第15話 偽カップル、手を繋いで登校する
そろそろ門限だから、とノアは帰っていった。
通信機自体はすでに開発されているが、とても高価で、手に入れられるのは王族や最高ランクの貴族に限られた。
そのため、子供のいる家では門限を定めるのが一般的だ。
「エリア、ありがとうございます。おかげさまでノアさ……ノア君と絶縁せずに済みました」
「いいってことよ。私も三人でいる時間は好きだからね」
エリアがニヤリと笑った。
「それと……ごめんなさい。また、私のせいでエリアが怒られてしまいます」
本来なら放課後は実家に直帰しなければならないところを、エリアは遅くまで付き合ってくれている。
イーサンが事情を説明してくれているとは思うが、親から小言を言われるのは間違いない。
「そんなの気にしなくていいよー。家よりお姉ちゃんを優先するのは当たり前だし」
エリアがソファーに体を委ねながら手をひらひらさせた。
「いえ、あなたは家を優先すべき立場だと思いますが……」
シャーロットは妹に苦言を呈しつつ、その隣に腰を下ろした。
エリアが使い魔を送ったので、もうすぐイーサンが彼女を迎えに来る。
「さすがに疲れたけど、全体的にはいい一日だったね」
「そうですね」
シャーロットは頷いた。
エリアが指折り数え始める。
「レヴィを懲らしめられたし、お姉ちゃんの理解者も増えたし、ノアとの距離も縮まったし……お姉ちゃんにとってはノアとのラッキースケベもあったしね」
「ゲホッ、ゲホッ!」
シャーロットは飲んでいたお茶で盛大にむせた。
「な、なんてこと言うんですか!」
「えー、別に事実を言っただけだよ。嫌じゃなかったでしょ?」
「嫌ではなかったですけどっ! ラッキーとは思っていませんから!」
「へぇ、そうなんだ。でも、ノアにとってはラッキーだっただろうね。だってノアのアソコも——」
「黙ってくださいっ!」
シャーロットはげんこつを妹の頭に振り下ろした。
シャーロットが罪悪感を覚えないようにふざけているのはわかるが、これは度が過ぎている。
何が悲しくて、エロハプニングを妹に
「いったぁ⁉︎ ひどいよお姉ちゃん〜……」
「知りません!」
シャーロットがそう叫んだ時、イーサンが到着した。
「はあ〜……」
一人にソファーで、シャーロットはクッションに顔を埋めて長い息を吐いた。
考えないようにすればするほど、ノアとの一幕が脳内を駆け巡る。
胸を覆っていた手のひらの暖かさも、お尻に感じた男の象徴の感触も、それが変形してズボンを盛り上げている情景も、全てはっきりと思い出せる。
男性経験のないシャーロットにとって、それらは少々刺激が強すぎた。
「でも……裏を返せば女の子として見てくださっているという事ではありますよね」
自分でもノアに対する想いが何なのかはよくわかっていないが、大切な人である事は間違いない。
そんな人から一人の女の子として扱ってもらっているというのは、悪い気分はしなかった。
「……夕食でもいただきましょう」
シャーロットはよしっ、という掛け声とともに立ち上がった。
これ以上ノアの事を考えていると、色々とよろしくない気がした。
「お姉ちゃん。もう出ないとノアとの約束に間に合わなくなるよー」
「わかってます」
「もう車乗ってるから早く来てねー」
「はーい」
シャーロットは鏡に映る自分を見た。
サイドも確認する。
偽とはいえ、ノアの恋人になるのだ。可愛く決めたい。
「……うん、いい感じですね」
鏡に向かって満足げに笑ってから、シャーロットは家を出て、エリアとイーサンの待つ車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
僕は無意識のうちに髪をいじりそうになった手を慌てて引っ込めた。
大丈夫。今日はきちんと義理の両親に整えてもらったんだ。
会長——シャル並び立つ事など到底できないが、隣に立っても恥ずかしくない程度の身なりにはなっているだろう。
黒い車が通るたびに、チラリと目線を送ってしまう。
……ソワソワしているのは格好悪いし、堂々と待つか。
黒い車が僕の目の前に止まる。
見覚えのある車体だった。
「お待たせしました、ノア君」
「僕も今来たところだよ」
車から降りてきたシャルにお決まりのセリフを返す。
「そんじゃ、またねー」
エリアが車の中から手を振ってくる。
「うん、また」
「はい、後で」
僕とシャルが手を振り返すと、車は発進した。
エリアはこのまま車で学校に向かうのだ。
ここから学校までは歩いて十分弱である。
「じゃあ……シャル」
僕は手を差し出した。
恥ずかしいには恥ずかしいが、アローラともキスや軽い触れ合いまではしていたので、そこまで緊張はしない。
「は、はいっ……よろしくお願いしますっ」
対して、シャルの顔は真っ赤だ。
相手がどうこうではなく、単純に男性経験のなさ故のものだろう。
本当にピュアなんだな、この人。
僕の頬は自然と緩んでいた。
「……なんだか馬鹿にされた気がします」
シャルがジト目で睨んでくる。
やばっ、バレたか。僕は目を逸らした。
「そんな事ないよ。それより、昨日読んだ小説についての話をしようか」
「……ノア君。本の話を持ち出せば私が流されると思っていませんか?」
「流されないの?」
「流されますね」
「何この不毛な会話」
シャルがくつくつと笑った。
口元を緩めたまま、さらりと続けた。
「周囲の方々から見れば、私たちは
「っ……!」
僕は言葉を詰まらせた。
不意打ちはずるいって、シャルさん。
「あれっ、顔が赤いですよ? 大丈夫ですか?」
「うるさい」
僕はフン、と顔を背けた。
仕返し成功です、とシャルが拳を握っている。
負けてたまるか。
「……じゃあ今は、さしずめ痴話喧嘩中のカップルってところかな?」
「っ……!」
シャルが体をこわばらせたのが、繋いでいる手を通して伝わってきた。
その頬は桜色に染まっていた。
よしっ、やりぃ。
「……やめません? どちらも得しない不毛な争いは」
「だね。大人しく読書談義でもしようか」
「そうしましょう」
白熱した議論を交わすうちに、僕は手を繋いでいる事を忘れかけていたが、学校が近づくとそうもいかなくなった。
「……不安ですか?」
会話が途切れたタイミングで、シャルが尋ねてくる。
「そうだね……信じてもらえるかわかんないし。普通に考えて、僕なんかとシャルが釣り合うわけないからね……いてててっ」
シャルが繋いでいる手に力を込めてきた。
「な、何?」
「以前、たとえノア君でもノア君を
シャルが頬を膨らませた。
いかにも怒ってます、という表情だ。
「あぁ、違う違う。別に自分を卑下したわけじゃなくて、一般的に見たらの話だよ。元々Eランクだったアローラはともかく、僕とシャルじゃ実力も家柄も容姿もレベルが違うから、信じてもらえるか心配ってだけ」
「むぅ……それでも自分なんかなどと言わないでください。ノア君は素敵な人ですから」
「……ありがとう」
不満そうなシャルには申し訳ないが、僕はニヤけそうになるのを堪えるのに必死だった。
「そ、それにその……容姿に関してはノア君もか、格好いいと思いますっ」
「おっふ……」
赤面しながらそんな事を言うのは反則だろう。
だめだ。話題を変えよう。
このままだと精神的にもたなくなりそうだ。
「ありがとう……それに、ハーバーに指示を出していたのが誰かもわかってないしね」
十中八九イザベラだろうが、確証はない。
ちなみに、ハーバーを問い詰めるのは僕が反対した。
どうせ命令されて逆らえなかったのだろうし、ゲロった事がバレれば今度はハーバーの立場が危うくなるからだ。
「ふむ、そうですね……」
シャルの歩幅が小さくなる。
「……ノア君の今の二つの
「えっ、本当? どうやって?」
「それはお楽しみという事で。そもそもこの策を使う場面が来るのかもわからないので、あまり期待しないでいて下さい」
控えめな言葉の割に、シャルの瞳には強い覚悟の色が宿っていた。
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