第5話

 それでも懲りずに、わたしは葉瑠さんのライブに行った。相変わらずわたしは、葉瑠さんの小説のファンだったし、葉瑠さんの演奏が好きだったから。


 葉瑠さんだけじゃなくて、惟さんのライブにも時々顔を出すことにした。なんとなく葉瑠さんがいるんじゃないかと思って行くと、案の定、彼女はそこにいて。


 なんだか悔しいから、葉瑠さんになかなか気づかなかったフリをしたこともあった。ああ、わたしは本当に素直じゃない。


 そして2人のライブに何度か通ううちに、結局わたしは確信を得ることになってしまった。やっぱり葉瑠さんは、惟さんのことが好きなのだ。


 だけど、それでも諦めきれなくて。わたしは葉瑠さんへのアタックを続けた。


「葉瑠さん、聞いてください。歌ってみました」


 あのライブから1か月後の7月、葉瑠さんに影響されて書いた作りかけの自作曲を、わたしはSNSを通して彼女に送りつけた。曲は叶わぬ片想いを歌ったもので、今まで好きになってきた女の子たちや、葉瑠さんへの報われぬ想いを密かに込めていた。


 葉瑠さんは優しく、『始めてたった1ヶ月ですごいね。続き、がんばってね』と言って応援してくれた。


 それからわたしたちは、時々SNS越しでメッセージをやりとりするようになった。頻度は高くはなかったけれど、わたしは葉瑠さんに曲の進捗を送り、葉瑠さんからはコメントが返ってくるようになった。


 葉瑠さんの誕生日には、見よう見まねで小説も書いた。あからさまに自分達をモデルにしたとわかる小説を。一か八かの賭けで、それを送る。


 送ってすぐに、葉瑠さんからメッセージが返ってきた。


「もう。口説いてるの?」


 冗談混じりに、そんなことを言ってくるもんだから。


「口説いてますよ」


 わたしはついつい、そう返す。


「だめだよ、そんなこと簡単に言っちゃ。本気にしちゃうよ?」

「……本気にしてもいいですけど」


 そんなふざけたやりとりを交わす。どこまで冗談で、どこから本気なのか。そんな境目もわからなくなるほど、わたしたちのやりとりは頻繁になっていった。


 わたしは懲りずに、葉瑠さんに口説き文句を送るのだけど。

 葉瑠さんは、いつでもふわふわと、それを受け流して誤魔化してしまう。


 葉瑠さんはわたしの10歳も上で、だから葉瑠さんにとっては、わたしなんてきっと子供なのだろう。

 それがすごく悲しいのだけど。


「小説、よかったよ」


 送られてくるその言葉で、悲しい気持ちなんて、いつもすっかり吹き飛んでしまうのだ。



 あるとき、わたしのメンタルが落ちてしまったことがあった。仕事でしんどいことがあって、家族との関係もあまりうまくいっていなくて。『もう死にたい』というようなことをSNSに書いてしまったのだ。


 すると葉瑠さんからすぐにメッセージが来た。


「ごめんね、見ちゃった。……死んだら、だめだよ」


 涙が溢れた。


「辛いことあったら、私でよかったら、いつでも言って?」

「はい。……ありがとうございます」


 葉瑠さんは優しい。バカなことをしてしまったと、本当に後悔した。

 それからますます、わたしの中の葉瑠さんへの想いが強くなった。


 葉瑠さんとはいつのまにか、直接の連絡先を交換するようになり、それから時々電話もするようになった。


「しんどいよね。……それ、わたしもわかる」


 わたしが人間関係の辛さを吐露するたびに、葉瑠さんも共感してくれているようで。葉瑠さんからも頻繁にメッセージが届くようになり、わたしたちは日常の些細なこともやりとりするようになっていた。 


 直接連絡を取るようになっても、わたしは相変わらず葉瑠さんの小説の更新を楽しみにしていて、新しい曲ができればそれを聴いた。わたしと葉瑠さんは友達のような関係になっていたけど、それでもわたしはずっと葉瑠さんのファンだった。


 そして、葉瑠さんへの想いは、消えないままだった。


 あるとき、葉瑠さんは『瑠璃色の思い出』という小説を書いて、それとセットになる自分の歌を動画サイトに載せた。


 その内容は、報われない恋を描いたものだった。


 長い間片想いをしていた親友に告白したところ、『ずっと友達でいてほしい』と言われるのだ。なんて残酷な言葉だろうと思った。


 だけど、彼女を大好きな主人公は、その言葉を受け入れてしまう。恋人になれないけど、ずっとそばで友達でい続けることを選ぶのだ。


 それは主人公にとって深い悲しみと苦痛を与えるもので、途中でやけになって結婚したりするシーンでは本当に辛い気持ちになったけれど。


 だけど最後の最後、おばあちゃんになってもそばに居続けるというラストまで読んで、恋人にはなれなかったけど、救いがあるお話で。


 葉瑠さんのSNSでの発信から、それは学生時代の友人との思い出を元にした話だということがわかった。それを知ってわたしは、すぐにわかった。その友人はきっと、深青さんのことなのだろうと。


 今でこそ2人は仲のいい友達をしているけれど、それまでの歴史はもしかしたら、いろいろなことがあったのかもしれない。そんな想像を巡らせる。


 それは彼女にとってすごく辛い経験だっただろうけれど。でも、そんな友達になれるなんていいなと思う。葉瑠さんとそこまでの関係を紡げる深青さんがうらやましかった。


 そして同時にわたしは、あることを思いつくのだった。


 そうだ、恋人になれないのなら、友達になればいいのだ、と。

 それも、一番の親しい友達に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る