがひとつ気がかりなことがある。アリアとはギルドくらいしか立ち寄る場所がないのだが、彼女はやはり不自然なほどに他の冒険者と距離がある。
彼女のあの距離感。あれが俺だけだとするなら嬉しい限りなのだが、それを考えても異常なくらい距離がある。市場や商店ではごく普通の距離感だった。となると、避けてるのは他の冒険者だろう。受付嬢も、今日の赤茶の髪の子みたいに人によっては距離がある。受付の爺さん連中も不愛想だが、あれは他の冒険者でも変わらない。
冒険者同士の仲が悪いかというとそうでもない。見ている限り、連中は他のパーティでも普通に絡んでいくし、なんなら単独の冒険者にも声をかける。それが女相手だったら言わずもがな。なのにだ――なのに、この眉目りりしい彼女には誰も声をかけないどころか避けている。そして彼女と共にいる俺にも、睨みこそしないが値踏みするような目を向けてくる。
俺はアリアを取り巻く境遇に、何か面倒が起こっていることを確信していた。
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スローライフとまでは言えませんが平和な風景でした!
シーツは中世西洋ではちゃんと財産として数えられていたそうです。
ユニコーンはほら、処女好きのヘンタイなので。
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