第15話 アメジスト(3)

 1年1組の教室を出たわたしは、アメジストの手を引っ張りながら目的地へと移動する。


「どこに行くつもりですの」


 アメジストの質問に、


「セシリアちゃんのところ」


 そう返すと、彼女は身体を強張らせて立ち止まった。っていうかわたし、さっきそういったよね。


「通行証ないと困るでしょ」


 セシリアちゃんの学園内通行証は、わたしと繋がっていない方のアメジストの手の中にある。


「届けてあげるの。それだけ。なくしたと思って、困ってるかもしれないでしょ?」


 うつむいて廊下を見るアメジストの手を引っ張ると、


「やはりあなたも、そうやってわたくしを責めるのですね」


 彼女は腕を振って、わたしとの繋がりと解こうとした。


 責める? なに言ってんだこいつ。

 ……あー、そういうこと? アメジストたんは、罪悪感でいっぱいでちゅか?

 わたしのなんでもない言葉を深読みして、勘違いしてるってわけね。どこをどう深読みしたのかしらないけど。


「あんた可愛いね。いい子だっ!」


「なんですかそれ、バカにしてますの!?」


「反省してるんでしょ? ならいい子じゃん。頭ナデナデしてあげよっか?」


 ふてくされ顔をするアメジスト。いや、なにこれ。めっちゃ可愛いんですけど。


「クラスメイトが大切な物をなくしたら大変、届けてあげなくちゃ。あなたはそう思ってるんでしょ? 違う?」


 その問いから数秒間の沈黙のあと、


「……違い、ませんわ」


 アメジストはわたしの顔を見て答えた。

 うん、だよね。


「じゃあ行こうよ?」


 わたしたちの足は、目的地に向けて歩みを再開させる。なにも言わないアメジストを引っ張りって向かう先は、学園祭実行本部だ。

 きっとセシリアちゃんは、そこにいるはずだから。


     ◇


 学園祭の準備期間中、セシリアちゃんは学園祭実行委員をしているリアム王子のお手伝いで忙しい。

 なぜそうなったのかは、「学園祭前の分岐選択」で彼女が「リアムのお手伝い」を選んだから。

 学園祭前までに彼のセシリアちゃんに対する好感度がある程度ないと選択肢せんたくしが現れないから、この状況は「ふたりの仲」が確実に進んでいる証拠だ。


 この時間、セシリアちゃんは「学園祭実行本部」にいるはず。

 学園祭実行本部は校舎と校庭の間に学園祭期間にだけ設置されている施設で、学園祭が終われば撤去てっきょされるテントのような作りだけど、普通のテントじゃなくて結構立派で大きいの。

 思った通りに、


「あっ、いた。セシリアちゃ~んっ!」


 彼女の姿は学園祭実行本部にあった。

 声が届いたのか、彼女は小首を傾けてふわっと微笑みをくれる。そして、小さくおててフリフリだ。

 うん。可愛いっ♡ でもそうじゃない。


 わたしとセシリアちゃんとは、もう友だちになった。攻略対象の男子たちと仲良くしている彼女も「女子世界ではぼっち」だったらしく、「女の子のお友だちがふたりもできた」とめっちゃ喜んでた。

 そのふたりというのは、わたしとルルルラ。ルルルラは強制的に「お友だち認定」されて戸惑とまどってたけど、嫌ではなかったみたい。ニヤけ顔してたから。


「行くよ、アメジスト」


 わたしは繋がれたままの、彼女の手を引っ張っぱる。


「なぜ呼び捨てですの」


 なぜと言われてましても、自然と呼び捨てにしちゃってた。


「いいでしょ別に、友だちなんだから。あっ、アメジストもわたしをマルタって呼び捨てにしてね」


 わたしはあなたの友だちですと宣言せんげんしてもらえると、安心できるでしょ?

 前世のわたしもそうだったよ。曖昧あいまいなのはこわいよね。失敗したくないもんね。

 この子は、自分から他人に近づくのが苦手だ。前世のわたしと同じ人見知り。

 今世のわたしは前世分の経験があるからか、今世の両親の影響か、あまり人見知りはしなくなった。


「強引ですのね……マルタは」


 いいね。ちゃんと呼び捨てだ。


「でも、イヤじゃないでしょ?」


 しってるよ。あなたって本当は、女の子同士で仲良くするの大好きだもんね。だけど侯爵令嬢で王太子の血の繋がらない姪っ子という高い身分だから、気安く接してくれるおんなともだちがいないんだよね。

 だから憧れてる。「こういう関係」に。

 にんまり笑顔を向けたわたしに、


「はい、はい」


 彼女は嬉しさを隠しきれない顔で、仕方なさそうなフリで答える。ツンデ令嬢れいじょうですな。

 わたしたちは女子じょしともらしく手を繋いだまま、セシリアちゃんに近づいた。


「どうしたの? マルタちゃん」


 親しげにわたしの名を呼びながらも、彼女の視線はもう一人へと向けられている。

 アメジストのことはクラスメイトなんだからしっているはずだけど、なぜわたしと手を繋いでいるかわからないんだろう。

 アメジストは、強引にわたしの手をふりほどき、


「これ、忘れておりましたわよ。大切なものではなくて?」


 もう片方に持った通行証をさし出した。

 セシリアちゃんはぽかーんとした顔のあと、制服のスカートのポケットに手を入れガソゴソして、


「はわわぁっ!」


 面白い鳴き声をあげた。そういえばこの奇声、〈ゲーム〉でもあったな。主人公は声なかったからわからなかったけど、こんな感じだったんだね。


「机の上に忘れてたんだって。気づいてなかったの?」


 セシリアちゃんはわたし、そしてアメジストに視線を向けて、


「あっ、はい」


 照れ笑い。

 うん、やっぱ可愛いなこの子。こうしていると、2年もしないうちに魔王と対決する聖女とは思えない。

 アメジストから通行証を受け取り、


「ありがとうございます。ロロハーヴェルさま」


 彼女は丁寧にお辞儀じぎをした。

 固まっているアメジストの背中を、わたしが押すようにして叩くと、


「ア、アメジストでよろしい、ですわ。ガーノン……いえ、セシリアさん」


 高い音色の声で言った。


「はい。アメジストさま」


 嬉しそうな顔と声で応えるセシリアちゃんに、アメジストは、


「ちゃんで、よろしいです。マルタと同じようにお呼びくださいな」


 照れた顔でつげる。


 でもこれにはセリシアちゃん、困ったような曖昧あいまいな顔をした。

 学園では「生徒の身分を考慮しない」というのが建前だけど、それでも彼女は平民で、アメジストは高位貴族の侯爵令嬢だ。

 さすがに「ちゃん付け」では呼びにくいだろう。わたしは気にしないけど、彼女はそういうとこちゃんとしている子だ。


 と、そこに、


「セシリア。少し手伝ってもらえるかな」


 リアム王子が声をかけてきた。女子じょしがお話し中でしょ? 空気読めよ。お前そういうとこだぞ?

 だけどセシリアちゃんのキラッキラ輝く瞳が、


「あっ、はいっ!」


 リアム王子へと向けられる。

 リアムの野郎、いつの間にかセシリアちゃんを呼び捨てだ。ちょっとムカつくな。

 だけど呼び捨てにされた本人は、めっちゃ嬉しそうなお顔。こんなの、女の子だったら誰だってわかる。彼女はリアム王子が大好きなんだって。


「ありがとう、マルタちゃん。ア、アメジスト……ちゃん」


 おっ、セシリアちゃん、アメジストを「ちゃん呼び」だ。がんばったなー。えらいなー。かわいっ♡


 微笑みを置き土産に、小動物のような動きでテコテコととけていくセシリアちゃん。そういえばリアムって小動物苦手なんだよな、とくにネコが。でもセシリアちゃんって、仔イヌっぽいから大丈夫か。

 わたしはアメジストに顔を向け、


「ね? 丸わかりでしょ?」


 問いただしてやった。


「……ですわ、ね」


「なんで気がつかないかなー。あれを恋のライバルって、勘違いしてたわけ?」


 わたしのからかいにアメジストはため息をつき。


「あれほどの光気こうきをまとっているかたですもの、警戒はいたしますわ……恋のライバルとして」


 あれ? 聞きなれない言葉があったぞ。


「……こうき? なに、それ」


 そんな言葉ゲームには出てこなかったはずだけど、こうき?


「あなたには見えませんの? 見えるほうが珍しいのでしょうが」


「だからなにが」


「セシリアさんは、ひかりの守護を受けておられます。とても強い守護をです。あれほどの光気こうきの持ち主ともなると、彼女は聖女の素質をお持ちなのかもしれませんわ」


 それは間違ってないよ。セシリアちゃんは聖女だよ。

 そうなんだ? わかる人にはわかるんだ?


 だけど、光の守護……? それが「こうき」?

 わたしには全然わかんないけど、アメジストにはわかるんだねー。〈ゲーム〉にそんな、「光の守護」なんて設定なかったんだけど。


 やっぱりわたしがしっている〈ゲーム〉と、この〈世界〉は微妙に違っている。

 だけどセシリアちゃんの行動は、〈ゲーム〉のシナリオにのっとっているように思える。今の状況を見るに、セシリアちゃんは「共通ルート」から「リアムルート」への分岐に向けて、着実に進んでいる。


 リアム。リアムか……このまま「リアムルート」突入となると、2つ目の「闇堕ちフラグ」は大丈夫だろうけど、3つ目が問題になってきそうだ。

 〈ゲーム〉なら「ただの選択肢」だけど、〈現実〉だと簡単じゃないよね。セシリアちゃんには、がんばってもらう必要がある。


 もしセシリアちゃんが「スノウルート」を選んでいたら、多少難易度は下がったんだろうけど、それはそれでモヤっとするな。

 正直に「安心する」って言えればいいんだろうけど、今のわたしとスノウくんの関係を考えるとなんとも言い難い。


 最初からセシリアちゃんがスノウくんを好きになって、彼のイベントを進めてくれればよかった。

 そしてわたしが、彼を好きにならなければよかった。


 それだけの話なんだけど……ね。

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