第8話 孤児院での宴

「ちょっと! どうして帰っちゃうのよ!」


 背後から声を掛けられる。

 振り返ると、息を切らして通りを駆けてきたであろう赤髪の少女。


「えー、いやー、ちょっとぉ買い忘れ……みたいな……」


 バツが悪い俺は適当に誤魔化したのだが――。


「あたしの奢りって言ったでしょ! 逃げるの!?」


「あー、知らない人とかたくさん居るの苦手でさ。ほら、あの三人も俺が居るとゆっくりできないでしょ? せっかくの食事なのに」


 むむむ――と唸る少女は足早に距離を詰め、俺の襟首をつかむと元来た道を引き返し始める。


「変な言い訳してないで帰るわよ! あなたの歓迎会も兼ねてるんだから居ないと困るでしょ!」


 そんな気はしたけれどコミュ障特有の脳内下方修正もあって、可哀そうな境遇に浸ってる方が楽なんだよね。構ってちゃんならまだしも、勘違い君とか揶揄われたら再起不能でしょ?



 ◇◇◇◇◇



 座って!――と、孤児院のホールに並ぶ大きな机のひとつ。その一角に座らされた俺。近くには落ち着きのある三十代か四十代くらいの女性が座っており、にこりと微笑んでいる。


「アリアの新しいお友達? よかったわ。外でもうまくやってるのね」


 いくらか囁くような声でそう話しかけられた。何か返したいが、愛想笑いしか出てこない。友達だなんてそんな。便利な辞書みたいなもんですスミマセン……。女性もこちらの様子を察してか、それ以上は話しかけないでいてくれた。



「アリアの奢りから逃げたんですって? やるわね。彼女カンカンよ」


 二人だけで何も話すことがなくただ座り続けている中、厨房からやってきたキリカ。束ねていた髪を解きながら楽しそうな表情いっぱいに言うと、ふわりと長い金髪が舞う。三人の中ではいちばん警戒されてたようだったが、採取の時と比べると、ずいぶんと態度が和らいだ気もする。その彼女が隣に座ると、こっちを向いて何か言い淀む。


「――えーっと……ごめんなさい。ちょっと疑っちゃって」


「えっ、いや……」


 話が見えなくて何と返事していいものかわからない。


「実はね――」


 キリカが言うには女性の薬草師が参加してくれる話があったらしい。キリカも、あとルシャも男が苦手で、叶うなら少々待ってでも女性でお願いしたかったようだ。アリアが推してくるからしぶしぶ了承したのだそうだが――


「その薬草師も結局断られちゃってたみたいなのよね。私もちょっと態度が悪かったわ。ごめんなさい」


 彼女は両手を膝に置いて頭を下げてきた。


「――それと、アリアも助けてくれたって聞いたわ。ただその……助けてくれた場所が場所だったから疑っちゃったのよ……」


 確かにね。娼館に居た男に助けられたわけだし。


「俺を警戒するのはわかるよ。いや、警戒しておいた方がいいと思うし、俺だって君たちの仲間だったらそう助言する」


「プッ、なにそれ? 自分のことなのに?」


 ああ――と返すと、キリカは大笑いしていた。


 その後、キリカと壮年の女性――院長さんだそうだ――に自分が召喚者であることと、城から放り出されて自由になったことを説明した。



 ◇◇◇◇◇



 さて、食事はアリアとルシャ、それから孤児院で働く女性二人によって準備された。結構な時間がかかったが、それでも少し早めの夕食となった。まあその間、俺は手持無沙汰なところをキリカにいろいろ話しかけられて困っていたのだが。


「みんな! 今日はあたしたちを手伝ってくれたユーキのおかげで、貴重な薬草がたくさん摘めました! お金もいーっぱい入ってきたので、夕食はご馳走です!」


 わぁっ――と、子供たちが歓声を上げる。


 メインディッシュは鶏。調理さえできるなら鶏一羽が銀貨一枚程で買えるので安くて食べ応えがあるらしい。買ってきた時は生きていたので、自分たちで絞めたのだろうな……。オーブンで焼いたという何羽分かの鶏をアリアが子供たちに切り分けていた。俺にもその皿が回ってくる。


「いい匂いがするけどこれって薬草?」


「森で採れるものとは違うと思うわ。孤児院の庭にもある普通の香草ハーブよ」


 隣のキリカが答えてくれた。


「森の薬草って普通のハーブじゃないんだ?」


「魔法の薬とかにもするからたぶん全然違うと思う」


「じゃあ庭とか畑では栽培できないのか」


「できないって聞いたことがあるけど、あまり考えたことなかったわ」


 なるほど。あれだけ高く買い取ってもらえるものなら畑でもすればいいはずなのに、そうしてないというには理由があるのだろう。自分で栽培して大儲けというような素人考えは、大抵は誰かがやって失敗してるもの――というわけだ。異世界無双への道は険しいな。


 テーブルの正面の席にはルシャと、どこかから引きずってこられたリーメが座った。

 ルシャはずっとこちらを警戒しているのか、ちらちらと俺を見るだけで俯きがちな上に終始無言。料理が取り分けられても、昼間ほど食べている様子ではない。リーメは食堂へ連れて来られた時からずっと、紙束を木製の表紙で纏めたような手製の本を読みふけっていたが、いざ皿が運ばれてくると夢中で貪っていた。


 そして正直なところ反応に困るのだが、やけに距離の縮まったキリカに揶揄われつつもベタベタくっつかれて、背も高いし本当に2つとか下なのかとか、薄めてない酒でも飲んでるんじゃないかと心配になってくる。またアリアはというと、子供たちの相手をしているかと思えば、ときどきこちらに目をやって口を尖らせ、まだ微妙に機嫌が悪いのであった。



「じゃあ、そろそろ俺はお暇するよ。このあとちょっと用があるから」


「本当に用があるの? 嘘じゃないわよね」


 アリアは眉をひそめる。


「本当、本当。明るいうちにやっておくことがあるから」


 宴の途中、俺はご馳走の礼を言って退席した。暗くなるまで女の子ばかりの場所に居るのが申し訳なかったのもあるが、いくつか気にかかることもあったので大賢者様に手紙を書こうと思ったのだ。


 ギルドを通すことで送られる手紙はこの国の制度化された『郵便』であり、大賢者様と連絡を取ることができる唯一の手段だ。直接会うことは今となっては難しいだろう。それを見越して大賢者様は予め俺に便箋の束と手紙を出すための封筒を渡してくれていた。封筒には大賢者様の紋があり、ギルドで頼めばどこからでも大賢者様の元へ届けてくれる。



 ◇◇◇◇◇



 宿へ戻ると大賢者様への手紙を書く。


 ひとつは鍵の付いたタレントのこと。アリアの他、孤児院で出会った三人の少女にはいずれも鍵付きのタレントがあった。街全体から見ても珍しいことだ。その他にも、これまで見かけた鍵の付いたタレントについての報告を書く。


 そしてもうひとつ。少なくとも二人の関係者に遭遇したデル・アイリア――『美しき』アイリアと呼ばれる家系のことだ。



 ――又隣さん、今日は居ないのか。その夜、毛布に包まって俺は泣いた。







--

 大賢者様への手紙代は今回、着払いに変更しました!

 一般的な遠距離での連絡手段はメッセンジャーです。銀貨1枚とかで、隣の町の誰それに小物(お金があるなら手紙)を届けてもらったり、旅人や冒険者に託したり。安い代わりに確実ではありません。ユーキが使ったギルドを通しての郵便はまた別物となります。


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