第13話 教師として
墜ち星は下駄箱を出たところで、男子生徒を襲われている。そしてその手前に澱みがいる。この位置関係だと、澱みを倒さないと墜ち星にたどり着けない。俺はギアを呼び出す。そこに由衣が追いついて来た。
「はぁ…はぁ。まー君!置いて行かないでよ!ってあれ!まー君を保健室に運んだときの!?」
「あぁ、はえ座の墜ち星だ。」
男子生徒を襲っている墜ち星ははえ座だった。…確かにあのときは星力の使いすぎで倒れてしまったため、倒せたかどうかまでは確認できなかった。
しかし「詠唱魔術をあの距離で当てたのに倒せていない」となると墜ち星は不死身なのか?あれでも無理ならどうやって倒せばいいんだ?わからない。やはり情報不足だ。
だがそれはここで戦わないという理由にはならない。俺はプレートを生成し、ギアに入れようとすると由衣が俺からギアを取り外した。
「おい。何をする。」
「だって1つしかないんでしょ?私が墜ち星と戦うから、まー君は澱みをお願い!」
そう言って彼女はプレートを生成し、ギアに入れる。そして時計の12時の箇所に左手を掲げる。そこから、時計回りに一回転したあと両手を握り、肩の高さで構える。…好きに決めろとは言ったが、なぜファイティングポーズを選んだ?
「星鎧生装!」
そう唱え、ギア上部のボタンを押す。すると、ギア中心部から牡羊座が出て…こない。この前と同じくギアはうんともすんとも言わない。彼女はもう一度「星鎧生装!」と唱え、ボタンを押し直す。しかし結果は変わらない。「なんで!」と叫びながらボタンを連打している。
人が襲われている今「星鎧が生成できない」と困ってる場合じゃない。やはり今日も俺が使う方が良さそうだ。由衣からギアを取り返そうとしたとき、澱みが襲いかかってきた。
俺は向かってくる澱みを避けて、殴って吹っ飛ばす。流石に生身だと出力が落ちるのか、澱みは消えない。だが確実にダメージは入ってる。俺は先に襲ってくる澱みを始末する。
一方、由衣は「邪魔しないで!」と叫びながら攻撃を避けて逃げ回ってる。逃げ回ってはいるが、上手く相手の動きを見ながら逃げている。特訓の成果は出ているようだ。しかし、これは助けてやらないと。俺は右手に星力を集中し、由衣を襲っている澱みを殴り飛ばす。由衣を襲っていた澱みは消滅する。
「はぁ…はぁ…。なんでできないの!?」
「今考えることじゃない。とりあえず返せ。お前は他に逃げ遅れた生徒がいないか探せ。そして隠れてろ。」
そう言いながら俺は由衣からギアを取り返す。頬を膨らませて明らか「不満です!」という態度だが構っている場合ではない。
俺はいつもの手順で左手を目の前に持ってきて「星鎧生装」と唱え、星鎧を生成する。
先に少し始末したから残っている澱みは数体程だ。この数なら先にはえ座を生徒から引き離す。俺ははえ座に飛び蹴りを入れる。吹き飛ぶはえ座。俺は着地して振り返り、左手から火の玉を撃ち出す。火の玉は澱みに命中し、消滅する。これで残りははえ座だけだ。
はえ座は突っ込んでくる。しかし、今回は一直線に突っ込んでくる。俺は少し横に避けて、右足で蹴りを入れる。蹴りが入り、もう一度吹き飛ぶはえ座。
前はもう少し強かったはずなんだが…。俺は疑問を覚えるが、楽に倒せるに越したことはない。とりあえず、前と同じく動きを封じて詠唱魔術で仕留めるか。
そう思ったとき、はえ座は既に飛び上がり逃走しようとしている。あの高さには流石に草木魔術は届かない。しかし、逃げられるのはまずい。そろそろ本当に仕留めなければ。だとすると…調整中だがあの魔術を使うしかない。俺は左手を突き出し、言葉を紡ぎ始める。
「我が内の星力。集い集いて」
紡ぎ始めると同時に痛みを感じる。その痛みは左手から始まり、身体の中が焼けるように痛い。当たり前だ。調整中の魔術を詠唱で出力を上げて撃とうとしているのだから。魔力回路が焼けていくのを感じる。
しかし、逃げるはえ座を仕留める方法は今はこれしか思いつかない。俺は痛みに負けずに言葉を紡ぎきる。
「弾と為りて。逃げゆく堕ちた星を逃さぬ光となれ。」
紡ぎ終わると同時に、俺の左手から光が飛んで行く。普段使っている魔弾の威力と追尾性能を上げたものだ。その結果、弾と言うよりはビームみたいになってるが。
俺の場合は攻撃魔術は杖を介して使用したほうが効率が良い。しかし、調整中の不完全な魔術なため杖を介して使用すると不必要に星力を消費してしまう可能性があった。そもそもの話、調整中の魔術を実践で使うなと言う話だが。
俺は調整中で不完全な魔術を使った痛みと脱力感から地面に膝をつく。星鎧は既に消えていた。すると下駄箱から様子をうかがっていたらしい、由衣が俺を心配して出てきた。
「まー君!?大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ。それより、はえ座に当たったか?」
「当たってたよ。」
「その後は?」
「あそこら辺に落ちていった。」
「じゃあ、落ちた場所に行ってくれ。」
「うん。わかった。」
「一応、これを持ってけ。」
俺はギアを取り外し、由衣に渡す。彼女は少し驚きながらも受け取って走り出す。俺も痛む身体に活を入れ、彼女を追いかけた。
☆☆☆
窓から夕日が入る空き教室には、教師を待つ2人の生徒がいた。女子生徒は普通に椅子に座っている。男子生徒は左手をいたわりながら壁にもたれ、地べたに座っていた。
「まー君…大丈夫?まだ痛む?」
「さっきよりはマシだ。」
あの後、はえ座が落下したと思われる場所に行ったがやつはいなかった。場所が違ったのか、とっくに逃げたのか、それとも消滅したのか。どれかはわからない。
とりあえず俺達はタムセンとの話の途中で飛び出してきたため、学校に戻ることにした。鞄も学校に置いてきていたため、取りに行くついでに。
しかし、今までのことを考えると倒せてないと考えていいだろう。墜ち星はどうしたら倒せるのか。やはり、あのときのように確実に殺せるような技を食らわせないと駄目なのか。
今後について考えているとまた由衣が話しかけてくる。
「そうだ!チョコ食べる?」
「なんだ急に。別に…」
いらん。と言う前に彼女の目を見たのが間違いだった。彼女の目は「食べて!」と言わんばかりにキラキラと輝いていた。その目を見てしまった俺は、何故か断ることができなかった。
「…貰う。」
「はい!やっぱり疲れたときには甘いものだよ!」
と手渡されたのは未開封のチョコの小袋。…いや、なんでだ!?こういうのって普通1つ2つだろ!?未開封の小袋ごと渡すやつがいるか!?
俺はその疑問、いやツッコミを抑えれなかった。
「未開封の小袋ごとかよ…!?」
「あれ?嫌だった?」
「…違う。量の問題だ。というかなんで未開封を持ってるんだ。」
「ちょっと安かったからたくさん買ったのと、もしかしたらまー君いるかなぁ……って……。」
俺がいらないと言ったらどうするつもりだったんだ…?まぁ、折角だからありがたくもらっておこう。俺は小袋の封を切り、1つ口にいれる。
それを見た由衣は「そのチョコは夏場でも溶けにくいやつなんだよね〜。これからの時期にぴったりなんだ〜。それにおいしいでしょ?」と嬉しそうに俺に説明をしてくれている。
なんで嬉しそうなんだ…。それが言葉として口から出るよりも先に教室の扉が開いた。
「2人とも待たせてすまない。やはり怪物が出た後の職員会議は長くなってしまって。」
「で、なんですか話って。こっちとしてはもう話すことはないですけど。」
俺は鞄を回収したら帰ろうと思っていた。しかし、職員室に行くと職員会議中でタムセンに「話すことがあるから待っていてくれ。」と言われたので待つことになった。
「さっきはすまなかったな。確かに陰星の言う通りだ。誰かが戦わないと怪物の被害者は増える。もちろんお前達のことも心配だ。しかしそれで大勢の生徒、いや大勢の人に犠牲が出るのは駄目だ。だから俺は、お前たちに協力したいと思う。」
「「え?」」
驚きの発言に俺達は思わず同じ反応をする。強力といったって…普通の人間には何もできないが…。
これは突っ込むべきなのか。いや突っ込むべきだろう。俺は口を開こうとしたそのとき、タムセンからの訂正が入る。
「協力といっても、あれだぞ?教師としてできる事をしてお前たちに協力したいと思う。」
「言葉足らず…。」
「先生として…できること?」
「あぁ。まず他の先生方は俺が説得する。そして怪物との戦いでのある程度の授業の途中抜けや欠席は何とかしてもらうようにする。」
「タムセン凄い!」
「だが、抜けた分は補修を受けてもらうからな。そうしないと不平等だからな。」
「え〜…」
「あと、定期試験は流石にどうにもできんからな。そこは悪いがしっかりと勉強してくれ。」
「ですよね〜…」
「いえ、充分過ぎます。ありがとうございます。」
「他に困ったことがあったら相談してくれ、できる限り力になる。」
ありがたい話だ。最初に呼び出されたときはどうしたものかと思ったが、わかって貰えるだけではなく色々と協力してもらえるとは。星芒高校は普通の高校のだ。だから澱み達の対処と学校生活の兼ね合いをどうするか困ってはいたが、これなら何とかなりそうだ。
俺が安心していると、由衣が喋り始めた。
「えっと…1つ先生にお願いしたいことがあるんですけど…いいですか?」
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