昌巳はネックレスを両手で掬い包み込む。


その時昌巳が足元に居ると気付いた怪異は、すぐさま片足を上げた。



「────!」



昌巳はネックレスを守るように身体を丸めた。そんな彼女を怪異は容赦なく足を振り下ろし、踏み潰そうとする………しかし、



パアンッ!!



■■■!?



その足は、まるで強い何かに弾かれた。体勢を崩した怪異は後ろによろける。


そして次の瞬間、怪異の身体にたくさんの穴が空いた。


光の弓矢を再び展開したシャズは矢の威力を上げ、矢を何本も放ち怪異の身体を貫いた。穴だらけになった怪異はそのまま倒れ、今度こそ死んだのだった。


昌巳は身を恐る恐る起こし、怪異が完全に動かなくなったことを確認したあと、ホッとしたのかその場に座り込んだ。



「………貴様」

「あ……シャズさん……!」



昌巳は近寄ってきたシャズに笑みを向けると、両手の中にある十字架のネックレスを差し出した。



「あの、これ、大丈夫でしたよ!」

「あ、ああ……」



シャズは困惑気味な表情を浮かべながら、座り込む昌巳に片膝をついて身を屈め、彼女の手のひらにあるネックレスに目を向けたあと昌巳の顔を見る。



「………なぜ守った?」

「え?」

「貴様にとってこのネックレスは関係の無い物のはずだ。なのに、なぜ身を呈して守った?怪異に踏み潰されてしまうところだったのに」



シャズは分からなかった。他人からしたら何ら普通の十字架のネックレスだ。なのに、なんの躊躇もなく怪異の前に駆け出しネックレスを守った昌巳の行動は理解出来なかったのだ。


そんなシャズの前で、昌巳は口を開いた。



「だってこれ……シャズさんにとって大切なお母さんの形見なんでしょう?」

「!」

「車の中でシャズさんがこのネックレスを見ていた姿、とても優しかったです。だから、ネックレスが地面に落ちたのを見て、すぐ拾わなきゃって身体が………えへへ、無事で本当によかったです。ネックレス、守れてよかった」



「────────」



そう言って苦笑を浮かべる昌巳に、シャズの中で何かが弾けた。






──シャズ、このネックレスを貴方に託すわ



ミーシャが死ぬ前日のこと。

ジャズはベッドに横たわるミーシャからネックレスを渡される。



──このネックレスはね、おじいちゃんがおばあちゃんにあげたものなのよ?おばあちゃんが死ぬ前に、私に託してくれの


──シャズ………もし、心の底から愛する人が現れたら、おじいちゃんのように、その人にこのネックレスを渡しなさい


──だってコレは……愛情を形にした証なのだから……



そう言って優しく笑ったミーシャの姿を、シャズは今思い出したのだった。






「あの……シャズさん?ネックレス返します……」

「………いや、このネックレスは今日から君の物だ」

「えっ?」



シャズはそう言うと、ネックレスを手に取りちぎれたチェーンを外した。そしてスーツのポケットから新しいチェーンを取り出す。


スペア持ってたのか………と昌巳は心の中で呟いた。シャズは新しいチェーンを取り付けると、昌巳の首にネックレスを掛けたのだった。



「あの、これは形見じゃ」

「母は言っていた………愛する人が現れたらこのネックレスをその人にあげるようにと」

「へ?」



目を丸くした昌巳の前で、シャズはサングラスを外す。


ハーリスとアルバートと同じ、澄んだ青色の目が、昌巳を写し込んだのだった。











「おらあっ!!」



ドォン、とライフル銃が響き渡る。



「数で勝てると思ってんのかあ!?ああ!?」



アルバートは襲い掛かってくる怪異をライフル銃で撃ち殺す。

一方ハーリスは、鋭く研がれた大きな剣を振り、怪異を切り倒していく。



「流石に多いな……」

「いい加減この異界のボス怪異見つけてブッ殺した方がいいぜ!それかどこにあるか分からん出口を探すかだ!」

「ああ。だがその前に二人を見つけないとな」



と奥からゾロゾロとやって来る怪異に構える。次の瞬間、ハーリスたちの横にある壁が吹き飛んだ。怪異も二人も動きを止める。



「────やっと見つけたぞ、二人とも」

「シャズ!!」



もうもうと立ち込める煙の中からシャズの声が聞こえてきた。



「シャズ!無事だった、か…………」

「昌巳は!?昌巳は無事…………………え?」



煙が晴れていくと、二人はそこに立っているシャズを見て言葉を途切らせた。


なぜなら………シャズは昌巳をしっかりと横抱きに抱き上げ、サングラスを外していたからである。



「えっと………シャズさん?」

「なんだ」

「なんで昌巳を抱いてるの?」

「シャズさんっ、ボク歩けますよ!?」

「ダメだ昌巳。君にまた何かあったらどうする?私の腕の中に居れば絶対に安全だ」



シャズは蕩けた笑みを浮かべながら昌巳に向かってそう言った。それを見たハーリスとアルバートは顔を見合わせる。



「………シャズ、お前怪異に頭やられたのか?」

「怪異如きに私がやられるわけないだろう」

「じゃあ昌巳降ろせよ」

「拒否する。私の昌巳の安全を確保するまでは決して離さん」

「私のォ!??お前一体どうした!?さっきまで昌巳に対して塩対応だったよなあ!?」

「嗚呼、過去の自分をぶん殴りたい。昌巳、本当にすまなかった。君の素晴らしさと魅力を知らなかったとはいえあんな態度を取ってしまった私を殴って構わないからな?」

「い、イエ、殴リマセン」

「ハーリスうううううッ!!シャズがおかしくなったああああああああ!!!」



あまりのシャズの変わりように、流石のアルバートも怖がってハーリスに泣きついた。ハーリスも、信じられないと言わんばかりの顔でシャズと昌巳を見る。と、昌巳の首に下がっているネックレスを見て目を見開いた。



「(アレは母さんの………ああ、そうか、そう言うことか)」



ハーリスはフッと笑った。



「アルバート、シャズはそのままにしておけ」

「え!?」

「それより、早く異界の出口を探すんだ。昌巳に引き寄せられた怪異がここに集まって来ている。シャズ、昌巳を離すな」

「それより!?」

「分かっている。この命に変えても昌巳は私が必ず守り抜く」

「(え………じゃあつまりボク、このままってこと?)」



シャズの腕の中で、昌巳は固まってしまった。



「いやいや、そのままだとシャズ闘えないじゃん!」

「ふん、両手が塞がっていようと闘えれる」

「昌巳を抱いたまま?お前そんなにひっつき虫だったっけえ!?」

「昌巳限定だ」

「だーかーらー!!お前マジでどうしたんだよ!!しかも昌巳の前でサングラス外してるし!!」

「サングラスを掛けていたら、可愛い昌巳の顔がじっくり見れないだろうが!!」

「うっっっわ今さっき鳥肌立ったわ!今のお前マジでキモイ!!」



昌巳を挟んで口喧嘩を始めた二人。それをハーリスはこんな状況で喧嘩するなと冷めた目で見た。怪異たちも「なんだなんだ?」と二人の喧嘩を眺めている。


その時、シャズたちの背後から大きな足音が響き渡った。



「だいたいなんで昌巳なの!?」

「昌巳を好きになって何が悪い!?」

「その昌巳に超絶塩ぶっかけまくってたくせに!!なあ昌巳、お前シャズのこと好きなのか?!」

「えっ、あ、き、嫌いじゃないです……あの、そんなことよりっ」

「聞いたかアルバート。昌巳は今私に好きだと言ったんだぞ!!」

「え、言ってない」

「嫌いじゃないって言っただけじゃん!!」



ぐしゃりと怪異たちを踏み潰しながら、ソレは現れる。怪異たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から離れて行った。



「おいお前たち──」

「だいたいお前のどこに昌巳に好かれる要素があるんだよ!!」

「ルックスが良い!!」

「俺たち三つ子だから全員ルックス良いわ!!」

「それに今からでも遅くない!!好感度を上げて昌巳と仲を深めゆくゆくは結婚して───」

「今度は妄想し始めた!!お前一回怪異にど突かれて正気になれ!!」

「貴様がど突かれろ!!」

「あの、後ろっ」




■■■■■■■■!!!!




「「うるさいッ!!!」」




雄叫びが響き渡った途端、アルバートとシャズがやっと後ろに居た怪異に振り向いた。

シャズは右手のひらから大きな光の槍を作り、アルバートは足元から巨大な回転式マシンガンを出す。そして………二人に同時に攻撃した。


シャズは昌巳を片腕で器用に抱き直し、光の槍を力の限り投げた。槍は怪異の頭を吹き飛ばし、さらにマシンガンの銃弾が襲い掛かる。


空になった薬莢が地面に落ちる音と激しい銃声が響き渡り………やがて止まった。


巨体だった怪異はもはや原型を留めておらず、哀れな死骸と成り果てた。姿形を満足に認識されずに。それを見た昌巳は、シャズの腕の中で青ざめていた。


すると景色が歪み、次第に倉庫の中へと元に戻っていく。どうやら二人が仕留めた怪異が、四人を異界に招き入れたものだったらしい。


二人のおかげでやっと元の世界に戻ってきた。……………のだが、ハーリスは二人の行為を素直に褒めればいいのか分からず、何とも言えない顔をして立ち尽くしていたのだった。







「昌巳、怪我ねえか?」

「は、はい。大丈夫ですっ」



そのあと倉庫から出た昌巳は、近くに置かれた木箱に座り休んだ。ハーリスは誰かと電話し、アルバートとシャズは昌巳の隣りに立つ。また怪異が襲ってきたら、すぐにでも彼女を守れるように。



「でも…ハーリスさんの言う通りなら、なんでボクを狙ってきたんでしょう?全然心当たりがないんですが……」

「分からん。怪印を持った昌巳を邪魔だと考えた輩か、あるいは別の理由で怪異を差し向けてきたか………」

「怪印持った奴は異端者だって言う昔の思考回路持ったバカも居るしな」

「私の昌巳を狙うなど、相手は相当私に殺されたいらしいな………」

「アーハイハイ」



ハーリスが電話を切って昌巳の元へ戻ってきた。


今回の件と空港の怪異の狙いが自分だと教えられた昌巳は困惑していた。なぜこんな取り柄のない人間を、怪異を使って殺そうとするのか………。



「しかし、昌巳があの異界で無傷だったことは幸運だったな」

「怪異うじゃうじゃ居たのになー」

「あ………ボク、一回大きな怪異に踏み潰されそうになりました」

「はあ!?よく無事だったなお前!!」

「それが…………」

「実は、昌巳を踏み潰そうとした怪異が何かの力によって拒まれ、そのおかげで彼女は無事だったのだ」

「アレ、なんだったんでしょう?」



昌巳は首を傾げた。するとハーリスは笑みを浮かべ、



「それはきっと、君の妹があの時くれたキーホルダーのおかげだな」

「え?」



とショルダーバックに着けられたキーホルダーを指差した。



「そのキーホルダーには、ヒイラギの葉が閉じ込められている」

「ヒイラギ………あ!魔除けか!」

「確かにヒイラギの葉は魔除けとして扱われている」

「そうだ。だがそれだけじゃない。このキーホルダーの裏を見てみろ」



昌巳は言われた通りヒイラギの葉が閉じ込められたガラスの裏側を見る。そこには蛇のようにうねった文字が小さく刻まれていた。しかも、ガラスの表面に少しだけヒビが入っている。



「この文字はヒイラギの魔除けの力をさらに上げる効果と悪しきものを弾く力が込められている。一度そのタイプの魔除け道具を見たことがあるから、見てすぐに分かった。小さいキーホルダーだが、中級程度までの怪異から身を守ってくれる力が込められている。だが永久に守ってくれる物でない。使い続けるとヒビが入り、割れたらその力が消えて無くなってしまうようになっているんだ」

「そ、そんな効果があるキーホルダーだったんですか?」

「ああ。それに、そんな強い魔除けの力を持ったキーホルダーを、小学生の男の子が女の子にプレゼントすると思うか?その上普通の家庭の子供では買えん代物だ」

「………!」

「アレは嘘だろうな。これは、花凜ちゃんが君のために買った魔除けのキーホルダーだ。あの子の性格上、素直に言えれなかったんだろう」



ハーリスは優しく笑う。昌巳はキーホルダーを手に取り、涙を浮かべた。



「帰ったら、花凜ちゃんにお礼を言いなさい」

「はいっ…!」



昌巳は泣きながらキーホルダーを握り締め、ハーリスたちに笑みを向けたのだった。



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