カシスオレンジ

本間和国

出会い

高級ホテルの一室。

中年の男がシャワーを浴びている。

静かな部屋の中、ベットでは女がバスローブをまとい、スマホを触りながら座っている。

彼女は及川涙おいかわるい28歳。

170cm55kg

スレンダーな身体に長い手足。

白い肌。

背中まであるウェーブのかかったライトベージュの髪。

モデルのようなスタイルとは対照的に、くっきり二重に長いまつ毛の大きな瞳、スッとした鼻筋、小さいがぷっくりした唇。

やや童顔の彼女は、今シャワーを浴びているこの男の「愛人」をしている。


男は、竹下年行54歳。会社を経営している。


シャワーを終え、竹下は、涙の隣に座り、彼女を抱きしめ、口づけをする。

涙も、それに、答える。

竹下は涙のバスローブを解き、二人はベットに横たわる。


涙は竹下を愛していない。

それでも彼を受け入れる。

何故かって。

それが彼女のステイタスだからだ。

自分は愛していない男が、自分の事を愛している。たまらなく快感だった。


男は何も無かったようにシャツを着る。

女も髪を直し、お互い無言で部屋を出る。


竹下には妻がいる。

妻はおそらくこの事を、うすうす気づいているが、夫に問い詰める事はしない。

不安が事実だとわかった時に、それを受け入れる覚悟がまだ無いのだろう。

だが、そろそろタイムアウトかもしれない。

もちろん、そうなる前に、別れるつもりだ。

リスクを負ってまで、この愛人関係げーむを楽しむつもりは無い。


少しずつ冬の訪れを感じる、秋の夜道。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おはようございます。」

「おはようございます。」


涙の働くエステサロン

「Lacoco」


美容専門学校を卒業後、このサロンに就職して、今年で8年目になる。

今はチーフを任されている。


「涙ちゃん、あたし今日出張で一日いないから、任せたわよ。今日は、お客様も多いみたいだし。」


オーナーの浅野紗友美さゆみ38歳。

彼女は高校卒業後、保険会社の外交員を経て25歳で起業。

今は近隣の県に3展補エステサロンを経営するバリバリのキャリアウーマンだ。


「わかりました。」


涙は今月の売り上げ目標の確認と、お客様リストに目を通す。


未有みゆちゃん、今日のお一人目のお客様、新規のお客様だから、未有ちゃん担当してみて。あたし隣で見てるから。」

「ほんとですか?」


佐々川未有 20歳。

美容専門学校を卒業したばかりの新人エステティシャンだ。

ずっと見習いで雑用ばかりやっていたが、今日からデビューだ。


「緊張する〜。頑張ります!」

「大丈夫。あたしがちゃんといるから。」


涙は、ポストに入った郵便物を確認する。


「あれ?」


Lacocoの郵便物に混ざって、1階にある美容室の郵便物が混ざっていた。


Lacocoの入るビルは2階にLacoco、1階には美容室「Kirito『キリト』」が入っている。

こちらは、オーナーの夫、浅野高文が経営している。

ブライダルなど業務提携はしているもの、社員同士の交流はあまりなく、社員はお互いの会社の事などは、あまり知らずにいた。


「未有ちゃん、ちょっと下に行ってくるね。」


階段を降りて、Kiritoの前に立つ。時間は9時前で、まだオープンしていないようだ。

仕方ないので、ポストに入れて戻ろうとした時、入り口が開き、中から背の高い若い男が出てきた。








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