第2話 赤子と刃物


「…………」


 ふと目覚めた俺は、自身の手をじっと見つめる。これはどう見ても赤ん坊の手だ。そうか……本当に転生できたんだな。


 これでいつでも死ねると思うと感慨深かった。いや、転生してすぐこんなことを考えるやつは俺くらいかもしれないが。


 さて。いつ死んでも後悔はないとはいえ、自分がどこの誰の子として転生したのか、まずはそれが気になるところだ。


 というか、なんだか異様に気分が悪いし眠いので、またひと眠りするとしよう……。


「――う……?」


 俺が次に目覚めたとき、見上げると目つきの鋭い女がいたので心臓が止まるかと思った。耳の長さや服装を見ると彼女はエルフでメイドなのがわかる。なんだか、やたらと怖い顔をしていた。


 それも尋常じゃない様子。まさか、俺はこれから殺されるのか……? まあ、望まれずに殺される赤子なんてよくある話だし、殺すつもりならそれでも構わないんだけどな。


 そもそも、俺は命を絶つために転生したのだから、自力でなくともあの世へ行けるのなら本望だ。だが、いつまで経っても彼女は何もしてこなかった。ためらってるんだろうか。


「この子はまだ赤ちゃんだというのに、どうしてこんな酷いことができるんでしょう……。申し訳ありません、アイズ様。私がちょっと目を離した隙に……」


「…………」


 アイズというのは、どうやら俺の名前っぽいな。俺が何か酷いことをされたと思ってるらしく、メイドは泣いているようだった。この時点じゃまだ判断できないが、悪人ってわけでもなさそうだ。


 現時点だと色々と不明な点も多いが、きっとこれから徐々に判明していくのだろう。そう願いながら、俺はまたしても眠りに落ちるのだった。




 転生した俺の自我が目覚めてから数か月が経った。


 俺は具合が悪くて寝込むことが度々あったんだが、あのメイドによく世話をされるようになってからというもの、見る見る回復していくのがわかった。


 そして、この家がどういう場所なのかも少しずつだが理解し始めていた。


 俺はこの通りまだ赤ん坊だが、1万年以上生きた前世の記憶があるからか、大抵のことについてはなんとなく想像がつくっていうのもあるのかもしれない。


 ここはランパード家といって、準男爵の家なんだそうだ。長らく平民だったが、幾人もの高名な剣士を輩出したことにより位が上がったのだという。


 準男爵っていうのは、貴族の中で最下級である男爵のさらに下の身分であり、平民ではないが正式な貴族でもないという、よくわからない立ち位置にある階級だ。


 それでも、王様が戦果を挙げた平民に与える身分としてはちょうどいいし、何よりも平民を容易に格上げすることに反対する貴族の不満を抑える狙いもあるんだとか。


 当然、平民ではないので準男爵にも土地をお裾分けするのだが、地方の僻地が切り分けられる。ここは確かに広いが庭といい、屋敷の様相といい、お世辞にも綺麗だとはいえなかった。不毛の土地と呼ばれるのもわかるくらい、植物がよく枯れてしまうのだ。


 その上、ここで仕事をしているメイドたちが不穏すぎる。


 彼女たちはろくに掃除をせずにサボってばかりだし、やる気を感じないどころか、俺に向かって愚痴や殺気を浴びせてくるメイドまでいた。


 たった一人のエルフのメイドを除いては。彼女は、俺のことを他のメイドには任せられないと思ったのか、あの日から積極的に世話をしてくれるようになった。


 その子についてはともかく、俺が何故そんな風に扱われているのかというと、どうやら今世における俺の実の両親はとっくに亡くなっているらしい。父は剣豪とまで呼ばれていたが数年前に戦地で討ち死にし、母は最近になって病死したんだとか。


 んで、父の弟、つまり叔父さんのジョルクとその愛人のエオルカがこのランパード家を牛耳ってるってわけだ。正妻がどこにいるかは不明だが、姿を見かけないことから、おそらくジョルクとエオルカによって追い出されたんだろう。


 ジョルクは根っからの遊び人で、いつも夜遅くに酔っ払って帰ってくる。ギャンブルで勝ったときはいいが、負けたときは周囲に当たり散らしていた。ベッドを蹴られて俺が転落したこともある。あのときは本当に痛かったが、俺は受け身を取ったのでなんとか無事だった。


 その妾のエオルカは一見するととても物静かな女性で、人前では礼儀正しいものの、周囲に誰もいないと豹変して、まだ赤ん坊の俺の首に刃物を当ててきたこともある。


 どうしてわたくしには子供ができないんですか? それはきっと下種であるあなたのせいです、だって。そんなの俺が知るわけもないし、赤子の俺のせいにされてもな。


 この家の子息は俺しかいないってことで、さすがに跡継ぎのことを考えれば本気で殺す気はないんじゃないかとも思ったが、どうにも様子が違った。


「ようこそ、アレク。今日からここがあなたの家ですよ!」


「ここが……僕の家……」


 エオルカが養子として、3歳くらいの少年アレクをうちに連れてきたのだ。この家には既に俺がいるのにもかかわらず、だ。


 このアレクっていうのは、どうやらエオルカの妹の子らしくて、妹が亡くなったことで自分の養子としてここへ連れてきたんだとか。

 

 まあ、貴族の跡継ぎなら何人いても困らないってことだろうが、それにしても露骨すぎる。


「あれ、母上。あそこになんかいるけど」


「ああ、あれについては跡継ぎであるあなたの愚弟にすぎませんから、何も気にしなくていいですよ」


「ふーん。僕の愚弟かあ」


「はい。とても愚かな弟ですから、何をしてもいいですよ。メイドよりも下の身分、すなわち奴隷として扱っても構いません」


「…………」


 こいつら、俺を奴隷にって……正気なのか? しかも、なんか俺に向かって凄く悪そうな顔をしてきた。おいおい、俺はまだ赤ん坊なんだぞ。親子揃って怖すぎ……。

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