第7話  俺の過ち

「あのさ、今日楽しかったんだ、私。だからまー君もまた…一緒に…。」


 白上 由衣がうつむきながらそう言う。

 彼女はきっと、たくさんの言いたいことを我慢してこう言ったのだろう。

 どれだけ俺が突き放そうとも、彼女は諦めず心配してくれる。友達だと言ってくれる。

 普通なら「いい友達だね。大切にしなよ。」となるだろう。

 しかし、今の俺にはいい友達である彼女が嫌だった。

 これ以上、言葉をかわすと自分の中のなにかが壊れる気がした。

 故に俺はその言葉を最後まで聞きたくなかった。

 だから俺は彼女から逃げることを選んだ。


 俺は小声で自分に認識阻害の詠唱魔術をかける。これで彼女をはじめ、他人から俺の姿が認識できなくなったはずだ。

 まず俺はしゃがんで地面に左手を付き魔法陣を出現させ、言葉を紡ぐ。


 「土よ。生命に安寧を与える土よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、人々を澱みから守る土壁となり給え。」


 今ここにいる星芒高校1年と引率者を土壁で囲う。流石にこのサイズを出して維持するのは辛いが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 次に俺はバスがある方向に跳躍し、壁上に着地する。そしてギアを呼び出し、プレートを差し込み、いつもの手順で左腕で目を隠す。


 「星鎧生装。」


 俺は光りに包まれ、鎧を身に纏う。そして杖を呼び出し、言葉を紡ぐ。


 「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、ここに現れ、人々に害をなそうとする澱みを全て焼き尽くす炎となり給え。」


 杖先にはいつもより少し大きな魔法陣。対象を指定することで、威力を上げた。その分、星力の消費も増えるが今は全員を逃がすことが先決だ。

 俺は杖先を澱みに向けて、炎を放つ。瞬く間に澱みは消滅していく。

 そして、土壁に自分を中心に杖先で2箇所を指定して移動する。そして指定した箇所の間の土壁を消滅させる。

 これでバスまでの道は開けた。あとは全員がバスに逃げ込み、ここを離れれば一件落着だ。その間に俺は少しでも澱みを減らさなければ。


 俺は杖の実体化を解いて、澱みの群れの中に降り立つ。杖がある方が魔術を使うときには色々と楽だが、杖がなくても使えないわけではない。それに、この量なら打撃で直接戦ったほうが速い。俺は澱みを殴り、蹴り、魔術を飛ばし消滅させていく。


 しかし、誰も動こうとしない。「なぜ誰も動かない?」そう思っていたとき、「みんな!バスまで逃げよう!」と叫ぶ声が聞こえた。この声は由衣だ。その声で徐々に動き出す生徒たち。俺は一安心する。全員を守り切るなんて無理なのでさっさと逃げてくれた方がこちらも助かる。

 澱みはまだ半分ほどいる、俺は倒す速度を上げる。


 しばらくするとバスのエンジン音が遠のいていくが聞こえた。どうやらバスはここを去ったらしい。それとほぼ同時に最後の澱みを消滅させる。

 澱みに囲まれたときは焦ったが、なんとかなった事に安心する。

 しかし、なぜこんなところに澱みが大量に出たのだろうか。孔があるわけでもないはずだ。

 と余裕が出来たので眼の前のこと以外を考えていた次の瞬間、悍ましい気配を感じる。

 これは墜ち星のものだが、今までのよりも遥かに黒くて強い気配だ。その気配の主はこちらが見つけるのよりも早く、俺の前に姿を表した。


 「あの人数を守りながら、あの量の澱みを倒してしまうなんて。流石だね。」

 「何者だ、お前。何が目的だ。」

 「質問は1つずつだ。それに、簡単に僕のことを話してしまったらつまらないだろ?山羊座。」


 確かにそう簡単に聞き出せるわけはないか。俺は声の主の方を見る。聞き出せないなら見てわかることから少しでも情報を得なければ。

 見た感じ、墜ち星であることは違いないだろう。しかし、ここまでしっかりと会話できるやつとは初めて出会った。

 そこは今考えても時間の無駄だ。今するべきことはやつが使っている星座を見抜くことだ。体表は鱗に覆われている。へび系の星座かりゅう座辺りか?だが、りゅう座ならもっとゴツいはずだ。手足のに爪はない。りゅう座の手足にしては貧弱すぎる。俺はその推察からへび系の星座に当たりをつける。

 しかし、へび系の星座は3つある。うみへび座の場合は最悪だ。でもまだ情報が足りない。結論は他の能力を見てからにするしかない。とりあえず毒を警戒しないといけないから近距離は避けるべきだ。


 「何が目的だ。」

 「そうだね…。目的ぐらいは話しておこうか。簡単に言うとまぁ…君を殺しに来た。君をこのままにしておくと邪魔になるんだよね。だから、今のうちに殺しておこう…ってね。」


 このままにしておくと。今のうちに。

 つまりこいつは今までの澱みや墜ち星はこいつが仕組んだのか?

 逆にこいつをここで倒せば、これ以上澱みや墜ち星は生まれないということか?

 疑問は増える。しかし、まずは眼の前のこいつを倒さなければならない。難しいことは後で考えればいい。

 俺は気合を入れ直し、右手で杖を生成する。


 「やれるもんならやってみろ。逆にここでお前を倒す。」

 「ふぅん。ま、楽しませてくれよな。」


 墜ち星が距離を詰めてくる。

 勝てるかはわからない。しかし、ハッタリでも何でもいい。俺はやらなければならない。俺が戦わないと誰が戦う。

 まずは様子見として追尾魔弾で迎え撃つ。墜ち星はそれを簡単に手で払い除けて消滅させる。これは不味いかもしれない。

 ひとまず横に移動し距離を取る。墜ち星は俺を追いかけてくる。俺は地面を杖先で1度だけ叩いて土壁を出し、更に距離を取る。墜ち星は土壁の上に立つ。

 ひたすら距離を詰めようとしてくる。ということは遠距離攻撃手段はないのか?俺は疑問を墜ち星に投げる。


 「お前、ただのへび座か?」

 「正解。やけに逃げるね?そんなに毒が怖い?」


 怖いに決まってるだろ。神秘の力で生み出された毒なんて碌なものでないことは間違いない。毒を入れられたら死ぬと思ったほうがいいだろう。ならばやはり、近距離は避けて、俺が得意な中距離で戦う方がいいだろう。

 その一方でうみへび座でないことに一安心する。しかし、へび座もトレミーの48星座ではあるため油断はできない。それなら一気に焼って決着をつけるか。蛇は急激な温度変化が苦手なはずだ。


 俺はあたりを見回す。駐車場の斜面の下には林が見える。林を利用するか。俺は斜面の下に飛び降りる。

 へび座も俺を追って飛び降りてくる。簡単に俺を見失ってくれれば楽なのだが、そうもいかないだろう。ある程度の消耗は覚悟したほうが良さそうだ。俺は走りながら、ひたすらに土壁を出しながら追尾魔弾を撃つ。

 それを繰り返しながら走り回って数分後。林にへび座の声が響く。


 「大口を叩いた割には逃げてばかりじゃないか!?」


 時間と星力はかかったが、どうやら見失ってくれたようだ。ならば次の段階だ。俺は木の枝に飛び乗り、さっき飛び降りた斜面の下を目指す。木の枝を飛び移りながら俺は言葉を紡ぐ。


 「草木よ。この星に循環をもたらす草木よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星となりしヘビの座を縛る枷となり給え。」


 詠唱が終わると同時に斜面の下に到着する。へび座も枝を飛び移る俺の姿を見たのか、こちらに来ている音がする。

 そこで俺は地面に手を当て、魔術を発動する。杖から発動しない魔術は基本対象に手を当てて呪文を詠唱するべきだ。

 しかし、準備を整えてからでははえ座のときのように詠唱からの発動が間に合わない可能性がある。だから俺は詠唱終了後もすぐに発動しない魔術の調整を行っていた。その成果が出たようで何よりだ。

 土壁の向こうから飛び出してくるへび座。しかしそれを周囲の地面から飛び出してきた根が縛る。


 ここまでは上手く行った。俺は斜面を駆け上りながら言葉を紡ぐ。


 「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星となりしヘビの座を浄化する炎となり給え。」


 斜面を登りきり、駐車場に戻ってきた俺は斜面下を向いて杖を構える。そして、杖先から炎を放つ。

 炎は杖先から直線上に伸び、へび座を飲み込む。その勢いは林を焼き尽くしてしまう勢いだ。実際には対象を指定したため、焼き尽くすことはないが流石は詠唱魔術。炎が通った場所は少し黒く焦げていた。

 肝心のへび座は焼け跡に見当たらない。どうやら無事に倒せたようで何よりだ。しかし、こんなにも跡形もなく焼けるだろうか?俺は嫌な予感がして少し見構える。

 そして、その嫌な予感は的中する。


 後ろで何かが砕ける音がした。その音を聞いた俺は振り返りながら、咄嗟に全身に星力を巡らせ衝撃に備える。

 次の瞬間、へび座の手が俺の首にかかっていた。


 「やっとこっちの間合いに入れたよ。それにしても…いやぁ、焦ったよ。まともにあの炎を喰らっていたら僕の負けだっただろうね。」


 何が起きた?

 へび座は確かに焼いたはずだ。

 なのになぜ無事なんだ?

 俺は1つの可能性にたどり着く。


 「もしや…」

 「そう!君が木の根で縛ってくれたおかげで脱出が出来たんだよ!その後は地面に潜ってこの通りって訳さ。」


 草や木は燃える。当たり前の事だ。

 炎が当たればその時点で勝ちだと思っていた俺の負けだ。まさか拘束した根が燃え尽きるまで、耐えられて土の中に逃げられるとは思ってもいなかった。

 ここからどうする。どうすれば逆転できる。考えろ。

 次の瞬間、俺の身を纏う山羊座の鎧が消滅する。


 「何故だ…!?」

 「毒だよ。山羊座、君は僕が反撃に出てからずっと鎧の下を更に魔力で覆い身で守っていたんだろ?そして君は僕の毒を受けないために、毒が入ったら耐毒魔術が発動するようにしていた。つまりは…魔力切れだね。」


 しまった。こいつは俺の首を掴んだその時から少しずつその手から俺に毒を流し込み続けていたようだ。少量だったため、気づかなかったが耐毒魔術が既に発動していた。詠唱魔術を4回。それに無闇に魔術を使いすぎた。

 つまり今の俺には耐毒魔術を発動しながら、星鎧を維持できる星力は俺にはもう残っていない。


 「さて…一思いに首を絞めるか、このまま君の星力が尽きて毒で死ぬまで待つか。どっちがいい?選ばせてあげるよ。」

 「ふざけるな…。どっちもごめんだ…。」


 とは言うものの、俺にはもう選ぶ権利すらない。星鎧を生成するほどの星力はもうない。反撃のための魔術を撃つと耐毒魔術が維持できなくなり毒で死ぬ。

 控えめに言わなくても詰んでいる。諦めかけていたそのとき、俺の身体は凄い勢いで投げられる。そして駐車場のコンクリート斜面に激突する。

 何が起きた?状況が理解できない。しかし、へび座から離れれたということは、これ以上毒を入れられることはないということ。ひとまずは助かったのか?

 

 「気が変わった。山羊座、今から君にとびきりの嫌がらせをすることにするよ。」


 どういうことだ?身体は動かないが無理やり倒れて見える場所を変え、今の状況を探る。

 へび座は駐車場出入り口脇にある茂みに向かって歩いている。そしてその茂みに手を伸ばし、何者かの首を掴む。

 それは、白上 由衣だった。

 まて、なぜいる。バスはとっくにこの場を離れている。まさかあいつ、乗らなかったのか?


 「哀れだねぇ。山羊座が心配だったのかい?」

 「離して!」

 「その軽率な行動のせいで君は今から人間じゃなくなる。」


 へび座の体から黒い靄のようなものが溢れ始める。

 あれは…澱みだ。

 由衣は必死に足をばたつかせて抵抗している。「離して!」という声が虚しく響く。

 へび座は由衣を澱みで汚染するつもりだ。

 もしかして、墜ち星とは人間が澱みに汚染されてなるのか?

 そうなると俺は、由衣を倒さなければならない。


 思い出す、半年ほど前のこと

 まただ。また俺は大切な友を失う。

 こうなるから嫌だったんだ。

 だから2人を突き放したんだ。

 拒絶したんだ。

 関わって欲しくなかったんだ。

 それは、今更関わりたくないからではない。

 大切な友達だから。

 俺から突き放すことで澱みや墜ち星から守れると思った。

 しかし、本当にそうか?

 今までの俺の選択は正しかったのか?

 頭の中に走馬灯のように昔の記憶が駆け巡る。

 そして思い出す、昔の記憶。

 違う。俺は間違っていた。

 特に由衣はどれだけ言っても聞かない性格だった。

 あいつには最初から全てを話して納得させるべきだった。

 いや、これは忘れていたんじゃない。

 意図的に見て見ぬふりをしていたんだ。

 昔のことを思い出すと、懐かしくなると思ったからだ。

 また、2人と仲良くしたいと思ってしまうから。

 でも大事な友達だから巻き込みたくはなかった。

 失いたくなかった。危険なことから遠ざけたかった。

 これは俺の意地が原因だ。

 そう、これは俺の過ちだ。

 1度目の過ちによってできた心の傷がこれ以上深くならないようにと、自己保身に走ったが故の2度目の過ち。


 由衣が黒い靄に包まれ、見えなくなる。


 「さぁ!君の本音、聞かせてみろ。」


 体は動かない。

 毒が体に入ることは防げたが、星力はもう残っていなかった。

 今の俺は普通の高校生と大差なかった。

 あの日からずっと戦うことだけ考え、鍛えてきた。

 その他のことは全て二の次にして。

 しかし、結局俺は何もできない。無力だ。

 あの頃と何も変わっていない。

 大切な友達1人すら守ることすらできない。


 俺は怒りと悲しみと後悔で言葉にならない叫び声をあげることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る