第18話

 チビちゃんが毒キノコを食べてしまったせいで、ゴブリンたちは「この家をなんとかしよう」と本気で考えたようだった。


 ママゴブリンはまだ具合が悪いチビちゃんに付き添っていたけれど、パパゴブリンと他の子たちはせっせと分別してゴミを捨てて、とうとうその日の夕方には家からゴミがなくなった。

 ブロック分けに使った蔓草つるくさは、目印なしで見当がつくようになっていたから、だいぶ前に外してしまっていた。

 広々とした土の床に残っているのは、かまどと機織り機、食器と調理道具。そして、「いる」物を入れた木箱が10個──。


 家の中が広くなっても、ゴブリンたちはもう満足はしなかった。

 訴えるように私を見上げてくる。

 これじゃまだだめなことに自分たちで気がついたんだ。

「大丈夫、明日もまた来るよ。

 今度は物を分類して、ちょうど良く収納していこうね」

 と話したけれど、やっぱり私のことばは通じない。

 う~ん、どうしたらわかってもらえるかな。


 チビちゃんが助かったのは、薬の材料の木の実がすぐに見つかったから。

 そして、それを割って潰すのに適当な石がすぐ手に入ったから。

 それはどちらも、ちい兄ちゃんとちい姉ちゃんが、自分のコレクションとして棚に並べていたおかげ。

 きちんと棚に整理されていたから、ひと目である場所がわかったし、すぐ取り出すことができた。

 大きいお兄ちゃんとお姉ちゃんが水を持ってこれたのもそう。

 水筒が見つかっていたから、すぐに汲んでくることができた。


 片付けっていうのは、つまりそういうこと。

 家の中を美しくすっきり整えるとか、おしゃれにするとか、そういう見た目のことを考える前に、「どこに何があるかわかるようにすること」と「必要な物をすぐ取れるようにすること」の2つを考えるのが先なんだ。

 極論すれば、この2つさえクリアできてるなら、見た目がどんなに散らかっていても構わないってこと。

 ただ、積み上げてあった本や物が地震で崩れて生き埋めになった──なんて事故が実際に起きてるから、安全を考えるのも大事だけどね。

「物を安全に収納する」というのが3つめの条件になるかな。


 さて、ことばが通じないゴブリンたちと、どうやってこの3つを考えていったらいいだろう。

「とりあえず、終業時刻だから帰るね。

 宿題は明日までに考えておくから」

 そう言い残して、私は帰路についた。

 バイバイ、と手を振ると、ゴブリンたちも手を振り返す。

 それが「明日もまた来るよ」の合図のようになっていたから、ゴブリンたちは安心したようだった──。



 翌朝。

 私は前日にホームセンターで買った収納ケースを抱えていった。

 異世界に来たとたん、蓋付きの立派な木箱に変わる。

 蓋がちょうつがいで留められていて、開け閉めできるようになっている。

 これは長持ながもちね。

 昔の衣装ケースだわ。

 ただの蓋付き木箱になると思ったんだけど、予想より良い物に変わってくれて、嬉しくなった。


 長持をひとまず外に置いて、家の中に入っていくと、ゴブリンたちが勢揃いしていた。

 チビちゃんはだいぶ顔色が良くなったけれど、まだママに抱かれていた。

 私はみんなに言った。

「さあ、いよいよ整理していくよ。

『いる』にした物を箱の中から出そう」

 もちろん、そう言ったって通じなかったから、私は木箱の1つをひっくり返した。

 中の物が床の上にざざっとこぼれ出る。

 ゴブリンたちはびっくりした顔をしたけれど、かまわず私は2つめの箱の中身を出した。

 おっと、ここまででけっこうな分量。

 まずこれで分類を始めるのが良さそうね。


 床に広がった物には、私には用途がわからない物もたくさんあったけれど、ひと目でわかるものもあった。

 調理道具や食器のたぐい

 それを拾い集めては、すでにまとめてあった鍋や食器のところへ持っていった。

 次に、大小様々な服を拾ってひとまとめにする。

 服は何枚もあったから、すぐ小さな山ができる。


 そこまできて、ゴブリンたちにも私がやりたいことが伝わった。

 パパとママが何かを相談してから、子どもたちひとりずつに何かを言う。

 すると、子どもたちは物の中から拾い上げては、それぞれ別の場所に置き始めた。

 大きいお兄ちゃんは本や書き付けや地図。

 大きいお姉ちゃんは布や服、首飾りや腕輪といったアクセサリー。

 ちい兄ちゃんは何かの道具。(私には使い道がわからない)

 ちい姉ちゃんは瓶に入った液体や乾燥した木の実。これはどうやら薬らしい。

 ママはチビちゃんを抱きながら子どもたちに指示をして、自分でも布や何かの道具を集めていく。

 パパは食料担当。食料を入れていた壺の横に木箱を置いて、箱の中にも木の実や乾燥した草の実などを入れていく。


 担当が決まれば、作業は早かった。

 あっという間に箱2つ分の分類が終わって、3つめの箱の中身になる。

 すると、「イラナイ」とママが急に言った。

 調理道具を集めた場所から、木のしゃもじを取り上げて家の外へ放り出す。

 同じようなしゃもじが何本も出てきたから、古くてカビが出始めていたものを捨てたんだ。


 そんな光景が他のところでも見られるようになってきた。

 同じジャンルの物を集めるうちに、使い続けるにはちょっと、と思うような古いものや、壊れかけたものが目について、「減らそう」という気持ちになるんだ。

 ママは山になった服を思い切って捨てていた。

 大半がボロボロになっていたし、機織り機がまた使えるようになったから、新しい服を作れる、と考えたんだろう。

 本当に状態の良い服だけを残している。

 服が減ったら、物の量がぐんと減って、その分部屋が広くなったように感じられた。


「キー」

 見て! と言うようにちい兄ちゃんが声を上げた。

 ミントの苗を入れてきた木箱に、金槌かなづち木槌きづち、釘やのこぎりなんかを入れて、得意そうにしている。

 大工道具をまとめて工具箱を作ったんだ。

 てか、金槌かなづちあったのね。

 これが最初から見つかっていたら、薬の実を割るのに、あんなに苦労しなかったよね。

「いいね。

 これで使いたいときにすぐ大工道具が使えるね」

 と親指を立ててみせたら、ちい兄ちゃんも嬉しそうに親指を立てた。

 うん、グッジョブ!


 そんなふうにして、10個の木箱の中身は昼前までに、調理道具と食器、食材、本や紙類、服、アクセサリー、薬類、大工道具、他の何かの道具、機織りの道具と材料……というように、ジャンルごとにまとめられた。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る