第13話 羨望の的


 私の前世の名は、ルセト・ヴィシヌ・グランスト。


 私はかつて、とある一国の頂点に君臨していた。玉座に座るその姿は、おそらく謁見した誰もが羨んだであろう。


 玉座というのは、国で一人しか座ることが許されぬものだからな。


 私に拝する配下たちの眼には、羨望や畏怖だけでなく、私になんとしてでも取り入ろうとする糸のような欲望も垣間見えた。


 だが、一国の王というのは、当たり前だが良いことばかりではない。その両肩に圧し掛かる重圧や葛藤もまた、聳え立つ山の如く大きいのだ。


 各地の領主ら、重鎮からは、私の施行しようとする政策に対してそれで本当に良いのですかと詰め寄られ、些細なミスであっても王として相応しくないと修正を求められた。


 国のためにはイエスマンばかり置くわけにもいかず、彼らの厳しい意見にも耳を傾けなければならぬ。


 ここから逃げ出したい。自由になりたい、楽になりたいと何度願ったことか。


 そもそも、私は王になどなりたくはなかった。幼少期から、王になるための学業に専念させられた。


 鳥になる夢を何度も見たが、私はあくまでも普通の人間として生きたかった。平凡な人として生き、誰かと恋に落ち、平凡な人生を歩みたかったのだ。


 だが、皇太子としての立場がそれを許さなかった。骨を折ろうが血を吐こうが逃げるわけにはいかなかったのだ。


 そんな私を最も苦しめたのが、大賢者と呼ばれた男、リヒテルだ。


 あやつの存在は、私をこれでもかと追い詰めることになった。


 勇者パーティーの一人であったあの男は、その驚異的な魔法力により魔王をほぼ単独で討伐してみせた。


 重鎮らは挙ってリヒテルを危険視し、反乱を起こされる前に直ちに捕縛し、処刑するべきだと訴えた。


 これは危険な賭けであり、慎重になるべきだと感じた私は反対したが、賛成派の声に押し切られて王命を出す格好となった。


 その後、勇者たちを返り討ちにしたリヒテルは、堂々と謁見の間まで参上し、首元にナイフを突きつけてきた。


『次はない』


 王に対して、なんの感情も籠っていない口調でそう言い残して立ち去った。


 私は、生まれて初めてこの上ない屈辱を味わった。あの男の前では、王であるはずの自分がちっぽけな一人の人間であることを悟ったのだ。


 私は自分の存在を疑った。今まで一体なんのために生きていたのだ。人並の幸せを捨て、人の上に立つ者として生きてきたこの人生はなんだったのだ。紙くず同然だったのかと自問自答したのだ。


 皮肉にも、私はその件もあって普通の人間として生きたいとさらに強く願うこととなった。


 その願いが、こうして遥かな時を超えて叶った以上、私にとって、大賢者リヒテルは仇敵であったが、見方を変えれば恩人でもあったということなのだろう。


「大賢者リヒテルよ……筆舌に尽くしがたい激情も味わったが、お主には感謝している。あのとき首にあてがわれた刃の冷たさは、今でも鮮明に覚えておるぞ」


「……執念深いですね、王様」


「何を申すか。その執着心こそが一国の王たる所以であろう」


「確かに……」


 私たちはまたしても笑い合った。あれだけ憎んでいたのが、まるで夢幻であるかのようだ。立場というものが人や関係性を作るのだと私は痛感させられた。立場が違えば、敵ではなく友になっていたのかもしれぬな……。

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