第1話 白いカラス

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「──と移項することによって文字が消えて──」

 内容は知ってるけど、聞きなれない教師の声が右から左へ流れてく。


 引っ越し当日から転校初日の自己紹介、それから最初の授業に至るまで、本当につつがなく過ぎ去っていってしまった。

 それでいい。感慨を持つ方が疲れてしまう。


 前の学校と学習進度にズレがあるらしくて、今はまだ暇していられそうだった。

 なんとはなしに窓の外に視線を向ける。


 ここは日本近海、第4海上都市・ハイドロポリス。

 入島前の印象通り、本土と大して変わったところはなかった。

 窓からの景色なんてまさにそう。

 冴えないわたしの顔が映って、その向こうに学校のグラウンドが透ける。

 遠巻いて、家々建物。

 上にあがって、電柱。

 そこに佇む、白いカラス。

 広くて青い空。

 本土でもありふれた、変わり映えのない景色......


「......白?」

 ──遠い電柱の更に上。雲と見紛うような位置に、白いカラスが佇んでいるように見えた。

 少なくともわたしの人生で、白いカラスなんてのは見たことがない。

 しかもこちらと目が合った、ように見えた。

 瞬間、嫌な予感が背筋を走り抜ける。


 ......?そんなはずはない。距離が遠すぎてカラスかどうかなんて全然判別つかない。視線の向きなんてもってのほかだ。けど確かに、今わたしはと、と認識させられている。まるで催眠をかけられたかのよう。


 吸い込まれそうだ。視線が外せない。体が動かない。汗かいてきたかも。背筋の悪寒だけが元気に動き回っている。


 カラスが口を開けるのが見えた。

 ──見えるはずがない。

 何かを喋っているようだ。

 ──喋るはずがない。

 声は聞こえなかったが、何を言っているのかは分かった。

 ──分かるはずがない。



 キ、ミ、ヲ、ム、カ、エ、ニ.........



 キーン、コーン、カーン、コーン。

「起立!気を付け!礼!」

 割り込んできた、無機質な音としゃっきりした声。

はっと意識が教室に戻された。

 授業が終わった、らしい。


 視線を窓に戻す。例のカラスはもういなかった。

 夢だったのか。夢であって欲しいかも。嫌な感じが、まだ背骨らへんに残ってる......


「玄河さん大丈夫?」

「うぁっ!?」


 またもやしゃっきりとした声。

 対照的な自分の情けない声

 前の席の子──確か赤羽あかばねさんだったかな、クラスの中心っぽい子──が、心配そうな顔で振り返っていた。


「ぅ、うん、大丈夫。その......トイレ行ってくるから」

「? そう」

 転校初日で寝ぼけてて、白いカラスが喋りかけてくる夢を見たんです......なんて言えない。

 懐疑の視線を避けるように、席からそそくさと立ち去った。


 トイレに向かうそのさなか。

 背筋に残ったままの悪寒が、そのまま脳に遷移する。

 そしてこう嘯いてる気がしてやまない。


『あのカラスとは、そう遠くない内に再開するだろう』と──


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「『そう遠くない内』って今!?!?!!!」

 個室内にツッコミがコダマする。

 見上げた先、白いカラスが首を傾げていた。



 ──状況を説明しよう。

 時はさっきからおよそ2分後、場所は女子トイレの右いちばん奥の個室。

 さっきの一件──白いカラスの白昼夢──がどうしても引っかかるので、スマホでも弄って気分を変えよう、とトイレに駆け込んだわたし。

 トビラも閉めて、フタを開けずにベンキに座り、スマホを起動してさあフレーム表でも見て落ち着こう......

 としたその瞬間、

 上から影が落ちてきた。


「やっほ〜」

 見上げれば、個室の壁の上!白いカラスがやっほって!!!!


「うぁーーー!!!!?!!!夢じゃないんだけど!??!」

 それからツッコミを入れるに至る。説明おわり。


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「さっきマジカルテレパシーで言わなかった〜?キミヲムカエニイクヨ、ニフンゴ、トイレ。って〜」

 キ、ミ、ヲ......ってアレのことだろうか

 チャイムに後半かき消されとる......!


「し、しりませんしりません!!!」

 慌てた返答に、それはキミの責任だな〜とのんびり返すカラス。

 早鐘の心臓と共に、疑問も湧いては消えて高速回転。喋るカラスってなんだ!?マジカルテレパシーってなんだ!?なんで2分後のトイレを指定してるんだ!?わたしは一体どうなるの!?


 あっ、となって慌てて口を塞ぐ。

 押し黙ったせいで、自分の心音がはっきり聞こえた。

 ここは女子トイレ、他の生徒も勿論利用するわけで。

 もし今の声が誰かに聞かれてて、あの子ってトイレでひとりツッコミかましてるらしいよ、しかもスマホで変な音声聞いてる、なんて噂が広まった暁にはもう学校生活はおしまいだ。

 友達を作る気なんてさらさらないけれど、孤立疎外されるのは御免蒙り!


「ああ、声なら抑える必要はないよ〜。

 ボクがマジカル人除けバリアーを貼っておいたから〜」


 よっぽど強い意志がないと入ってこれない、と加える白カラス。

 強い便意で突破されないかなそれ......!?


「オホン!本題に入ろっか〜」


 見下ろし体勢だったカラスが、今度はわたしの膝の上に降りてきた。

 口を抑えたままそれを見守ることしかできない。でないと心臓がこぼれてしまいそう。

 とっくに正常な判断力を有さない脳ミソが、ありえない心配を浮かべ始める。ああ、キミをシソの葉はさみ揚げにしに来たんだ、なんて言われたらどうしよう.......


「ボクの名前はコルパ!キミを〜......

 キラキラの魔法少女にしに来たんだ!」

「な、なんて!?」

 心臓のかわりに変な声がおっこちた。


「ま、魔法少女!?ささみシソの葉はさみ揚げじゃなくて!?」

「キミの鼓膜はどうなってるの〜」


 疑うべきは鼓膜よりも頭かも。

 しかして真実はひとつ。

「もっかい言うね。キミを、キラキラの、魔法少女にしに来たんだ〜」


 間延びした声は、聞き逃しのしようがなかった。

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