第2話

 毎日楽しみに読んでいたシガーキス姉妹百合の連載が終わったのは、まだ少し肌寒い、春になったばかりの頃だった。


 『最終話』と書かれたその次にもまだページがあって、開くとそこには動画サイトへのリンクと、歌詞らしきものが書かれていた。葉瑠さんのお知らせページによると、それはシガーキス姉妹百合のイメージソングというもので、作詞・作曲共に葉瑠さんがおこなっているらしかった。


 わたしはすぐにリンクをクリックして、動画サイトでその曲を再生する。キラキラした冬っぽいイントロから始まるその曲は、今の季節にぴったりで。それに小説の世界観がそこにはしっかりと描かれていた。


 結ばれることが許されない姉妹の切ない恋心が、前半と後半でそれぞれ別のトーンの声によって歌われる。『あと数センチ』、曲の終盤で、シガーキスでしかつながれない2人のハモリがクライマックスを迎える。


 胸がきゅうっとなって。聴き終わる頃には、すっかりその曲の世界観に染まっていた。何より、曲を歌っている声。2人の役を歌い分ける特徴的な声質が、わたしの耳に残った。その声はもちろん、葉瑠さんの声だ。


 わたしはこのとき初めて、葉瑠さんの歌声を聴いたのだけど、気づけばその透き通る声に惹かれてしまっていた。そしてそのせいで、葉瑠さんの小説だけでなく、音楽家としての葉瑠さんにも興味を持つようになってしまったのだ。


 葉瑠さんの書く小説は、ほとんど全てを読んでいた。それであとで気づいたのだけど、葉瑠さんの書く長編小説にはほとんどセットでイメージソングもついていた。


 わたしは小説を読み終わるたびに、葉瑠さんの曲を聴いて、その声に心を躍らせた。

 時には葉瑠さんの声に自分の声を重ねて、曲を口ずさむこともあって。


 葉瑠さんの影響で、わたしまで歌うのが楽しくなってしまう。


 葉瑠さんは小説投稿サイトのほかにSNSもやっているらしかった。だけどわたしは、あえてそちらをフォローすることはしなかった。


 葉瑠さんという人への興味があるのは事実だけど、彼女の日常を下手に知ってしまったら、このドキドキワクワクした、夢みたいな気持ちが冷めてしまうような気がして、怖かったから。


 あくまでわたしは葉瑠さんの小説や音楽のファンなのであって、それ以上でもそれ以下でもない。だから彼女のプライベートを知るつもりなんてなかった。


 だけどそんな気持ちは、簡単に覆されることになった。



 あるとき、葉瑠さんは、小説投稿サイトの近況ブログにこんなことを投稿したのだ。


 『今度ライブをやるので、興味のある方はぜひ! 場所は……』


 思わず、二度見してしまう。こんなの、こんなの……。

 胸に迫ってくる何かを感じて。


 続きを見てみれば、さらにこんなことまで書いてある。


 『私が書いた百合曲のデュエットしてくれる相方、募集してます! 1人で2パートやるのは、さすがに無理……』


 胸がまた、ドキドキするのを感じた。

 頭の中で、葉瑠さんの声が響く。


 ああ、この人と一緒に歌ってみたい。


 そんな思いが湧いてきてしまう。


 もともと音楽は好きだった。歌うのも好きだし、経験はさほど多くはないけれど、楽器も一応、できないこともない。


 ……立候補、しちゃおうかな。


 思い立ったらもう、止まらなかった。

 カレンダーを開いて予定を確認して。職場の人に休みの予約メッセージを送る。


 そうしてわたしは、葉瑠さんのライブに行くことにしたのだった。



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