第3話 マジカル・パンチャー

 木陰から、目立たないよう公園を覗き込む。

「アレだね〜」

「アレが......敵?」


 公園の中には、ザ・魔物!と言った風貌の生物は見えない。なんなら朝10時頃だから人もほとんどいない。

 強いて言うなら暇そうにしてる男の人が1人いるんだけど、まさか......


「見も知らない男の人を倒せってことなんですか!?」

「身も蓋もないことを言うと〜そういうこと〜。」


 絶句していると、コルパは補足の説明をしてくれた。

 人に取り憑くタイプの魔物がいるらしい。最初はちょっと感情的になるぐらいの影響度だけど、放っておくと体を乗っ取って悪事をし始めるとか。

「例えばコンビニ強盗とかね〜。」

「な、なんて俗物的......」


 対処法は、乗っ取られてる対象を気絶させること。すると本体の魔物が飛び出してくるので、そこを叩くこと、らしい。

 と、そんなことを話していると──


「──誰かそこに居るなッッ!!!」


 鋭い怒声が響いた。

 心臓を突き刺されて縮みあがる。

 この場において、声を出す人物とその対象は絞られる。なぜなら公園には、標的の男とわたし達しかいないから。


 声を出したのは、あの男だ。声をかけられたのは、わたし達だ。


「戦う前に〜コレ!」

 間延びしてるのに素早い口調。

 コルパがなにか手渡してきた。全長45cmほどの、不思議な装飾のついてる棒。

「ステッキ構えて、イメージして、それっぽい呪文唱えれば魔法撃てるからね〜」

 それだけ言って、バサバサと飛び立って行ってしまった。置いてけぼり!?自分だけ安全なとこで!?


「そこから出てこい!見てるのは分かってんだ!!!」

「は、ハイ!!!!!」

 パニックが極まって言いなりになっちゃった!

 木陰から勢いよく飛び出す。

 当然、標的と相対することになる。


「......」

 距離にして約10m。

 静寂が二人を取り囲んでいた。

 男の人は、さして怪しい風貌をしていなかった。驚いた表情を浮かべている。

 まさか薮をつついて魔法少女が出てくるとは思ってなかったのだろう。


「......ぁ」

 対してこちらは焦ってるのか冷静なのかよくわからない。パニックがオーバーフローしてもう一周!


 もしや好機、今がチャンス!?魔法を叩き込むならココ!

 ええいなんとでもなれ......!!!!!

 ステッキを構えて電撃イメージ、呪文は...


「さ、サンダーボルト!!!!!!!!!」


 小学生のときでも技名叫ぶなんてしなかったのに!!!!!!!




 静寂が二人を取り囲んだ。ふたたび。


「......あ、アレ」

 いたたまれなさが急増する。

 男の人の視線が痛い。

 コルパの言った通りにやったんだけど、魔法のマの字も出る気配がない。


「あ、あの。サンダーボルト......お願い、できますか......?」

 試しにもう一回。今度は消え入りそうな声、態度も土下座せんとばかり。

 思いが通じたのか、ステッキはカタカタと震えてこう放った。


MPマジックポイントガ足リマセン。マタノゴ利用ヲオ待チシテマス」


 ──意識が遠くなる音がする。

 急速に世界が遠くなった。

 口から魂がまろび出る。おわりだ。


───────────────────


「ようやく......完全に乗っ取れたぜ」

 ホーシンジョータイでいると、オトコがなんかハナシをしはじめた。

 よくみると、さっきとカオツキがちがうきがする。メがあかくひかってる。


「まさかもう1匹魔法少女が居たとはな。報告には無いが関係無ェ、始末させてもらう!」

 そういってオトコはポケットからケンジューを......拳銃を!?!?!


「わッ!!!!!」

 咄嗟の横っ飛び。それからダン、ダン、ダンと3回乾いた音。

 さっきまでわたしが居た場所を、鉛玉が3発通っていった。


 ──驚愕。それは発砲されたことではなく、己が成した行動について。

 ココからソコまで目測およそ3m、助走なし予備動作なしでわたしがカッ飛んだ距離。

 身体能力が上がってるとは聞いたけど、明らかに人間の限界か、それ以上に達している──


 相手の銃口に視線を向け直す。

 もしこの身体能力がなかったら、あるいは口から魂を出しっぱなしにしてたなら、3発ともこの身体に当たっていただろう。

 つまりは......死!


「死にはしないよ〜」

 頭上からの声。コルパに違いない。

「銃弾ぐらいなら耐えられるよ〜」

 小声で死ぬほど痛いケド、と加えるのを聞き逃さなかった。聞き逃したかった。


 そんなことより、

「魔法出なかったんですけど!?!?!」

「才能がなかったね〜」

 才能あるって前に言ってた!?

「どどっどどど、どどうするの!?!??!!!」

「そりゃ〜、パンチ〜?」

「疑問形ェーーッ!!!!???」


 引き金を引くのが見えた。今度は1発、間をおいてもう1発。

 さっきと同じ要領で飛べば、1発は避けられる!問題はもう1発......

「ぁ......」


 体感時間が極限までスローになる。男の放ったもう1発、その軌跡を読み取れるほどに。

 横っ飛ぶわたしをちょうど捉える軌道、ド頭ちょうどに偏差撃ち。死神の描く直線。


 コルパは銃弾で死にはしないと言っていたが、死ぬほど痛いとも言っていた。

 脳天に喰らえば脳震盪を起こすかもしれない。動けなくなったら結局死んでしまう。絶対に避けなくてはならない。

 でもどうやって?強靭なパワーで動き出したこの体は、生半可なブレーキでは止まらない。切り返すなんてもってのほか。

 今まで十ウン年かけて肌で学んできた物理学がそう言っている。人間の操縦手プレイヤーとして、避けられないと断言できる。


 (──ああ、忘れてた)

 強靭なパワー。それが己の体から生み出されたものであるのなら、

 人間には不可能なブレーキも切り返しも、この魔法少女キャラクターなら可能にできる......!


 ついた片足で、今までとは直角方向に蹴り出した。


「ッ!」

 それだけで、速度はそのままベクトル直角転回。

 死線へと向かうばかりだった体は。男へと向かう軌道、すなわち弾道とすれ違う軌道で走り出す......!


 銃弾が肩をかすめていった。直撃してない、痛くない!

 アドレナリンもどくどく走る。身体だけじゃなくて、動体視力も判断力もいままで感じたことない速さ!

 この勢いでパンチを叩き込んでやる...!


(あと一歩!)


 一足で詰まった5m、男まであと5m。

 体感時間はまだ遅い。

 男の顔に動揺は見られない。むしろこちらの動きを見越している。直線軌道で動くわたしの脳天に、同じく直線の弾道を合わせている......!

 このままでは距離を詰める前に引き金が引かれてしまう。ドタマの直撃は避けなくてはならない。脚を止めてガードする?それとも横に軌道を変えて避ける?


 きっとどれでも勝てはする。だがそれじゃあ満足しきれない!

(最適解は......もっと前へ!)


 このままの速度では引き金を引かれる。ならばもっと加速して、引き金を引かれる前に到達してやればいい。

 ひときわ姿勢が低まった。グッと踏み込んだ脚が、破滅的な加速力を創り出す....!




 視界から男が消えた。

 直後、後方で発砲音が鳴り響く。

 引き金が引かれるより前に、相手の背後に辿り着けたということ。

 同時にそこは、パンチが届く間合いでもある。


「マジカルぅぅぅぅぅ.........」


 体感時間が巻き戻っていく。

 なにせ勝負はもうついた。

 アドレナリンも興醒めだ。

 奴が振り向き始めるその前に、


「パンチャあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 パンチはもう、終わっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る