第3話 学園生活開始です

 “ぐれたば”には、大きくわけて4つのエンディングがある。


 まずは「通常エンド」


 主人公のセシリアが「5人の攻略キャラ」のうち誰かとくっつくハッピーエンドなんだけど、攻略対象のうちの「くっつかない誰か」が死ぬ。

 場合によっては複数人が死ぬ。

 死なせないようにできる救済アイテムがひとり分あったらしいけど、フラグ管理が大変になるのでボツったらしい。ぐれたば公式設定資料集にそう書いてあった。


 次は「トゥルーエンド」


 攻略対象のうち誰かと結ばれるのは「通常エンド」と同じだけど、攻略対象が全員生存して、さらに攻略キャラとの「結婚式エピソードとスチル」が回収できる。

 それに、最後のスタッフロールで流れるエンディング曲が違う。

 通常エンドでは曲を作ったバンドが歌ってるけど、トゥルーエンドでは攻略したキャラの声優さんが歌う特別バージョンになるの。


 で、「バッドエンド」


 攻略対象の誰とも結ばれず、最終的に主人公はひとりで魔王と戦い、魔王は倒すけど命を落としちゃう。

 「聖女エンド」とも呼ばれていて、主人公が主人公ムーブをしていて物語としては良かったから、このルートが一番好きという人もいる。

 攻略キャラの好感度が不足していて、共通ルートから個別ルートに入れなかったとき、このエンドになる。


 最後は「闇堕やみおちエンド」


 主人公が魔王に負け、洗脳されて魔王軍の幹部となり世界を滅ぼす側に回る。

 ゲーム内で「闇堕ちフラグ」と呼ばれているものが5本あって、それらすべてのフラグを立ててしまうと「闇堕ちエンド」が確定してしまう。


 だけど普通にプレイしていて、「闇堕ちフラグ」を全部を立ててしまうことはほぼない。

 よほど運が悪くないと、ない。

 わたしも初見プレイでは2本しか立てなかった。


 まぁ「闇墜ちフラグ」は、最初の1本目がトラップなんだけどね。普通にプレイしてたら、8割の人は引っかかるんじゃないかな?

 3本目も要注意だけど、これは人によるかも。

 初回プレイではわたしも、知らないうちにこの2つのフラグを立てちゃってたし。


 そして「闇堕ちフラグ」は、「通常エンド」と「トゥルーエンド」の分岐にも関わっていて、1本でも立ててしまうと「トゥルーエンド」に行けなくなる。

 なぜならフラグを立てた数だけ、魔王との最終決戦で攻略対象キャラが死亡するからだ。


 5本すべて立ててしまうと攻略対象キャラが全滅して、結果「闇堕ちエンド」になる。

 4本だと4人死亡。個別ルートに入っていたキャラだけ生き残り、「通常エンド」。

 3本だと3人死亡。

 2本だと2人死亡。

 1本だと1人死亡。

 それらも「通常エンド」行き。

 「闇堕ちフラグ」を1本も立ててない場合のみ、「トゥルーエンド」へと進める。


 攻略対象キャラの死亡を気にしないなら、“ぐれたば”の「通常エンド」はむずかしくない。

 ただ、攻略キャラの死亡はなんか嫌な気分になるし、全キャラの「通常エンド」とキャラ死亡のスチルを回収したら、「闇堕ちフラグ」は立てないようにプレイするのがファン心理というものだと思う。前世のわたしもそうだった。


 だけどこの〈世界〉が、〈ゲーム〉と同じとは限らない。

 本当にフラグ管理なんてされてるの? されてるとしたら、【誰】がしてるの……?


 だけど、もし、もしもだよ?

 この〈世界〉にも「闇堕ちフラグ」があって、聖女がすっごいドジっでフラグを全部立てちゃったら、この〈世界〉は魔王のものになっちゃうの?


 うっわ……それはマズイよ。


 少なくとも最初の1本目のフラグを回避できれば、「闇堕ちエンド」は回避できるから、それまでは聖女を……主人公のセシリアちゃんを監視かんししておこう。

 闇堕ちフラグイベントが起こって、セシリアちゃんがフラグを踏みそうになったら、わたしが手助けすればいいんだもん。

 彼女はわたしの同級生で、寮暮らしなのも同じだ。こっそり監視するには都合つごうがいいしね。


     ◇


 マルタは目立つ生徒ではない。というかわたしに、目立つつもりがない。

 〈ゲーム〉の主要キャラでもないし、こっそり学園生活を満喫まんきつするつもりだ。


 前世のわたしは、はっきりいって勉強ができた。

 都内でもそこそこ偏差値の高い高校に通い、その中でも上位ランクにくいこめるほどの成績だった。だから目立っていたと思う。


 えぇ自慢ですよ? 勉強はそれなりに頑張ってたしね。

 だけどそれには理由があって、自分でも思ってたけど、前世のわたしって記憶力にすぐれていたの。

 さらに幸運なことに、その記憶力のよさは今世にも受け継がれていて、わたしって今世でも、考えるのはそこまでじゃないけど憶えるのは得意なんだ。


 それに加て「学校の成績によってお小遣いの額が決まる」というスパルタ式家庭方針のせいで、大好きなオタ活のお金を確保するために、それはもう必死で勉強したのですよ。

 うちの学校アルバイト禁止だったし、それ以前に両親が「学生の本分は勉強です!」ってタイプだったから、アルバイトなんて「とてもとても」だったのですよ。


 だからかな。この〈世界〉の勉強って簡単なの。勉強の仕方は塾で叩き込まれてるし、記憶力だって自信があるくらいにいい。

 前世ほど学業に重点が置かれていないこの〈世界〉で、わたしが優等生になるのは余裕。それは国内トップのエリート校である、聖・アリュー学園でも変わらない。

 でも、目立ちたくないから、授業やテストは手を抜くつもりだけどね。




 入学式も終わり、学園生活が始まって今日が5日目。

 この学園は貴族の子息子女が多いからか、生徒には美形が多い。


「えぇ、本当にそうですわねー」


 などと、上品なご様子でお嬢さまチックに友人と会話なさっているクラスメイトひとりをとっても、目を奪われるほどかわいいの。

 わたしって前世からだけど、かわいい女の子が好きなんだよね。特に同年代の子が。別に変じゃないよね? むしろ普通だよね? 美少女は正義って言うもんね?


 〈ゲーム〉だとメインキャラ以外は表情が確認しにくく、自己主張しないモブ顔で描かれていたけど、現実に変換されるとこうなるのかー。

 だけどわたしの容姿は、この中に放りこまれると普通かそれ以下だ。実際マルタは〈ゲーム〉のモブキャラだし、目立たない容姿も陰に紛れて主人公を見張るには都合がいいけど。


 容姿が地味なのは、目立つつもりもないしかまわない。

 でも、友だちができないのはさみしいかな。

 憧れの“ぐれたば”世界での学園生活。できるなら充実じゅうじつしたものにしたい。

 だけどこの国は身分制度が重視されてるから、よくしらない人には気軽に話しかけられないの。

 とくに女子にはいろいろあってね。身分を気にしない子もいるけど、気にする子はもっといるから。


 下級貴族で学園に知り合いもいないわたしは、この国の貴族社会の縮図なここでは「よそ者」で、だからこそ慎重な行動が求められる。

 間違ったフラグは立てられない。お父さんにも迷惑かけたくないしね。もう少し生徒間の力関係がわかるまでは、友だち作りはあきらめよう。


 ぼっち生活を送るわたしには時間があって、この5日間で〈ゲーム〉の主要人物のチェックは完了済み。

 その結果、主人公のセシリアちゃんを始め、現在学園にいる4人の攻略対象も悪役令嬢も、メインキャラ全員の存在が確認できた。

(※5人目の攻略キャラは後輩だから、まだ入学してない)


 この中で一番注目すべきは、主人公セシリアちゃん。

 彼女は学園系ファンタジーの乙女ゲーでよくある「優秀な平民」設定で、この〈世界〉でもそれは同じだった。

 入学式で〈ゲーム〉のメイン攻略キャラであるリアム・ブレイク・リガーノとお知り合いになった彼女は、それを皮切りに攻略キャラたちとの出会いイベントが始まって忙しそうにしている。

 最初に主人公と出会うリアムは、隣国のリガーノ王国の第一王子で、わたしたちと同じ一年生。

 テンプレ的な王子キャラだけど、小さな動物が苦手という特徴がある。とくにネコが苦手だ。


 そんなこんなでセシリアちゃんは、今のところ「聖女と騎士たちの出会いイベント」に奔走ほんそうしている。

 この初期イベントは、未来を知っているわたしから見ればとても大切なものだから、変に関わってジャマをするわけにはいかない。


 わたしがなぜ、セシリアちゃんが初期イベントに忙しのを知っているかというと、わたしはわたしで彼女を尾行びこうする毎日を過ごしているからだ。

 理由はもちろん、彼女が「闇堕ちフラグ」をまないか見張るため。

 そしてフラグを踏みそうになったら阻止そしするために。


 この〈世界〉が〈ゲーム〉と同じシナリオをたどるなら、セシリアちゃんの行動は〈世界〉の命運に関わってくる。

 彼女が5本の「闇堕ちフラグ」を立てちゃうと、〈世界〉は魔王に支配されちゃうんだから。

 さすがにそれはマズイから、聖女の闇堕ちはわたしが断固阻止します。

 この〈世界〉で「闇堕ちフラグ」の存在とフラグが立つ条件を理解しているのは、たぶんわたしだけだから。


 でも〈ゲーム〉本編で、マルタがセシリアちゃんと友だちになる展開はなかった。

 だからこの〈世界〉のマルタであるわたしとしては、慎重にことを運びたい。

 少なくともセシリアちゃんが最初の「闇堕ちフラグ」を回避するまでは、あまり接触しないほうがいいと思う。

 だってわたしの介入かいにゅうで変にイベントが変わっちゃって、


「セシリアちゃん、闇堕ちフラグ全部立てちゃった!」


 なんてことになったら、目も当てられないもんね。

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