第13話

「先輩、ひどいなぁ。……それにしても国家公安委員長なんか殺して、何になるんですかね?」

 自分が殺されても真剣な捜査はされないだろう。……悠一に指摘され、虎夫は面白くなかった。

「まぁ、俺たちの生活には関係ないさ。すぐに新しい奴がその席に着くだけだからな。だが、政治家や企業にとっては大問題だろう。偉い奴が変われば、仕事の方向性も発注先も変わる」

「あ、分る。利権というやつッすね」

「派閥争いなんてものもあるな。そんなことでもなければ、プロを頼んでまで殺したりしないさ」

「国家転覆を狙ったテロじゃないんですか? 殺されたのは警察組織のトップッすよ」

「そんなことで日本が転覆するはずがない。政治的には無風状態の国なんだ。見た目は違っても、頭の中は金太郎飴と同じなんだ。顔が違っても中身が同じ奴がその席に座るさ。政治家や官僚の目の色が変わるのは、選挙とか天下りとか、自分の利益を心配するときだけだからな。……今回は、警察のトップを殺して危機感をあおり、警察官の数を増やしたいのか、警察組織の権限を強化したいのか……。あるいは銃やら防弾チョキといった装備の充実を促したいやつの仕業だろう。場合によっちゃ、スナイパーは警察や自衛隊の中にいるのかもしれないぞ」

「まさか……」

 虎夫は悠一の推理を一笑した。さすがにそんなことで治安組織のトップを殺すとは思えなかった。

「殺しの報酬って、いくらぐらいッすかね?」

「さあな。その筋に知り合いはいないから、知らないよ」

 そっけない返事だった。

「ネットで調べたらわかるかな?」

「やめておけ。そうした情報は警察とか公安とかがチェックしているらしい。もし、殺し屋を捜していると思われたら、殺人予備罪で刑務所送りだ」

「そうなんッすか? 詳しいッすね」

「こんな仕事をしていると警察小説ばかり読むようになるだろう?」

 そんなことも知らないのか、というような悠一の強い視線を感じた。

「オレ、本はちょっと……」

 逃げるようにモニターに目を戻す。以前から悠一には敵わないと思っていた。本来なら彼は銀行や大企業に勤めるような人間で、警備員をしているのがおかしいのだ。そのことを尋ねたことがあった。悠一は、大学を卒業したのが就職氷河期で、就活に失敗したのだ、と笑って教えてくれた。何度でもやり直せると世間は言うが、一度失敗したらやり直すのが難しいのが、日本という国だとも教わった。それで彼は警備員をしているらしい。


 モニターに眼光の鋭い男性が映っていた。外出するところだろう。ルームキーを預けているところだった。彼は三カ月前からホテルに滞在していて、その姿は度々目にしていた。コンビニに行くと言って、警備員のいる裏口から出入りすることがあったからだ。氏名は鏑木誠司かぶらぎせいじ、633号室に宿泊している経営コンサルタントだった。

「こいつ、怪しくないッすか?」

 悠一に声をかけた。彼は椅子をコロコロさせて寄ってくるとモニターを覗き込んだ。

「こいつか……。長いこと滞在しているだろう?」

 彼も誠司を知っていた。

「チェックインは三カ月前ッす。経営コンサルタントらしいけど、それにしては眼光が鋭い。ただ者ではないッすよ」

「確かに普通の会社員には見えなかったが……。トラの見立てでは、こいつがスナイパーだというのか? 滞在期間が長すぎないか?」

「プロの殺し屋ならターゲットをじっくり観察し、行動パターンを熟知したうえで確実に殺す。そうッすよね? そのための三カ月だった、ということはないッすか?」

 虎夫の知識は映画から得たものだ。

「トラ、本を読まないのに、そんなことをよく知っているな」

「オレ、殺し屋志望っス」

「マジか……」

 悠一の目が点になった。

「冗談ッす」

「アホ、先輩をからかうな」

「すんません……」

 ふと、事件とは別の疑問が浮かんだ。

「三カ月も四つ星ホテルに泊まるなんて、コンサルタントって儲かるんすかね? ビジネスホテルなら半額以下で済むと思うけど……」

「さあな。経営コンサルタントなんて、何をするのかわからないからな。現住所は?」

「北海道札幌……。この時刻に出かけたら、狙撃まで十分な時間があるッすよ」

「だな……。でも、犯人ではないな。大空さんが遠距離からの狙撃だと話していただろう? それなら銃は、拳銃じゃない。ライフル銃のはずだ。彼は手ぶらじゃないか」

 悠一の指摘は鋭かった。が、虎夫はすぐに閃いた。

「武器は現場近くのコインロッカーに隠してあるんッすよ。ホテルに置いたら、清掃係に見つかる可能性もあるし……」

「なるほどな」

「一応、怪しい人物に上げておくッす」

 虎夫は、彼の名前に丸印を付けると満足して映像を進めた。

「見てみろよ」

 直後、悠一に呼ばれた。

「なんです?」

 覗き込んだ彼のモニターには一組の男女が映っていた。三十代のスレンダーな女性がチェックインの手続きをしていて、その斜め後ろに大きなマスクをした男性がうつむき加減に立っている。頭に白いものが多いので五十代後半だろう。彼はフロントを見ることがない。明らかにフロント係の視線を避けていた。

「このおっさん、知ってるか?」

「さあ? どこかで見たような気もするけど……。不審者ッすね」

 悠一がカラカラ笑った。

「やっぱりトラは子供だな。こいつ、国会議員だよ。やくざみたいな話し方をするので有名だぞ。暗殺事件があったというのに女とホテルにしけこむなんて、いいご身分だ」

「スナイパーではない、ということッすか?」

 国会議員が殺し屋なら面白いと思った。

「だな」

 さらりと応じた悠一が、名簿の名前に線を引いた。

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