第4話 村の安全のための魔道具を作る

 現在の教皇は史上初の女性教皇である。少女時代に祈りをして、悪竜をひれ伏せたり、津波を食い止めたりしたという逸話があるほどの、力を持っている。一方、ウェンダルは魔道具職人でしかない。腕は立つ。魔法も使える。しかし、実力も、権力も、女性教皇の方が圧倒的に上で……勝ち目というものはなかった。


「あ……」


 恐怖のあまり、ウェンダルの口が上手く開かず、声すら消えてしまう。


「何もしとらんのになぁ。これも誤解という奴かねぇ」


 ウェンダルとダンを見た教皇はため息と吐く。


「確かに神聖教は遠征をして、いくつもの国を滅ぼした歴史を持つ。聖水の厳重な管理もあるだろうね。けれどね。かつて聖水は色々な組織で作られたんだよ。だからほとんどの神聖教の者は新しい手法の聖水を批判したりはしないし、外交問題に持ってくつもりはないんだよ」


 教皇の発言を聞いた、ウェンダルとダンは身体から力が抜け、倒れ込むような姿勢になる。


「寧ろねぇ。色々なレベルのものが流通して欲しいと願う神父が多い。我々が作る聖水は時間がかかって、作製者の負担が大きい。それに効果が強過ぎるからこそのデメリットもある。かと言って、開発する暇はない。そもそも光の神から力をお借りして、安寧の場所を作り、悪しき者を鎮めることが主だからね」


 教皇は地面で胡坐をかく。


「旅人は職人であると見た。少し手伝ってくれないか。ここはどうも……防衛が薄いからねぇ。今回は我々に侵入した悪しき者を捕まえるために来ただけで、二度目はないようなものだ。ある程度……備えた方が良いだろう?」


 赤髪のデリーが戻って来た。


「教皇様! 村民のみなさんは無事に回復いたしました!」

「ご苦労。次は結界を貼る。デリー。いくつかの石を土に埋めて来い。準備が終わり次第、私が術を行使する」


 教皇は黄色の石をデリーに渡す。


「承知しました!」


 元気よく、デリーは駆け始めた。エネルギッシュを持ち、力強く、地面を蹴っていた。


「教皇様、結界だけで十分機能するのでは。かの有名な防御壁ですよね?」


 旅をしているだけあって、ダンは神聖教をよく知っていた。教皇は服装で即座にダンの出身地を把握する。


「中央の者か。いや。それだけでは足りぬよ。木で囲まれただけの農村だからね。火を放つ奴がいる可能性もある。警戒の目になるようなもの。農民に報せる仕組み。そういったものが欲しいね」


 ウェンダルはようやく立ち上がる。仕事は誰だろうと関係ない。いつも通りに魔道具を作る。それがいつもの職人としてのウェンダルである。


「なら今すぐに取り掛かります。報せる仕組みはすぐ終わらせます」


 ウェンダルは腰のポーチから鈴を五つほど出す。硝子の破片も出している。羽根ペンを持ち、何かを書く仕草をする。


「地面とか建物の下とか。色々なところに置いてくれないか。こちらは別の物を用意する」


 商売人が鈴やガラスの破片をどこかに置いている間、職人は魔法糸という魔力が籠っている糸を出す。


「終わったぜ」


 息切れをしているダンにウェンダルは感謝を伝える。


「ありがとう」


 吸って。吐いて。ウェンダルは詠唱をする。


「風に乗り、結ばれて、繋がっていく。その話は少しずつ知れ渡り、音が鳴り響く」


 魔法の糸がキラキラと輝き、どこかに飛んでいく。いくつもの糸が転々と結んで、別のところに向かう。


「幻想的なものだな」

「これでも小さい方ですよ。設置の数が少ないので」


 ウェンダルは固い声で教皇に解説を入れた。


「それでも幻想的であることには変わらない」


 教皇は穏やかな顔をウェンダルに見せる。


「見てごらん。子供達の目が輝いて、はしゃいでおる」


 農村の子供が遊び始めた。ウェンダルは子供達を眺めながら、農村の家に向かう。農作業を再開しようとしているおじさんに声をかける。


「すみません。少し分けてもらいたいものがあるのですが」


 質素な服のおじさんは慣れたように答える。


「あーはい。藁だね。それで何を使うのだね?」

「人形を作ります。流石にこの村のを使うわけにはいかないので」

「いーよ」


 あっさりと藁の人形の使用許可を貰い、ウェンダルは瞬きを何度もする。


「役に立つものを作るのだろ? それならいいさ」

「分かりました。ありがたくいただきます」


 藁で作られた人形は畑に存在している。案山子と同じように、畑を守る役割を持つ。ウェンダルはその人形の中に精霊結晶を入れる。また、水晶玉を頭部に入れる。地味だが、魔法を使う作業があるため、夕暮れになっていた。


「ありがとうございます。職人様。あなたは私達の命の恩人です」


 静かに礼を言ったご老人に、ウェンダルは頬をかく。


「食事をして、身体を休ませて、旅を楽しんでもらえればと思います」

「……ありがたくいただきます」


 ウェンダルはただいつものことをしただけだ。それでも何かがあったのか、頬が少しだけ緩んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る