第9話 魔物の動向

「魔王討伐ってよ。」


喜ばしいはずの報道とは裏腹に冷めた反応を見せる村人たち。それもそのはず、彼らにとって重要なのは今日の寝床と明日の食事に、意中の相手との会話なのだから。


最初こそ魔王軍に宣戦布告という未だかつてないほど衝撃的な報道に胸を躍らせる人間たちであったが、ふたを開けて見れば勇者の独壇場。魔王軍どころか、勇者以外の人間も全く活躍が出来なかった。


生きている魔物を見ることができればいい方で、戦争の実感はなく武功も上げられずにおめおめと帰還する兵士たちの士気は徐々に下がっていき、気が付けば誰も魔王との戦争など考えることはなくなっていた。


害ではあった。しかし、倒したところで気が晴れるのみで、得など何もない。恨みは己の手で倒してこそであり、魔物の死体を観察しに行く物好きはいるはずもなかったのだ。


そういえば戦争していたんだっけな。魔王はどうやって倒したんだろうね。どこにいたんだろう。誰が戦ってたのかな。


なんでもない日常は唐突に崩れ去るものだ。


他人事のように話す人間たちは現実味のない反応に全員が顔を上げる。


まとわりつくような空気がすっきりしたと思ったら、村の中で突然魔物の反応を感じたのだ。


全員が示し合わせたかのように何もかもをほっぽりだし、武器を、戦意を、責任感を持ち、現場へと急ぐ。


この場で誰かのために戦える喜びか?村へ侵入した魔物への怒りか?魔物に殺された身内を思っての哀しみか?魔王のいない魔物を蹂躙できる楽しみか?


否。


果たされなかった魔物を殺すという使命は、欲求という形で彼らの体を突き動かしていた。魔物を殺すこと以外の選択肢を彼らは持ち合わせていなかった。


「結界の出入りをできなくした!もう逃げられないぞ!」

「広間に人間を集めている、誘導しろ!」

「見た目がネズミだからって油断するなよ!」


声を掛けあった甲斐もあったのか、魔物の誘導に成功し魔法や物を投げて少しずつ削っていく。威力が高すぎた場合、どこかへ飛んでいくかもしれない。味方に当たる可能性もある。本意ではなかったのかもしれないが、甚振いたぶるようにじりじりと攻撃することを躊躇するものはいなかった。


その場に居合わせた人間がこぞって魔法を使った。放たれた魔法はあっという間に100を超え、魔力の収縮と発散を繰り返す。


ネズサンはすぐに逃げ出そうと魔力を消そうとしたが、できなかった。彼は魔王の魔力と同化と言っても過言ではないことをして、今までを凌いできた。そうでもしないと人間の目は誤魔化せなかったのだ。そして今、彼は大気中の魔力と同化をしようと試みていた。それはただのネズミになってしまうことと同義、魔物にとっての死を意味していた。


ああ、魔王様。あなたのいない世界での私の、何たる無力な事。


同化以外の能力を持たない彼に残された道は1つであった。最初からできることはその一つだけであった。ただ、彼はタイミングをずらしたのだ。


魔法がひとしきり放たれると、ネズミの魔物の反応が消え、彼らは我先にその死体を、いいや自分の功績をその目で確認してやろうと、嬉々として、我先にと、こぞってネズミの死体へと集まった。


「人間。」


全員が凍り付いた。その場の全員が理解できなかった。低威力であったとはいえ、あれだけの密度で魔法を受けたにもかかわらず、ボロボロではあったが立ち上がったのだ。その小さな体で精一杯頭を高く挙げ、彼は確かに言葉を発した。


魔物が人間の言葉をたばかるのはよくある話。おびき寄せるため、殺されないため、発する言葉に意味はなく、とにかくまねるだけの物であった。驚きはするが、ありえない話ではない。


「い、今。こいつ…。」

「聞き間違いじゃないか?」

「まだ生きてんのやばくね?」


「よく聞け人間。」


魔物が話すわけがない。全員が魔物の所業ではないと思い浮かべたところで、眼前のネズミを既に魔物と認識できていない事に気付かされた。ではこれは何なのか?何が自分たちに語りかけているのだろうか?考えがまとまらず頭の処理が追い付かない彼らは、大気の魔力と同化した何かを前に息をのむ。


彼らが何かしらの使命をもって、ネズミと対峙していたならば、この奇妙な状況も成り立つことはなかっただろう。しかし、彼ら人間は危機感も娯楽もない、辺境の平和ボケした村で生きてきたのだ。反抗をするための力も、判断力も、勇気も、経験も、何もかも持ち合わせてはいなかった。


「偶然など嘲笑うように必然的に、貴様ら人間を根絶やしにしよう。」


「も、燃やせ!」


弾かれた様に辛うじて誰かが叫ぶと、連鎖的に数人が魔法でネズミを燃やす。しかし彼は苦しむことなく後ろ足でゆっくりと立ち上がる。


二本の足で立つ燃えるネズミをかたどる何か。


異様な光景に何の偶然か、いや、彼の、ネズミの言葉を借りるのであれば必然か、全員が彼の言葉を待っていた。これが何なのかを知るために少しでも情報を得ようと、天啓を待つ信徒の如く膝をついて黙り込んだのだ。


「神を崇めよ。」


その場の人間のほぼ全員が失明。中でも食い入るように前のめりになった2人は、ネズミの後を追いかける形となった。


大気中の魔力と同化した体を限界まで保ち人間の注目を集め、少しでも被害を拡大するべく尽力して自爆を果たしたネズミは、彼の思わぬ形で結果を残すこととなった。生き残った人間の大半が口々に神を恐れ崇める姿は後に、人々に言いようのない恐怖と常軌を逸した信仰心を植え付けることとなる。




場面は変わり、山の向こう側である西側で、同じネズミによる被害が起こっていた。


変化へんげ』の固有スキルをもつ真田は、目に見えない魔物の襲撃に水晶と自分の体を入れ替えるようにスキルを使ってその場を乗り切っていた。


彼の固有スキルはほかの勇者と比べても特異であったが、なにより注目すべきは固有スキルの発動に発声を必要としないことにあった。それは、発声のできない物体に変化した際の副次的な効果であったが、固有スキルが発覚しないということは勿論、今回のように秘密裏に行動ができるだけでも大きなメリットであった。


自分の固有スキルのおかげで常に優位に立つことができた。真田は周りからは勇者とばれず、得体が知れないと気味悪がられていた。


正体や種、理由がわかれば気味が悪いとは思わない。気味が悪いとは、情報弱者であると公言しているようなもので、自分には縁がない感情だと冷ややかな笑みを浮かべていた。


魔物は従来、人間の手によって作成された人工物に興味を示さず、自分に利のある食料や人体を食い散らかす。経験や知識から魔物に襲われて無傷で残る品である水晶に、迷わず変化した。


しかし、どうだろう。出現したのは魔物であることを疑ってしまうような小さなネズミであり、あろうことか戦利品の回収までし始めるではないか。異様な光景にただ様子を見続けることしかできない。


原因のわからない現象の連続であった。1晩で消え去った森といい、濃くなったり薄くなったりする大気中の魔力といい、この魔物といい。立て続けに何かがおかしい。


魔王は討伐された。最新の情報がもたらした答えは、勇者への警戒。そのため奇妙な事件を誰よりも先に確認するべく、この先遣隊へ志願したのだ。気味の悪さを払拭するために。原因であるだろう勇者の動向を知るために。


結果はどうだろう。気味の悪さを余計に感じることとなった。ただ、救いがあるとするならば、この小さなネズミとスライムがその答えを教えてくれるだろうと今までの経験が告げていたことだった。


恐ろしい速度での移動後、おそらく答えであろう場所に辿り着き開いた口がふさがらなかった。少なくとも勇者でなければ殺せないような魔物が涙を流して頭を垂れたのは、全く魔力を感じない黒い何か。


球体から貧弱な足が生えるのみの、踏めばつぶれそうな貧弱な生物。なんの冗談かと静観を続けて見れば、魔導書や短剣を足でつつき始めた。


こいつまさか人語を理解してるんじゃないだろうな?でも大丈夫か、所詮魔物だ。それにこの世界の人間でも日本語は読めない。


そう思っていたがどうだろう、ネズミと黒い何かが食い入るように魔導書をめくり始めるではないか。今、得体のしれない何かが確実に成長をしようとしている。知恵をつけようとしている。何かやばいことが眼前で起こっている。ぞっとした。


果たして、魔物が知恵をつけてしまったとして。俺達は対処できるのであろうか。


理解が追い付かないまま、様子を見ていると、突然ネズミが動き出す。


まずい、このネズミを見失うのは。黒い何かやスライムはともかく、こいつの小さな体と機動力は力ではどうにもならない厄介さがある。一般人を容易に殺せる確信がある。こいつらなら勇者とも渡り合える可能性がある。


だがそれは、今ここで仕留めなければの話だ。勇者の俺であれば倒せる。今ここでこいつらを補足できたことは不幸中の幸いだと、真田は変化する。


「お前らやばそうだな。ぶっ殺しとかねーと。」


久々に勇者っぽいことしたなと、笑いながら対峙するのであった。

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