美少女フィギュアのお医者さんは青春を治せるか【大増量試し読み】 #第30回電撃小説大賞

芝宮青十/電撃文庫

プロローグ

「私の子供を作ってよ、黒松くん」


 春夕焼の茜色で包まれた、進級したばかりの教室で、黒松治は懇願される。

 クラスメイトによる昼間の喧騒は、いまはない。

 二人きり。静やかな空間に放たれた少女の声は、間違いなく治に向けられたもので。

 鼓膜が揺れ、脳が揺れ。なんてことを自分に頼むのだろうと、心が揺れる。


「黒松くんにはその力がある。だから、お願い」


 頼られるのは嫌いではなかった。自分が持ち合わせた小さな才芸で誰かに喜んでもらえるのならばと、かつては幾度となく精を出した。

 ……けれど、いまとなっては、もう。


「お礼だって、当然するよ」


 上目遣い気味に乞う少女の顔を、治は見つめる。見つめ続けるしかなかった。

 視線を外してしまえば、また瞳に映してしまうから。

 白衣に袖を通したかのように白い少女の素肌と、僅かにその身体を隠す白い布地を。

 男として素直にこの状況を楽しめたならどれほど楽か。

 自分はそういう人間なのだと、自ら周囲に示してきたというのに。

 学校一の美少女の下着姿での願いごとに、ただ首から上を茹で蛸のようにするばかりで。


「私の病気を治せるのは、きっと黒松くんしかいないんだよ」


 一方、少女の表情は羞恥からは程遠く。

 同級生の男子に半裸を晒して平然としているなど、確かに普通ではないと思った。


「……いい加減、服着ろよ。じゃないと……違う子作りをしたくなっちまうだろ」


 平静を取り戻すべく、治は下品なことを口にする。いつものように。

 この少女にも軽蔑されてしまえば、厄介事から逃れられると踏んで。


「大体、病気を治すってなんだよ。俺は医者じゃねーよ。それは未来のお前だろ、院長」

「なら、黒松くんが作ってくれるフィギュアが、私のお医者さんだよ」


 目論見は外れた。まるで理解できない理論を展開し、少女の口元に笑みが広がっていく。

 いま目の前にいるのは本当に、全校生徒の憧れの的、あの今上月子だというのか。

 失望感で眩暈がしてくる。同時に――心臓が懐かしい拍動を刻み出した気がした。

 否応なく激しくなる脈。原因は月子の身体を見たからだと、そう思い込むことにした。


 月はいつでも、誰に対しても、同じ面を向けている。

 その裏側を地球の民に見せることは、決してない。

 秘められし裏の姿を知っているのは、世界を創作した神様くらいだろう。――が。

 黒松治は、今日、初めて今上月子の裏面を知る人間となる。

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