:第4話 「オレールとファビア」

 王立軍にとって、馬匹というのは重要な牽引手段となっていた。

 近年は機械化が推進され、四輪駆動車のジャンティを始めとして、輸送用のトラック、牽引用のトラクターなど、様々な機械力が導入されてはいる。

 しかし、慢性的な予算不足が、全軍の機械化の妨げとなっていた。


 本来であれば、アランたちが所属する対戦車砲分隊も、自動車の配備を受けていなければならない部隊のひとつだった。

 M三六八七・三十七ミリ対戦車砲・B型は自動車による牽引を前提としてゴムタイヤを装備したタイプであり、毎時四十キロメートル以上での迅速な機動が可能なように作られている。


 ばんえい馬を利用した牽引では、毎時十キロメートルから二十キロメートルが長距離移動では精一杯で、その機動力にはどうしても自動車よりも劣る面がある。


 それでもアランは、馬匹牽引が好きだった。

 機械からは魂を感じることができないが、馬からはそれが感じられ、言葉が通じずともそこに絆があると感じ取ることができるからだ。


 そしてなにより、———かわいらしい。

 今も、ブラシのかけ方を教わったG・Jに背中をブラッシングしてもらいながら、先ほどの怒りようがウソのように愛嬌を振りまいている。

 ブルブル、と心地よさそうにいななきながら、口元をもちょもちょと震わせ、身を委ねている。

 G・Jも楽しそうにブラシをかけてやっていて、その様子はなんとも微笑ましく、少し故郷の家族のことを思い出してしまう。


「本当に、賢い馬だよなぁ……」


 その、オレールという牡馬のことを、アランは感心しきりで眺めていた。


 王国北部出身のばんえい馬で、毛並みは少し黒っぽいまだらの混じった芦毛あしげ

 ガッチリとした四足を持ち、筋骨隆々を絵に描いたような体躯で威風堂々としている。


 去勢のされていない牡馬だったが、大人しく、温和な性格をしている。

 手綱を引いている時、常にこちらの歩みの進め方に気を使ってペースを合わせてくれるし、足元にネズミなどの小動物が走ってきたら歩みを止めて踏まないように注意する。

 優しいのだ。


 さっきは荒々しい姿を見せていたが、その時だって、彼は配慮を欠かさなかった。

 怒りはしたものの、他の馬ならばG・Jのことを後ろ脚で思いきり蹴りつけていたかもしれないのにそういうことをせず、立ち上がって抗議するだけにとどめていたからだ。


 自分は身体が大きく、力が強い。

 だから、そのつもりが無くても容易に周りにあるものを壊したり、傷つけてしまったりする。

 そのことを分かっているのかもしれなかった。


 元来そういう性格をしているから、もう、G・Jのことを怒っていないらしい。

 さっきから実に心地よさそうにブラッシングを受けているし、「その辺をかいてやると喜ぶよ」とアランに教えられたG・Jが背骨の左右の辺りをかいてやると、馬首を曲げてこちらを振り返り、「もっとやって! 」という風に甘えて来る。

 背中には手が届かないから、気持ち良いのだろう。


 すると、その光景を目にしていたのか、オレールの数メートル隣で木につながれていたもう一頭のばんえい馬、ファビアが自己主張するように強めにいなないた。


 こちらは、王国南部出身のばんえい馬で、鹿毛の牝馬。

 オレールよりもやや小柄ではあったが同じくらい力持ちで、そして、非常に気の強い性格をしている。


 セルヴァン上等兵が主に担当している馬だったが、前任者からいろいろ注意をされているらしい。

 気に入らない相手が近くにいると追いかけ回すし、機嫌が悪いと柵を踏み砕いたりもするし、手綱を引いている時も不満があれば小突いて来る。

 だから絶対に機嫌を損ねるな、という話だった。


 多分、G・Jが背後に回り込んだのがオレールではなくファビアの方であったら、タダでは済まなかっただろう。


 だが、かわいらしい一面も持ち合わせていた。

 たとえば、周囲にいる馬がブラッシングをしてもらって心地よさそうにしていると、「私のこともかまいなさいよ! 」というように自己主張してくるところとか。

 あとは、タンポポの花が大好物で、生えている限りはひたすら食べ続けてしまうところとか。


「あ~、はい、はい。わかった、わかりましたよ、お嬢さん」


 一度は休む姿勢に戻っていたセルヴァン上等兵だったが、ファビアの催促さいそくを聞いて、仕方ない、といった風に立ち上がって歩み寄っていく。

 その口調はめんどう臭そうであったが、口元には楽しそうな微笑みが浮かんでいる。


 この二頭が、分隊が保有する輸送力のすべてだった。

 ファビアが対戦車砲を、オレールが弾薬などを満載した運搬車を牽引して、カッポカッポとひづめを鳴らしながら引っ張っていく。

 運んでいるのは兵器であるから、その光景には剣呑けんのんさがあるはずだったが、そこにはどこか牧歌的な雰囲気がある。


 自動車には、こういった愛嬌はなかった。

 走りの良し悪しとか、外見とか、機械には機械の良い所もあったが、アランは幼い頃から一緒に家畜たちと育ったということもあって、やはり馬の方が好きであった。


(寂しいもんだよな……)


 かわいらしく頼もしい相棒たちの姿に和んでいたが、ふと、心に影が差す。


 ———王立陸軍の機械化は、これからも推進されていくだろう。


 馬は心強い相棒であったが、生物だ。

 自動車のようにこれだけ欲しいから早急に作ってくれ、と言っても、急には用意できない。

 生んで、育てて、訓練しなければならないから、年単位の長期的なスパンで考えなければならない。

 だが、機械であれば、生産設備と材料の都合がつけば好きなだけ作ってしまうことができる。


 それだけでなく、人間側の都合で様々な能力を付与することができるのだ。

 もっと速度を出したい、もっとたくさんの荷物を運びたい。

 技術の進展と共に馬匹による輸送と機械による輸送ではその能力差が年々増大しつつあり、限られた予算のためにペースはゆっくりではあったものの、着実に家畜の利用は減り、自動車に頼る度合いが増えている。


 いつかは、ほぼ完全に馬の姿は消え、ガソリンで走り回る武骨な鉄の塊だけになるのだろう。

 王立陸軍で正式な騎兵隊が廃止され、わずかに近衛騎兵連隊が儀仗のために残っているだけとなったように。

 その未来を思うといつも、寂寥感せきりょうかんを覚えてしまう。


 そしてなにより。

 もし、実戦ともなれば、この愛らしい仲間にも容赦なく戦火が降りかかることになるのだ。


(戦争は、嫌だなぁ……)


 少し前に空を飛び去って行った航空機の大編隊のことが、頭をよぎる。

 不吉な予感をさせるその姿が、漠然とした不安を呼び起こし、アランは落ち着かなかった。

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